第49話 影に守られて
長い道のりを歩くと、懐かしい風景が見えてきた。
ロアの故郷だ。
村の前に着くと、近くにいた村人が気づいて駆け寄ってきた。
「ロアじゃないか! 待ってろ、すぐに父さんと母さんを呼んでくるからな」
少しして、ガルンとリネアが駆けてきた。
「ロア!!」
ロアも声をかけようとしたが、
二人の姿は、村を出たときより少し痩せて見えた。
胸がつまって言葉が出ない。
リネアはロアの体にそっと触れ、震える声で言った。
「ロア、無事でよかったわ……」
そして護衛兵の方へ視線を向ける。
「こちらの方は……」
「王都へ同行させていただく護衛です。ご両親ですね」
ガルンとリネアはぎこちなく頭を下げた。
ロアは、両親と護衛兵とともに家へ向かった。
生まれてから何度も見てきた、懐かしい冬景色が広がっている。
家に着くと、護衛兵は外観を一度見渡し、言った。
「少しだけ家の中で休ませてもらいたい」
戸を開けると、懐かしい木の香りがした。
すぐにリネアが白湯を出し、護衛兵は軽く頭を下げて受け取る。
黙ってそれを飲みながら、ゆっくりと家の中を見回した。
「王都に持って行くものをまとめなさい。明日出立する。私は村の様子を視察してくる」
そう言い残し、護衛兵は戸を開けて外へ出ていった。
護衛兵が家から出ると、ガルンは顔を寄せて尋ねた。
「ロア、驚いたぞ。近衛兵って、どういうことだ」
ロアは、前線に王子がいたこと、毒に気付いたこと、
そして王子から直接、近衛兵にならないかと言われたことを、順に語った。
ガルンとリネアは目を丸くした。
「ロアは、昔から目の良い子だったものね」
「王都か……想像もつかない世界だな。
これから何をするのか、決まっているのか?」
ガルンは腕を組み、遠くを見るように呟いた。
ロアは首を傾げて答えた。
「何もわからないんだ。でも、正式な任命は王都に来てからするって」
ガルンはしばらく黙り、そしてゆっくりとうなずいた。
「きっと貴重な経験になる。頑張ってこい。でも無理はするな。いつでも帰ってきて良いんだぞ」
この言葉に、ロアは胸がじんと熱くなった。
そしてガルンは続けた。
「……ところでリオは、元気にしてるのか」
ロアはためらいながら答えた。
「リオは……弓兵になることになったんだ。弓の腕が、殿下に認められて」
「そうか、弓か……」
ガルンは複雑な表情を浮かべた。
リネアの目も揺れている。
「父さんと母さんによろしくって、言われたよ」
ロアがそう告げると、ガルンとリネアは黙ってうなずいた。
重い沈黙が落ちる。
「僕、荷物をまとめてくる」
ロアはその沈黙に耐えきれず、席を立った。
ロアは自分の部屋に入ると、荷袋を開いた。
(何を入れれば良いんだろう)
収納棚から、最低限の衣類、ナイフ、水筒、筆記具を取り出し、袋へ詰めていく。
次に机の引き出しを開けると、
幼い頃に集めた石が、ぎっしりと詰まっていた。
ロアはしばらく手を止め、
その中からいくつかを吟味しながら布に包み、袋に入れた。
そして最後に、鍛冶場のおじさんにもらった、
冷たく澄んだ光を宿す石を手に取る。
ロアはその石を丁寧に布にくるみ、袋の一番奥へそっとしまった。
荷物がまとまると、ロアはそれを持って部屋から出た。
ガルンは荷袋を持ち上げ、目を丸くした。
「ずいぶん重いな!」
「父さん、そんなに重いもの持って大丈夫?」
ロアが心配そうに言う。
「ああ、傷はかなり良くなった。冬の狩りはまだ厳しそうだが、雪かきくらいならできるようになったぞ」
リネアは困ったように眉を寄せた。
「兵隊さんには内緒よ……あなたまで徴兵されたら、皆困るもの」
ガルンは苦笑し、リネアはため息をつきながらも微笑んだ。
家の中に、久しぶりに柔らかい空気が流れた。
夜明け前、久しぶりに家族で食卓を囲んだ。
雑穀のパンに根菜の煮込み、干し野菜のスープ。
いつもの干し肉はなかった。ガルンが狩りに出られないためだ。
それでも、ロアのために用意された温かい食事だった。
ふと、ひとつ空いた席に目が行く。
――リオの席だ。
胸の奥に寂しさが広がる。
それでもロアは、この貴重な時間を噛みしめるように食べた。
食後、部屋に戻ろうとすると、両親が声をかけた。
「影に守られて眠れ」
訓練校に入って以来、聞いていなかったおやすみの言葉だった。
ロアは少し照れながらも、深くうなずいた。
「父さんも母さんも。影に守られて眠れ」
その日は、夢も見ないほどぐっすりと眠った。




