第33話 布越しの影
テントの中で、四人は身を寄せ合い、小声で話し始めた。
リオが震えた声で言う。
「ねえ……大丈夫だよね……?」
ラピンは膝に顔をうずめたまま、かすかに首を振った。
ハニスが重い声でつぶやく。
「……鍋から、嗅いだことのない匂いがした」
その言葉に、ロアははっとした。
ひっくり返った鍋の底に沈んでいた『光る粒』が脳裏に浮かぶ。
――あれは幻ではなかった。
ロアは呆然とつぶやいた。
「……僕も、鍋の底に変な光が見えた」
そして、ファルクに向かって叫んだ言葉が次々と脳裏に蘇る。
――全部重要だ!!
――なにしてるんだよ!!
(あのとき、ファルクの言うとおりにしていれば)
「……僕が馬鹿だから、こんなことに」
ハニスは首を振った。
「ロアは悪くないよ……ファルク、大丈夫かな」
ロアは責任感に駆られ、立ち上がろうとした。
「助けに行かなくちゃ……!」
その袖を、ラピンが必死に掴んだ。
「待って……!近くに誰かいる……」
目はうるんでいるのに、 その声は震えながらもはっきりしていた。
四人は息を呑んだ。
テントの布越しに、人影がじっと佇んでいるのがわかる。
そのとき。
「ぐっ……!」
外から低い叫び声が響いた。
ロアは目を見開き、ラピンの手を振り払って外へ飛び出した。
さっき見張っていた人影が地面に倒れ込んでいる。
そして、別の影が視界の端で走り去っていく。
――ファルクだ。
ロアは震える足のまま、ファルクの走り去った方向へ吸い寄せられるように歩いた。
そのとき。
「なっ……!やめろ!!……ぐあっ」
再び叫び声が響く。
息が浅くなる。
だが足だけが、勝手に前へ、前へと出る。
まるで自分の影に引きずられるように。
木々を抜けると、人影が二つ見えた。
ファルクが旅人に腕を掴まれている。
ロアは声を出そうとしたが、喉が固まって音にならない。
次の瞬間。
シャッ!!と音を立ててファルクが薙ぎ払った。
何かが散る。
それは時間が遅くなったかのように舞い、ピシャッとロアの頬に付いた。
――血だ。
月光鹿の走馬灯がよぎる。
あととき首筋から迸った、熱く重い光――
ロアは呆然と立ち尽くした。
その間にもファルクは身を低くして、膝をみぞおちに叩き込む。
旅人は地面に倒れ込んだ。
ファルクはゆらり、と振り返った。
鋭い目からは光が消え、ナイフの先からは熱い液体が滴り落ちている。
「……なぜ着いてきた」
低い声が静かに響いた。
ロアは何も言えなかった。
「……気絶させただけだ。お前も手伝え」
ファルクはロープをロアに投げてよこし、旅人の腕を縛り始めた。
ロアは震えたまま言った。
「……ごめん。僕のせいだ」
「違う。お前は悪くない」
ファルクは手を動かしながら、振り向かずに答えた。
そして旅人の服の中から、見覚えのある袋を引き抜く。
――配給品の薬袋だ。
そして消え入りそうな声でつぶやいた。
「……俺がおかしいだけだ」
捕縛し終えると、ファルクは何も言わずに木々の奥へ歩いていった。
ロアも、引き寄せられるようにその背中を追った。
そこには、もう一人の旅人が倒れていた。
地面には穀物袋が転がり、口が半分開いている。
ロアはファルクの動きを横目で見ながら、黙々と紐で足を縛った。
――何も考えられなかった。
テントの場所まで戻ると、 布越しに三人が固まっているのが見えた。
ロアはようやく、肺に空気が入るのを感じた。
テントの布をめくると、三人は顔をひきつらせてこちらを見た。
だが、ファルクとロアの顔を確認すると、表情を緩めた。
三人は外に出ると、倒れている旅人を見て立ちすくんだ。
リオがかすれた声でつぶやく。
「……どういうこと?」
「ファルクのおかげだよ。……早く縛ろう」
ロアは淡々と旅人の手足を縛り始めた。
その横で、リオは呆然と兄の姿を見つめていた。
まるで、知らない人を見るような目で。




