第44話 集まる声
ロアは呆然としていた。
(リオが弓兵に? 補助兵になったばかりなのに……前線へ出るのか……?)
周囲の音が遠くなる。
そのとき、不意に声が落ちてきた。
「先ほどリオの名を呼んでいたね。知り合いかい?」
はっとして振り向くと、王子がすぐ隣に立っていた。
気配を全く感じなかったことにロアは驚く。先ほどまでは、場を飲み込むような空気を放っていたはずなのに。
「……リオは、弟です」
言葉がうまく出てこない。
王子はロアの目をじっと見つめ、静かに問いかけた。
「そうか。……彼も毒の光が見えるのかい?」
ロアは目を見開いた。
椀の中で揺れていた、あの不気味な光が脳裏に蘇る。
王子の視線は真剣で、逃げ場がない。
「いえ……僕だけ見えている、と思います」
「そうか」
王子はわずかに微笑み、そして告げた。
「ロア、私の近衛兵になりなさい」
(え……?今、なんて……)
ロアは口を開くが、声が出ない。
王子は続けた。
「とは言っても、私の一存では決められない。あとで正式に任命書を出そう。身の回りを整えてから王都に来なさい」
そして最後に、穏やかな声で言った。
「……今日はもう休みなさい」
仕切り布が揺れ、王子の姿が消える。
ロアはその場に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。
ロアはぼうっとしたまま陣幕を出た。
足元がふわふわしている。
気づくと、テントの前に立っていた。
布をめくると、リオ、ファルク、ラピンの顔が見えた。
「リオ!」
ロアは駆け寄り、そのままリオを抱きしめた。
リオの体は小刻みに震えている。
「兄ちゃん……」
ロアは震える声で言った。
「いったい、何があったの?」
ファルクとラピンは、音を頼りに捜索したこと、
リオが男に脅されて矢を放ったこと、
ファルクが男を捕らえて軍に引き渡したことを順に語った。
ファルクは悔しそうにつぶやく。
「すまない。もっと早く助け出せていたら……」
リオは首を振った。
「ううん。ファルクとラピンがいなかったら、俺……
二人は命の恩人だよ。それに、殿下が『国の力になる』って言ってくれた。……へへ、すごいことだよね?」
リオは作ったような笑みを浮かべた。
ファルクの目がわずかに揺らぐ。
「相当名誉なことだ。だが……」
「俺、頑張るよ。国の力になってくる。……でも、兄ちゃんと一緒に補助兵でいたかったなあ……離れ離れになっちゃうね」
ロアはしばらく迷ってから、口を開いた。
「……実は僕も、補助兵じゃなくなるかもしれないんだ。 殿下が、僕を近衛兵にしたいって……」
「「えっ??」」
三人はロアの方をじっと見つめた。
ラピンが小さく息をのむ。
「どういうこと?……ロアこそ、何があったの?」
皆が注目する中、ロアは語り始めた。
「皆が来る前、殿下に食事が出されたんだけど……変な光り方をしてたんだ。ヤミヌイヘビの毒みたいだった」
「それって、誰かが毒を盛ったってこと……?」
ラピンは震えた声で言った。
そのとき、リオが思い出したように口を開いた。
「そういえば、僕を脅した人が『お前は予備だ』って言ってた」
「毒が失敗したときの予備、か……」
ファルクは顎に手を当て、眉をひそめた。
リオはロアの目をじっと見つめる。
「......兄ちゃんが、それを伝えたの?」
ロアは言葉に詰まり、考え込んだ。
(もしあのとき、僕が黙っていれば、リオは矢を射ずに済んだのかもしれない。でもその場合、殿下は……)
「……兄ちゃん?」
ロアは小さくうなずいた。
「ああ、うん……そうなんだ」
ロアは下を向く。リオの顔を見るのが怖かった。
だが――
「……やっぱすげえや兄ちゃん!殿下の命を救ったんだ!近衛兵になって、これからも殿下を守るんだね」
リオはすぐに目を輝かせて言った。
まっすぐに褒めてくるリオを見て、ロアは胸が熱くなった。
ファルクはロアの両肩に手を置き、真剣な顔で言った。
「ロア、これは只事じゃない。近衛兵は、ただの兵じゃない。特別な役職だ」
ロアは目を逸らし、小さな声で答えた。
「僕も、実感がない……あとで任命書を送るって言われたけど、何かの間違いかもしれない」
そのとき、テントに光が差し込んだ。
入り口の布がめくれ、ハニスがゆっくりと入ってくる。
「ハニス!遅くまでどこ行ってたの?」
リオが駆け寄る。
ハニスは少し息を整え、口を開いた。
「実は……」
その声はいつもより低く、重かった。
ロアたちは自然と口を閉ざし、ハニスの言葉を待つ。
ハニスはテントの隅に座り、
自分が何をしていたのか、ゆっくりと話し始めた――




