第十六話 怪物
「……」
森の中にある砦の地下は恐ろしい空間だった。
広いながらもあちこちが血に汚れて悪臭を放ち、干からびた死体が転がり、冒涜的な魔法陣が描かれている。
更に何かを信奉する信者なのか、十数人の人間が祈るように手を合わせ、奇妙な言葉をぶつぶつと発していた。
そこへコツコツと複数の足音が響き、人間達は同胞の誰かがやって来たのだろうと思った。
「悪いんだけど上にあった軽めの資料を見させてもらったよ。死後。魂の再生。元は普通の人間。そして……別世界」
違った。
誰も聞き覚えがない年若い青年の声が地下に響くと、不審に思った全員が視線を向ける。
「まあ……そうだろうな。そうだよな。一般ピーポーが死んで。異世界にやって来て。スーパーウルトラパワーを手に入れて。最強になったんだ。なら自分もそうなれると思うのは当然だよ。お前らの発想はなーんにも間違ってない。そうとも。あれは単なる人間がバケモンに至れる術だとも」
だが視線を独り占めしている青年、ツクモはどこか疲れたような表情を崩さず、彼らの目的を言い当て始めた。
「うっかり秘密を喋っただろ。それとも何かの勘違いで口を滑らしたかね。死をトリガーにして最強になれるなら、冒涜する奴は出てくるよ。自分だけが特別だからで納得すると思うか? いいや。単なる人を超人に押し上げるチートが存在するなら、人体実験したって手に入れたい奴はいるさ。誰もが特別になりたいのは当たり前の話だろ?」
ツクモはこの場にいない誰かに。この邪教が発足した原因とも言っていい人物に、全くの無駄だが思わず語り掛ける。
俺だけが特別だから、他は諦めろと言ってのけるのは無理がある。
誰もが特別な立場と力を求めているのだ。好き放題したいのだ。
そして凡人が超人的な力を偶然、もしくはズルで手に入れたなら、自分も欲しいと思うのは自然の摂理に等しい。
「どこまで突き止めたんだ? 神様のミス? トラック? 偶然? 世界からの追放? そう、異世界転生の秘密をさ」
肩を竦めたツクモの脳裏に、砦の内部で発見した資料が思い浮かぶ。
それは本人が口を滑らせた可能性が高い情報だった。
英雄勇者。死後。転生。チート。最強。元は凡人。俺つえええ。
高慢だったのだろうか。偉大な力を自慢したかったのだろうか。なにかを勘違いしたのだろうか。ともかく、これらの情報が残ってしまった。
凡人が凡人のままならよかった。才能の塊で努力が結実したのならよかった。
だが単なる人が、外部から接続された力だけで超越者に至れるなら、誰だってそれを欲するだろう。
お約束の、異世界転生による最強の仕組みを!
「でもお前ら頭がイっちゃってるよな。上にいた奴らは人間に苦痛を与えてからぶっ殺して、魂の動きを見ようとしてたっぽいけど、それがうっかり成功したら手に負えねえ怪物に恨まれるぞ。やるなら仲間内でやれよ。あ、ごめんごめん。失敗したらどのみち死ぬか」
ツクモは正気ではない計画を嗤う。
一発勝負の死後転生などは不可能で、入念な研究が必要なのはわかる。だがそのために人体実験を繰り返すと、なにかの拍子で成功した場合、超人的な力を持った者に恨まれ、最悪の場合は次元の壁すら無視して復讐される恐れがあった。
つまり実験が成功した時点で途轍もないリスクを抱える羽目になる研究を、何とかなるだろうと推し進めるのは愚かとしか表現できなかった。
「ところでなんかトランス状態になってません? 邪教とずっ友のヤク吸い過ぎちゃいました? 商売道具を嗜んで、頭ハッピーになっちゃうのはあるあるですよね」
ここでツクモは、怪しい人間達の顔がどこか虚ろなことを茶化す。
歪で捻じれ切った思想と薬物が絡むのはよくあることで、儀式の道具である薬がいつのまにか金儲けの手段になっているのもまたよくあることだ。
そして次の生まで齎してくれる異世界転生の技術の研究は、幾人かの愚かな支援者を生み出し、アイテムボックスまで手に入れ現在に至る。
「まあそんなのがなくとも、俺という実例がいるから脳みそ持ってる存在はいつでもハッピーになれ……今アンハッピーになったわ。どっかのジムに紛れ込んじゃったかなー」
気楽で考え無しなツクモがヘラヘラと話しかけたかと思えば、いきなりうんざりとした感情を隠さず顔をしかめた。
人間達の肉体が奇妙に蠢くとあちこちが盛り上がり、老若男女を問わず筋骨隆々の逞しい肉体と化すではないか。
ただ左右のどちらかが膨れ上がっていたりと均整の取れたものではなく、ついでに体中の血管や筋が不気味に脈動しているため、憧れる者はいないだろう。
「なあメリー。きっと空気にプロテインが入ってるんだ。そうじゃないと説明できねえ」
「まあまあ。それは気を付けないと」
「いや、俺は頑張って吸い込む……あれ、ヴァンプさんやっちゃうんすか?」
バカップルが漫才を繰り広げている横をヴァンプが通り過ぎ、苛立ちを宿した瞳を怪人たちに向ける。
「人のくせに怪物のふりをしているのか? それとも怪物のくせに人間のふりをしているのか?」
「おあああああああああああああああ!」
「があああああああああああああああああ!」
声にも怒気が乗っているヴァンプの問いに理性なき叫びが返され、怪人たちは一斉に……怪物の間合いにずかずかと入り込んだ。
パンッと、妙に甲高い音が地下空間に響く。
戦闘の怪人が大きく腕を振りかぶり、ヴァンプの顔に叩きつけた際の音だ。兜を着用していようが、頭部を爆散させることが可能な剛腕が直撃したのだから、音の正体はヴァンプの頭が破裂した音だろう。
否。
「くだらん」
「ぎゃああああああああああ⁉」
まだ苛つきを宿したヴァンプが、潰れた腕を庇い絶叫する怪人を見下す。
確かに怪人の腕はヴァンプの頭部にぶち当たったが、その瞬間に怪人の拳が潰れ、手首は折れ曲がり、前腕の尺骨と橈骨は肉から突き出てしまったのだ。
そして怪物の間合いに人が入った場合、引き起こされるのは単純明快。
惨殺である。
「ひゅ」
頭部のない怪人が口から声を漏らした。
ヴァンプの構えは右腕を前に突き出し、人差し指と親指を組み合わせた、俗に言うデコピンの形だ。
そんな子供の遊びの延長が解き放たれると、先頭にいた崇拝者の頭部に人差し指が着弾。炸裂。爆破。
頭が豆腐のように弾け飛び……。
「ギャアアああ⁉」
「あああああああああ⁉」
頭蓋骨が散弾銃にも匹敵する勢いで飛翔し、怪人の顔に突き刺さった。
「人を超えたのになぜみっともなく叫ぶ? 心を怪物に変えていないのか?」
僅かな憂鬱と苛立ち。そして自己嫌悪を含んだヴァンプに、無事な怪人は答えることが出来ず、怯えたように一歩後ずさった。
「その姿、悪魔の血を受け入れた結果なのだろう? 人の道を踏み外したのだろう? ならば怪物が怯えるな。怪物が後ずさるな。怪物として死ね。せめて前に倒れて息絶えろ」
「オ、オアアアアアアアアア!」
人型の化け物に怪人は恐怖し、耐えられなくなったのか一斉に襲い掛かる。
肉片が降り注いだ。
軽く、本当に軽く虫でも追い払うような気軽さで振るわれたヴァンプの手の甲は、筋骨隆々の体に当たった途端、骨ごと肉を爆散させる。
腕だろうが胸だろうが関係ない。弾け、消し飛ぶ。
コツコツと靴を鳴らし優雅に歩く貴族風の男を誰も止められない。
「ウォルフさん、相手がいないっすよ」
「楽ができらぁ」
「じゃあえーっと、聞いた感じヤバ気な魔龍とか魔狼が出たら頼んじゃおっかなー」
「なら他のが出たらツクモな」
「いやちょっと待って。よくよく考えたら親玉は悪魔だから俺になるじゃん」
「よろしく」
「え? マジっすかウォルフさん? 活躍しないままこの章が終わっちゃうよ?」
「よろしく」
この惨劇を気にしていないツクモが、傍にいたウォルフにひそひそ声で話しかけると、話の流れで一番面倒な存在の片づけを押し付けられてしまった。
「相手にならん」
その間にも虐殺は続く。
ただ、ヴァンプが軽く撫でるような動作をするだけで、その度に幾つものひき肉が生まれていく。
彼の能力を引き出せる存在などここにいない。
怪物に相対する資格を持つのは、真の怪物だけなのだ。




