表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/60

第45話 痕跡と罪

時は遡り、ロアが毒を発見する前。

ハニスは陣幕の外で土嚢を運んでいた。


その途中、目の前を誰かが横切った。

空気がわずかに揺れ、鼻先に微かな匂いが触れる。


(この匂い......どこかで)


ハニスは土嚢を決まった位置まで届けると、ひっそりと引き返し、匂いの跡を辿り始めた。


雪のうっすら積もる地面を、さく、さくと慎重に踏み締める。

足跡の深さ、そして残り香の向きが、一つの方向を指していた。

(......こっちは、倉庫があったはず)


倉庫の布壁に触れると、ハニスは指で壁を伝いながら静かに進み始めた。

(匂いが強くなってる......すぐこの先だ)




角を曲がると、ハニスは『匂いの持ち主』の肩に手をかけ、言った。


「――ねえ」


肩がびくりと跳ね上がるのが、手に伝わる。


「返し罠を置いたのは、君?」


そこにいたのは、年下の少年だった。

か細い声が漏れる。


「あ……」


少年の脚はがたがたと震えていた。


ハニスはもう一度問う。


「君だよね?」

「え……なんで……」

「――君の痕跡が、返し罠についてた」


少年は一瞬息を呑み、そして震える声で言った。


「……お願い、見逃して……お願いします……」


ハニスは困惑した。

少年からは、焦りと――とてつもない『恐怖』の匂いがした。


「どうして、そんなに怯えているの?」

ハニスは声を少しだけ柔らかくして問いかけた。


少年は唇を震わせながら答えた。


「僕が捕まったことがバレたら、家族が……」

「そうか。君は、帝国から来たんだね」


少年は黙り込んだ。

ただ、その沈黙がすべてを物語っていた。


ハニスは故郷の家族を思い出した。

少年にも大切な家族がいて、おそらく人質に取られているのだろう。

だが、ここで見逃せば――

この国に、そして自分の故郷に、影響が出るかもしれない。


お互いに守りたいものがあった。


「……いま君を見逃せば、君の家族は助かるの?」


少年は小さくうなずいた。

「僕は、罠を仕掛けて届けること、捕まらないこと…...それだけできれば良いって」


怯えてはいたが、嘘の匂いは漂ってこなかった。


ハニスは深く息を吸い、ゆっくり吐き出した。

そして俯いたまま、静かに言った。


「君のことは見逃す。――その代わり、何かひとつだけ教えて」


少年の怯えが少しだけ抜けた。

ごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。


「……罠は、井戸の近くに埋めた。そこが受け渡し場所だって」

「わかった。もう行っていいよ」


少年は一歩後ずさりし、震える声で尋ねた。

「……本当に見逃してくれるの?」



そのとき、陣幕の方から大きな声が上がった。


「暗殺者だ! 誰か捕まえろ!!」


たくさんの足音が響き、地面が揺れる。


少年は小さくつぶやいた。

「……囮の声だ」


「どこだ!?」

「誰もいないぞ!」


そして、矢が空気を割く音が響いた。


「坂から奇襲!!!」

「兵を集めろ!! 殿下を守れ!!」


再び、地面から振動が伝わってくる。


少年はハニスに深く頭を下げた。

空気がふわりと揺れる。

そして風のように、一気に走り去った。


ハニスはようやく顔を上げた。

うっすらと瞼を開くと、濁った瞳が冷たい外気に触れた。


そして独りごとのように、静かにつぶやいた。


「見逃すよ――見えていないんだから。

それに……匂いだけの痕跡じゃ、証拠にならない」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ