第十五話 五人の軍人
「た、助けてください! 誰かいませんか⁉ 追いはぎに襲われて!」
日が沈んだ直後、森の中にある朽ちた砦に声が響いた。
付近に着陸している浮遊王都の東地区では珍しくない黒髪黒目で、成人したのかも怪しい青年が、恐怖に引き攣った表情を浮かべ、しきりに後ろを確認する。
その傍らには恋人なのだろうか。金髪碧眼の美しい少女が震え、今にも泣きだしそうだ。
「あ、ありがとうございます!」
すると砦の城門が僅かに開き、青年と少女はその隙間に身を潜らせた。
「追いはぎが出たのですか?」
「そ、そうなんですよ! ナイフを持った複数の男がいて! 森の中に逃げ込んで!」
「それはそれは……安心してください。ここなら大丈夫ですよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
中にいた五十代ほどの男が優しく声をかけると、青年は必死に状況を説明し、少女は涙を流して何度も感謝の言葉を紡ぐ。
奇妙だ。
朽ちた砦の中に十数名の三十代から六十代の男女がいて、観察するような視線を若い二人に向けている。森の中は獣がうろつき、虫も多いため生活の場としては向いていないのに、なぜ多数の人間がいるのだろうか。
「どこから来られたのです?」
「ふ、浮遊王都で細々と暮らしてたんですが最近は……」
「ああ、色々と揉めてるそうですね」
「そうなんですよ……」
「近くに他の方はいらっしゃらないのですか?」
「はい。二人だけです」
「そうですか」
尋ねた男に青年は疲れ切った表情を浮かべる。
どうやら浮遊王都の混乱は、朽ちた砦にいる男も知っているようで、納得したように頷いた。
そして男は若者達から、仲間の集団に視線を移す。
「どうする?」
「……もう時間があまりないから、手早くした方がいいと思う。またじっくりするのは次の場所でいいだろう」
「確かに」
男の問いに仲間は少し考えると、あまり時間がないことを強調し、素早く取り掛かることを提案した。
「どうされたんです?」
「いえ、少々忙しいので予定を確認してました」
「お、俺出来ることならお手伝いしますよ!」
「おお、それはありがとうございます。では早速一つお願いがあるのですが……」
「なんでもいってください!」
「今、なんでも。と?」
「はい! え? んがっ⁉」
どうもなにかしらの問題が発生しているのではと思った青年が、少しでも居場所を確保するため手伝いを申し出た。
すると男は嬉しそうな顔になり、青年に宿る決意の強さを確認すると……。
近寄ってきた男の仲間達が青年の頭にこん棒を叩きつけた。
「へ? あ⁉ い、いや! 離して!」
それだけではなく、突然の凶行にポカンとしていた少女も屈強な男に拘束され、身動きが出来なくなってしまう。
「な、なんで。ぐげっ⁉」
「やってて思ったんだが、雑な手段も一つの試しになるのでは?」
「俺も思った。ゆっくり拷問をするのは行き詰っているから、なにかの切っ掛けになってほしいんだが」
頭からだらだらと血を流して倒れた青年は、なぜこんなことをするのだと訴えたが、返答は口に突き刺さった靴だ。
しかもそれだけではなく、男達は淡々と実験結果を観察する学者の顔で青年を蹴飛ばし、踏みつけ、徹底的な暴力を加えていく。
「強いストレスが条件の一つ……その筈だ」
「超長期の拷問を出来る環境も必要かもしれん」
「目を潰すぞ」
「ああ。足の腱も切ってくれ」
「こっちは手を潰そう」
「さて、魂はどうなるか……」
「いやああ! やめてよおおおおおお! やめてえええええ!」
男達は単に嬲っているのではなく、なにかしらの目的があるのだろう。
青年の目をえぐり、舌を引っこ抜き、手を潰して足の腱を切っている最中も、反応を確認している。
だがどんな目的があるにせよ、惨たらしく解体されている青年と、泣き叫んでいる少女の運命が残酷なのは確かだろう。
だが……。
「いやあ、才能あるね君達。因習が支配してる集落的ムーブが完璧だよ。俺と一本映画撮らねえ? タイトルはそうだなあ。廃墟の邪教、宇宙的特殊部隊に襲われる。とかどう?」
「は?」
「ごめん。Z級並みのタイトル言われても困るよね……」
これをどう説明すればいいのか。
青年のぽっかりと空いた眼孔が笑みの形に崩れ、舌が引き抜かれたはずの口から、意味は不明だがきちんとした言葉が発せられる。
それと同時に作戦が開始された。
防壁の上からこの事態を見守っていた人間の背後から頭に闇が伸びると、僅かに鈍い音が発せられ、首をねじ折られた死体から力が抜ける。
分析は済んでいた。
練度・素人。
武装・原始的。
これで負けるようなら、地獄の再訓練だ。
闇が防壁のあちこちで湧き上がる。
それぞれが仕留めた人間から短剣を抜き取り、品質を嘆きながらも一切の感情を表に出さず、それを別の肉に埋め込む。
風を騙し、月から隠れ、音を忘却の彼方に追いやる。
一人、一人と防壁の上で確かに命が失われていくのに、誰も気が付かない。
だが残っている、青年と少女を捉えている大きな集団を、気が付かれずに排除するのは無理だろう。
ニヤニヤしている青年の口が裂けるように開いた。
「殲滅」
命令が発せられた。
「直ちに、閣下」
いつのまにか中央の空間を囲んでいた兵士達が受諾した。
金魚鉢のようなものを逆さに被った五人が、防壁から飛び降り衝撃を感じさせない奇妙な着地をすると、粗末な短剣を握ったまま男達に近寄る。
「て、てめえ⁉ お⁉ おおおお⁉ おあああああああああ⁉」
事態を飲み込めないまま叫んだ一人の喉に、淡い光が差し込まれた。
無駄な破壊は必要ない。ひき肉を生み出す膂力も必要ない。
短剣はひっかけるように動きで男の頸動脈を切り裂き、血が噴き出た男は悲鳴を上げて首を抑えたが無駄だろう。
血の雨が降る。
「お姫様、一曲踊りませんか?」
「喜んで、王子様」
パニックを起こしかけている集団は意味が分からない光景を目にする。
先程まで死体も同然だった青年が、何事もなかったかのような無事の体で起き上がると、拘束されていた筈の少女をダンスに誘う。
そして拘束をしていた方の人間は……なぜか傷が一つもないのに息絶え、地面に倒れ伏していた。
「ははは」
「ふふふ」
手を取り合って向かい合った若い男女が、次々と噴き上がる血の雨を気にせず、軽いステップで踊り始める。
くるくると。
狂狂と。
いきなり青年を惨たらしい肉塊に変えた集団と、死体が量産されている中で踊る若者。どちらが恐ろしいのか。
「ひっ⁉ ひい⁉」
「……」
一方、奇妙な風体の存在に対し、男がこん棒を振りかぶったが無駄。無意味。
悲鳴を上げた時点で負けている。
怪物の振りをした単なる人間が、鍛え抜かれた怪物に勝てる道理なし。兵士がこん棒よりも早く、短剣を男の首に突き刺したらそれで決着だ。
機械の如き無慈悲さと躊躇いの無さで、人が淡々と処理され続ける。
「な、なんだ! なんなんだああああ⁉」
最後に残ったのは青年を出迎えた五十代ほどの男だけだ。
彼は一瞬で引き起こされた惨劇に頭が追い付かず、ただただ叫ぶことしか出来ない。そして恐らく、青年の恨みを買ったせいで苦しみ抜いた果てに死ぬのだろう。
「……」
「ぎっ⁉」
いいや違った。
この男もまた、なんの差別も受けず兵士に首を切り裂かれ、何が起こったかを理解できないまま屍となった。
普段のおちゃらけはどこへやら
「クリア」
「クリア」
「クリア」
「クリア」
「クリア」
冷静、冷徹な軍人は物言わぬ屍を生み出し、場を完全に制圧した。
「た、た、た」
「ら、ら、ら」
後に残った音は若い男女が口ずさむリズムの音だが、それも直ぐに終わり、血生臭い匂いだけが残された。




