第24話 世界の輪郭
その日の訓練後、ロアとリオはハニスのもとへ駆け寄った。
「ハニス、本当にありがとう!!」
リオは勢いよくハニスの手を取った。
「兄ちゃんに聞いたんだ、ハニスが見つけてくれたって!」
ハニスは少しはにかみながら言った。
「役に立てたなら嬉しいよ。すぐに見つかってよかった。大事な弓だもんね」
リオは嬉しそうに弓をぎゅっと抱えた。
「うん!これからも大事にするよ。俺、弓片付けてくるね!」
そう言って弓置き場へ駆けて行った。
ロアは改めてハニスに向き直った。
「ハニス、本当にありがとう。リオが悲しまずに済んだ」
「いやいや、たまたま匂いの方向がわかったからね」
ハニスは笑った。
少し間があってから、ロアは息を吸い込み、言った。
「……ハニスは、どんなふうに世界を感じているの?」
ハニスはゆっくりと言葉を選び、語り始めた。
「そうだな……
僕はね、まず『匂い』で世界を感じてる。
人の位置も、気分も、歩き方の癖も……匂いの流れでだいたいわかるんだ。
音や空気の動きも大事だけど、僕にとっては匂いがいちばん輪郭がはっきりしてる。匂いがあれば、その人がどんな人かも少しだけ見える気がするよ」
ロアは静かにうなずいた。
ハニスは続けた。
「この前ロアは、ラピンの髪が『夕日みたい』とか『木の幹みたい』って言ってたね。きっと、すごく素敵な髪なんだろうね」
ロアは少し目を伏せた。
「うん……そう見えてる。
でも……そんなふうに見えてない人もいるのかもしれない。最近、そう思うんだ」
ハニスは意外そうに言った。
「へえ、見えてる人の中でも、違いがあるんだね」
「……うん。みんな同じ世界を見てると思ってたけど、そうじゃないのかもしれない」
ロアは少し迷ってから、もう一歩踏み込んだ。
「……ハニスは、まわりと感じ方が違って、違和感があったり……寂しくなったりする?」
ハニスは穏やかに微笑んだ。
「うーん……僕はね、周りに優しい人が多くて、助けてくれるから。
寂しいって思ったことは、あまりないよ」
ロアはその言葉を聞きながら、胸が締めつけられる。
「……そっか。ハニスは『違う』って、みんな知ってるもんね」
ハニスははっとしたように顔を上げた。
そして、ゆっくりと言った。
「……ねえロア。ロアの世界の見え方、もっと教えてよ。ラピンの髪みたいに」
ロアはぽつりぽつりと話し始めた。
「……石や花にも、個性があるんだ。
ラピンの髪みたいに温かい感じのものもあるし……
炎みたいに熱く光るものとか、深い水みたいに冷たく光るものも。……草木みたいな、爽やかな感じがするものもある」
ハニスは小さく息を吸い、微笑んだ。
「花は香りが全部違うから、そんな感じなのかな?石にも違いがあるんだね。
……ロアにはすごく、世界が綺麗に見えてるんだね。素敵なことだと思う」
ロアは自分の感じたことをこんなに話すのが初めてで、不思議な気持ちだった。
でも話すたびに、自分の見えている世界の輪郭が、少しずつはっきりしていくような気がした。
その日、皆が寝静まったあと。
ロアは寝台の上で体を起こし、膝の上に紙を広げた。
カーテン越しの薄明りの下で、ペン先が自然と動き始める。
フローラへ
こっちは元気にやってるよ。
訓練にも慣れてきて、ちょっと体力がついてきた気がする。
この前、同じ部屋の仲間が、
僕のことをよく見てくれているんだって思う出来事があった。
なんだか不思議だけど、嬉しかったよ。
最近ね、みんなと同じものを見ているはずなのに、
どこか少し違う場所に立っているような……
そんな気がすることがあるんだ。
でも、怖いとかじゃないよ。
ただ、そう感じるだけ。
フローラは元気にしてる?
また手紙を書くね。
ロア
書き終えた紙をそっと折りたたむと、
ロアはしばらく、厚いカーテンのかかった窓を見つめていた。




