第46話 確実なもの
帝国の少年が去り、ハニスはその場に佇む。
(......これで良かったのかな)
遠くでは、陣幕の騒がしさがさらに増していく。
怒号、足音、鎧の擦れる音......
(僕も、やるべきことをやろう)
ハニスは少年の言葉を思い返す。
井戸の近くに埋めた――
井戸。
この拠点に、そんなものがあっただろうか。
ふと、ラピンを肩に乗せてリオを探しに行ったとき、苔のようなじめっとした匂いがしたのを思い出す。
ハニスはリオを捜索した道――ペグ置き場から倉庫へ向かう道を、逆から辿り始めた。
歩みながら、頭の中で地図を描く。
(このあたり......やっぱり、湿った匂いがする)
ハニスはその匂いの先へと、進む方向を切り替えた。
枯れ草をかき分けて藪を抜けると、一気に苔のような匂いが強まった。
手で辺りを探ると、冷たいものが手に触れる。石だ。
さらにその上には、木の板のようなものが乗っている。雪に半ば埋もれ、長く放置された気配があった。
(間違いない。これが例の井戸だ)
さらに注意深く辺りを嗅ぎ回る。
すると、地面からうっすらと生き物と、人の触れた匂いが立ち上ってきた。
ハニスは膝をつき、雪と土を掘り返した。
指先に筒状ものが触れる。訓練校で見つかった返し罠と、全く同じ形だ。
筒の片方をそっと持ち上げると、長いものが動くのを感じ、反射的に手を引いた。
ラピンの発言を思い出す。
『シマウナギ捕まえる罠に似てる』
これは――蛇だ。
そしてハニスの脳裏に、もう一つの言葉が浮かぶ。
『筋のような傷』
あの時のヒカゲオオトカゲは、蛇用の返し罠に前脚を突っ込んでしまい、無理やり引き抜いたのだろう。
ハニスは上着を脱ぎ、慎重に筒を包んで持ち上げた。
だが、蛇はほとんど動かない。衰弱しているようだった。
ハニスはそのまま、教官らの待機所へと走った。
教官は就寝しようと、ちょうどテントに入るところだった。
「すみません、教官。変なものが埋まってました」
そう言って、包んでいた服をめくる。
教官は思わず後ずさった。
「ヤミヌイヘビ!? 殿下の食事に入っていたものか!?」
(これが、殿下に……?)
ハニスの背筋が凍る。
「どこにあった」
「古井戸のそばです」
「なぜそんなところに向かったんだ?」
「作業を止めて帰る途中、生き物の匂いがして……」
教官はおそるおそる罠を受け取った。
「ほとんど匂いなんてしないが……」
「盲目なので、鼻が利くんです」
教官は難しい顔で首を傾げた。
「これは軍に渡しておく。君はもう戻ってよろしい」
「――こういうことがあったんだ」
一連の話を語り終えたハニスは、ため息をつき、ぽつりとつぶやいた。
「……僕の判断は、間違っていたのかな」
テント内に、静かな沈黙が落ちた。
そして自然と、皆の視線がファルクへ向いた。
ファルクは腕を組んだまま、低い声で言った。
「……俺だったら、そいつを軍に引き渡していた」
ハニスは俯く。
その肩が、わずかに震えているように見えた。
だがファルクは続けた。
「……だが、お前はそいつが嘘をついていないと判断した。――匂いの世界で。
お前にはお前の世界がある。俺が口を出すことではない」
ハニスは顔を上げられないままだったが、
その言葉は確かに届いていた。
リオもそっと声をかける。
「ハニス、大変だったね。……全部、ひとりで決めなくちゃいけなかったんだもんね」
「ううん、みんなの方が……大変だったよね。あのあと、教官から大体聞いたよ」
ロアが小さくつぶやいた。
「でも全員無事で、本当によかった」
その言葉に、全員が大きくうなずいた。
今日この瞬間、五人が揃って集まれた。
それだけは確かだった。




