第20話 ラピン失踪
訓練が終わり、食事の時間になった。
食堂でロアとリオは、ファルク、ハニスと合流した。
「ふう、初日からきつかったね!」
リオが肩を回しながら言う。
「……あれ、ラピンは?」
ロアは少し考えてから答えた。
「疲れて寝ちゃったんじゃないかな?……たぶん」
ハニスは匙を持ったまま、落ち着かない表情をしていた。
視線が何度も、空いた席の方へと向けられる。
ファルクも、黙ったまま眉をひそめていた。
食事を終えると、4人は寮に戻った。
部屋の扉を開けた瞬間、全員が固まった。
ラピンの寝台が、空っぽだった。
そのとき、廊下から教官の声が響いた。
「点呼を取る!全員、部屋の前に整列しろ!」
ロアたちは顔を見合わせた。
「……まずい」
4人は部屋の前に並んだ。
「1名足りないな」
教官の目が鋭く細められる。
4人は口をつぐんだまま動かない。
「誰がいないんだ」
沈黙に耐えきれず、リオが小さく答えた。
「……ラピンです」
その瞬間、廊下がざわついた。
逃亡は重大な軍規違反──誰もが知っている。
ざわめきの中、教官の顔色が変わった。
怒りではなく、明らかな焦りだった。
「全員、その場で待機!」
「班長、寮の全室を確認しろ!」
「他の教官は食堂を探せ!まだ戻ってきていないのかもしれん!」
怒号が飛び交い、廊下は一瞬で戦場のような騒ぎになった。
若い教官らが駆け寄ってくる。
「本当にいないんですか!?寝台は?」
「寝台は空っぽです!」
「荷物は!?」
「置きっぱなしです!!」
教官たちの足音が寮中に響き渡る。
「ねえ、もしかしてラピン、逃げちゃったってこと……?」
リオの声は震え、裏返っていた。
「……逃亡は重罪だ」
ファルクは重い声で呟いた。
そのとき、ずっと思いつめた表情をしていたハニスが口を開いた。
「……実は今日、ラピンと一緒に訓練してたんだ。
建物の裏を2周目に入ったあたりで──
ラピンの匂いが、消えてた」
皆ははっとした顔をした。
ハニスは眉をゆがめ、拳を握った。
「……あのとき、気づいていれば……」
ロアは落ち着いて尋ねた。
「ハニス、ラピンの匂いがわかるの?」
ハニスはうなずいた。
ロアは決意したように言った。
「……匂いが消えた場所から追おう。僕たちだけで、先に探すんだ」
4人は駆け出した。
武器庫の裏まで来ると、ハニスが立ち止まった。
「こっちからラピンの匂いがする」
ハニスの後をついていくと、森の入り口までたどり着いた。
「本当にラピン、こんなとこまで行っちゃったの?」
リオが小声で呟く。
ハニスは真剣な顔でうなずいた。
「うん、匂いがこっちに続いてる。間違いないよ」
4人はそのまま森の奥へ足を踏み入れた。
湿った土の上を、静かに歩いていく。
「いたぞ……!」
ファルクが小さく声を上げる。
――そこには、木陰にうずくまるラピンの姿があった。
ラピンは震え、怯えた目でこちらを見ている。
「大丈夫ラピン、僕らだよ」
ラピンはロアの顔を見た瞬間、
張りつめていたものが切れたように、ぽろぽろと涙をこぼした。
「教官に殺される……戻りたくない……」
「……ラピン。逃げ続けるのは無理だ。森に隠れても、すぐに見つかる。
戻る以外に、道はないぞ」
ファルクは淡々と、言い聞かせるように言った。
リオが慌てて続けた。
「そ、そうだよ、建物の中で迷子になったことにしよう!
まだ教官には見つかっていないんだから!」
そのとき、ハニスがそっとラピンのそばにしゃがんだ。
「……ラピン。今日、つらかったよね。
僕、一緒に訓練してたのに……気づけなくてごめん」
ラピンの肩が震え、涙がまたあふれた。
ロアは泣きじゃくるラピンの手を握った。
「大丈夫、一緒に帰ろう」
ラピンは弱々しくうなずいた。
4人はラピンを囲むようにして、来た道を戻り始めた。
森の入り口まで着くと、5人は木の影に身を隠し、寮の扉をうかがった。
「よし、こっそり入ろう」
リオが小声で言う。
そのとき、強い風が吹いた。
ラピンの頭巾がふわりと飛ぶと、
温かい髪が風に舞い上がり、まるで生き物のように揺れた。
草木がサーッと揺れる音だけが響く。
ラピンは、突然動きをピタリと止めた。
「──だめだ」
その声は、さっきまで泣いていた子どものものではなかった。
ラピンは目を見開き、呪文のように唱え始める。
「この扉の奥──教官が3人」
「裏口にも──2人」
「食堂からも──来る......!」
ラピンは何かを計算するように一瞬だけ固まり──
次の瞬間、地面を蹴った。
風より速く、駆け出した。
「ラピン!?」
4人も慌てて追いかける。
ラピンは武器庫の裏へと一気に駆け込み、
影のように倉庫の狭い隙間へ身体を滑り込ませた。
「ちょ、ラピン!?そこ入んの!?」
4人がどうにか隙間を潜り抜けたときには、
ラピンは隣の寮の非常階段を跳ねるように、
ほとんど無音で駆け上がっていた。
「ラピン、待って待って!」
「あいつ速すぎんだろ......!」
だがラピンは一度も振り向かない。
渡り廊下を駆け抜けるその姿は、
風に押されているのか、風を引き連れているのか、
もはや判別できないほど速い。
ラピンは、そのまま階段を滑り落ちるように駆け降り──
自室の扉を、音もなく押し開けて飛び込んだ。
4人が追いついた頃には、
ラピンはすでに部屋の奥で肩を震わせていた。
全員ぜいぜいと息を切らし、床にへたり込む。
ラピン以外の4人は、どうやってここに着いたのかすら理解できず、
ただ呆然とするしかなかった。
そのとき、戸ががちゃりと開いた。
教官が入ってくる。
全員の背筋が凍りついた。
「……なんだ、いたのか」
教官は呆れたように眉をひそめた。
「もっと早く報告しろ」
そう言って、がちゃんと戸を閉めた。
ラピンは慌てて頭巾をかぶり直した。
リオが小声で尋ねる。
「聞いていいかわからないけど……なんでそれ、かぶってるの?」
ラピンは視線を落とした。
「音を小さくするため……それに、僕だけこんな変な髪だから」
ロアは首を振った。
「変じゃないよ。夕日みたいで……良いと思う」
「夕日……?」
ラピンが目を瞬く。
「うん。木の幹みたいに、温かい感じもする」
ロアは迷いなく言った。
ラピンは首をかしげながらも、少しだけ微笑んだ。
その横で、ファルクは静かにロアを見ていた。
まるで、ロアの中にある『何か』を探ろうとするかのように。




