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第十三話 厄介ごとの味

「なぜ我輩がこんなことを……」

「また言ってるよコイツ」


 ある日、ブツブツと文句を垂れ流しているヴァンプと、呆れた表情を浮かべたウォルフが、夜の街を歩いていた。


「普通に考えてみよ。この、我輩が、夜の街で、警察の、真似事を、しているのだぞ。おかしいと思わないのか?」

「なんだかんだ暇だからだろ」

「……ちっ」


 一目で貴族と分かる姿のヴァンプが、一言一言を区切って強調し、自分が巡回なんてものをしているのは相応しくないと訴えた。しかしながら、ウォルフのぶっきらぼうな答えに反論する術を持たず、舌打ちを響かせて黙り込む。


 実際、永久の無限牢獄から抜け出したはいいものの、目的が全くないウォルフとヴァンプは暇を持て余しており、警察の真似事は暇を潰せる数少ない出来事だ。


「まあそれに、ツクモはギャーギャー言ってるけどここはいい感じに面白い。だろ?」

「……ふん」


 ニヤリと笑ったウォルフに、ヴァンプは鼻を鳴らして肯定する。

 野性味溢れるウォルフは混沌とした騒ぎが好きだし、貴族風のヴァンプは静寂を愛しながら、時折の騒動を好む面倒臭い性格をしている。

 その点でいえば、一人の英雄勇者が無茶苦茶をして闇鍋となった浮遊王都は、実に面白く興味深いものだった。


「……オタク共が名誉や地位を望まぬ理由が分かったかもしれん」

「連中にその適正はないわな。あくまで現場の英雄だ」

「うむ。我々を打倒し続けたのだから称賛されるべきなのに、それを望まなかったのはこれを恐れていたのだろう」


 ヴァンプが宿敵たちを評すると、ウォルフが同意した。

 彼らが戦ったオタクは誰も彼もが名誉や地位を求めず、日常に戻ることを良しとした者たちだ。それがヴァンプは不思議で仕方がなく、なぜ強者として振舞わないのかと理解できなかった。

 しかし今なら少し分かる。

 自分の身の丈からはみ出した、適性とは別のものを求められたなら、それは不幸を齎してしまうのだ。

 現に暴力装置として機能した英雄勇者は、全く分野が違う政治に絡め取られ、良くも悪くも常識から外れた功績と失政を積み重ねているではないか。


「まあそれはツクモも同じなのだが……変に上手く作用している」

「言えてる。あいつ、自分以上の馬鹿が多いせいで一周回って冷静になってるよな」


 ヴァンプとウォルフは一応社長の馬鹿面を思い浮かべる。

 世界を無茶苦茶にした英雄勇者以上にツクモは取り扱い厳禁で、間違っても行政や国政に関わっていい者ではない。

 しかし馬鹿という表現すら生温い者が騒ぐせいで、マイナスとマイナスがぶつかりプラスになったのだろうか。

 少なくとも今現在のツクモは西地区に利益を齎しており、思い付きの警察会社も妙に機能していた。


「キャッ。ウォルフさんだ」


 そんな時、ヴァンプの超人的な聴覚が、乙女の黄色い悲鳴を拾う。


「モテるではないか」

「よせよ。俺なんぞより一途なオタクの方がよっぽどマシさ」

「そうであるな」

「……前から思ってたんだけどよ。お前の口調、偶に変なんだけどキャラ付けか?」

「ちっ」


 ヴァンプは表情を変えることなく、単なる事実を淡々と口にしたが、ウォルフはどこか苦い表情になり話題を変えようとした。

 だがそんな思考は、偶に起こるヴァンプの口調への純粋な疑問に飲み込まれ、貴族風の男は優雅な舌打ちでそれ以上問うなと態度で表した。


「うん? この臭い……」

「優秀な警察犬であ……警察犬だ」

「あるある口調、似合ってるから言い直さなくていいぞ」

「どうやら決着をつける必要がある……決着を付けよう」

「ぷっ……こっちだ。撮影開始」


 突然ウォルフが立ち止まり、鼻をひくつかせて周囲を見渡す。そして一人で漫才を繰り広げるヴァンプに笑いながら歩き、路地裏へ足を踏み入れ、自撮り棒の撮影機能を起動した。


(ヤクの供給源を断つためにアイテムボックス持ちをなんとか見つけたいんだが……)


 ツクモが厄介極まると判断しているアイテムボックスを、ウォルフも面倒だと思っていた。

 手ぶらなのに違法薬物を数百キロも持ち込める人間がいれば、どれだけ末端を叩こうと意味がなく、本気で排除するならアイテムボックス持ちを見つける必要があった。

 しかし、異空間に物品を収容している人間の見分けなど出来る筈もなく、余程の馬鹿がポカをやらかさない限り露見することもないだろう。


(これは……当たりなんじゃねえか?)


 そのあり得ない取っ掛かりをウォルフは得た。

 人間を遥かに凌駕する彼の嗅覚は、今までの比ではない濃く強い違法薬物の臭いを感じ取る。それは一人の人間が所持出来る薬物の量を大きく超えており、ウォルフはひょっとして見つけたのではないかと期待した。


「……」

「……」


 ウォルフとヴァンプが目を合わせず意識を合わせた。

 彼らの前から歩いてくる四十代男は、凶悪な人相をしている訳でも、ただならなぬ闘気が渦巻いている人間でもなかった。

 言ってしまえば酒場で飲み過ぎ、呻いている姿を想像しやすいような小太りの男で、西地区ではごくありふれた人間に過ぎない。

 だがウォルフの嗅覚は、違法薬物のプールで泳いできたのかと思えるほどの臭いを男から感じ取り、恐らくこの男がアイテムボックス所持者だと判断した。


「い、いたっ⁉ 鼠⁉ ふざけんな!」

「チュウっ⁉」

「くそったれ!」


 そんな男が突然悲鳴を上げ、自分の足元に嚙みついた鼠に激怒すると、思いっきり蹴り飛ばした。

 ただそれだけ。

 ウォルフが突っかかることも、ヴァンプが呼び止めることもなく、ネズミに悪態を履く男は通り過ぎて行った。

 だから男は気が付かなかった。

 蹴飛ばされた鼠がヴァンプの影に辿り着くと、どろりと形を崩し飲み込まれていく。


「珍しいな。お前さんが男の血を飲むなんて」

「いい気配ではないと思ったが……面倒な」

「理由をグルメにお聞きしましょうか」


 茶化すようにウォルフが口を開いた、ヴァンプは気にせず顔を顰めてうんざりとした気配を隠さない。


「この雑味、大部分は人間だが悪魔やその類の味がする。この世界でどう呼ばれているか知らんが、少なくとも聖人ではあるまい」

「はあ……思ったより面倒な話になるな」


 それは明らかな厄介事だった。


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