第22話 迷暗服
隠密訓練のため、ロアたちは森へ向かった。
その列の中にはファルクもいた。鋭い目で前だけを見て歩いている。
森の入り口に着くと、教官が言った。
「森に入ったら、各自場所を探して身を潜めろ。訓練区域内からは出るなよ。開始時間になったら笛を吹く」
号令とともに、少年たちはばらばらに散っていった。
ロアも適当な茂みに身を伏せる。
だが、不安が収まらない。
迷暗服――草木に紛れるための薄墨の服は、ロアにはまるで用を成していないように見えた。
草木特有の爽やかな光がなく、森の中では異物のように浮いている。
ロアは考え、周りの草や葉を集めて体の上に被せた。
やがて、教官の笛がピーッと鳴った。
ロアは葉が落ちないよう、ゆっくりと前進する。
茂みを慎重に進んでしばらく経ったころ、少し離れた場所を音もなく移動する影に気づいた。人だ。
少年はロアに気づくこともなく横切っていく。
ロアは腰の吹き矢に手をかけ、息を整えて吹いた。
吹き矢は少年に当たり、墨が散った。
少年は驚いたように立ち上がり、周囲を見渡す。
だが誰も見つけられず、首を傾げて去っていった。
ロアは1人当てられたことにほっとし、
身を隠せそうな木の多い場所へと這っていった。
木々のそばまで着くと、少年が5人、歩いて退場していくのが見えた。
顔や胴、脚など、様々な箇所に濃い墨がかかっている。
「吹き矢の飛んできた方向を見たけど誰もいなかったぞ」
「俺もだよ」
小声が聞こえる。
ロアは、この木の先に強者がいると悟り、身を固くした。
(とりあえず、じっとしておこう)
その間にも、木々のあちこちで墨を被った少年が立ち上がり、退場していく。
ロアは唾を飲み込んだ。
(全然どこにいるのかわからない……)
目を凝らして周囲を見渡す。
すると、月光に照らされ、妙なものが視界に飛び込んだ。
そのあたりの葉だけ、不気味な光を帯びて揺らいでいる。
初めに隠れる場所を探したとき、葉の表と裏で光の揺らぎが違うものがあったことを思い出した。
(もしかして……)
ロアは、その葉がある茂みに静かに吹き矢を向けた。
心臓が早鐘を打つ。
吹き矢が当たると、不気味に揺らいでいた葉に墨が散った。
ロアは息をのむ。
するとその葉の中から、ゆらり、と人影が立ち上がった。
――ファルクだった。
ファルクは鋭い目を見開き、しばらく周囲を見回す。
そしてロアの方を向いたが、何も言わずに去っていった。
少しして、笛が鳴った。
訓練終了の合図だ。
時間切れかと思いながら、ロアは森の入り口へ戻った。
「お前が最後のひとりだ。よくやった」
教官の言葉に、ロアは呆然とした。
自分が勝ち残ったことが信じられなかった。
森からの帰り道、ロアはファルクに声をかけた。
「どんどん吹き矢で当ててたのは、ファルクだったんだね。僕はじっとしてただけだったよ」
ファルクは前を向いたまま言った。
「お前と俺だけ、葉で身を隠していた。
迷暗服は草木と微妙に濃淡が違う。――自然のものに隠れた方が確実だ」
そしてロアの方を見て、低く問う。
「……なぜわかった。音は消していた」
ロアは、ファルクの襟に挟まった葉を取り、言った。
「ファルクのいた茂みだけ、この葉が裏返しになっていたんだよ」
ファルクは葉を手に取り、信じられない目で両面を見比べる。
ロアは話題を変えるように続けた。
「迷暗服ってさ、薄墨じゃなくて草の汁で染めたらいいのにね。全然隠れられないよ」
そして幼いころ、森の絵を草の汁で描いて叱られたことを思い出し、苦笑した。
ファルクは鋭い目をさらに見開き、言った。
「……お前には、この世界がどう見えているんだ?」
ロアは言葉に詰まる。
そのとき、教官の声が響いた。
「本日は解散だ。食事の時間まで、寮で待機しろ」
二人は微妙な空気のまま、並んで寮へ戻った。
寮の自室に着くと、ファルクが口を開いた。
先ほどの葉をロアの目の前に突きつける。
「ロア。この葉の表と裏は、どう違うんだ」
ロアは少し考えて答えた。
「表は普通の草木と同じ、爽やかな光だよ。でも裏面は……なんか不気味な感じじゃないかな」
ファルクは真剣な声で問う。
「……爽やかな光って、なんだ。それは草木だけなのか?迷暗服は?」
ロアは答える。
「迷暗服は……全然爽やかじゃないよ」
ファルクは静かに言った。
「……お前は、俺に見えない『何か』が見えている。それが何か、俺には全く掴めん。
……だが、理解したいと思う」
ロアは固まった。
そんなことを言われたのは初めてだった。
しかし、自分の人生にずっとあった『違和感』の正体が、
ようやく輪郭を持ち始めた気がした。




