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第十二話 お約束しか言わない量産犯罪者と自覚なき犯罪

 真昼間の西地区を、ツクモ、メリー、ウォルフの三人が歩く。

 メリーは軽やかな足取り。ウォルフは面倒臭そうな歩み。

 そしてツクモは……。


「こんにちは八百屋さん!」

「ようツクモ」


 商店街の人間に挨拶していた。


「どうも魚屋さん!」

「やあツクモ君」


 人間関係の基礎にして奥義、挨拶。挨拶を欠かす者は挨拶に泣く。気が付けばボッチ。

 という諺を勝手に作ったツクモは、人のよさそうなニコニコ顔で挨拶を続け、商店街や酒場が集う場所では名前を覚えられつつあった。


「メ、メリーさんおはようございます」

「おはようございますメリーさん!」

「ふふ。ごきげんよう」


 メリーの方は、若い青年達からの挨拶を受ける側だ。

 生存に関わるヒエラルキーの頂点はオタク。戦争は筋肉ムキムキテカテカ男。社会の頂点は美人の女性である。


 なお怪異や異世界が関わるなら誰もがオタクを選ぶだろうが、弾ける汗。飛び交う銃弾。過剰な火薬。大アクション! の世界に落っこちた場合に限り、全ての人間が筋肉ムキムキテカテカ男を選ぶだろう。しかしその場合は、プロテイン言語の翻訳が必須なので、まずはジムに入会しなければならない。


「キャッ」

「ウォルフさんだぁ……」


 ウォルフに対する反応はメリーに似ている。


 布に袖を通しているだけのウォルフは、盛り上がった腹筋を直に見せつけている孤高のイケメンで、歳若い乙女にとって目の毒にしかならず、危険な兵器と化していた。


 人とは単純なもので、縄張りに入って来た者が美形美女なら忽ち警戒心が消え失せてしまう生き物だ。もうこれは太古からの生物的本能に近く修正が困難で、その受け入れる速度は通常の十倍以上と言ってもいい。


「んきゃああああああああああああ!」

「なんだぁ⁉ PH警察会社出動!」


 そんな一行が商店街を歩いてる最中、周囲がぎょっとするような女性の叫びが響き渡り、ツクモたちは慌てて急行した。


「はーい。ハッパに詳しそうな植物学者一名はっけーん」

「んぎゃああああああああああああああああああああ!」


 何があったのかはすぐに把握できた。

 女性で二十代中頃だろうか。ボサボサの髪を振り回し、視線は定まらず、涎を垂れ流しながら叫んでいる有様は、誰もが正気ではないと断言するだろう。


「とりあえず公共での迷惑行為と、どう見ても中毒症状だな。ウォルフ、ハッパは持ってる?」

「右のポケットだな」

「了解」


 砂利を握って通行人に投げつけている女を、公共での迷惑行為で捕まえることにしたツクモは、ウォルフに聞けば薬物を持っているかが分かると言わんばかりに尋ねた。

 するとウォルフが鼻を僅かに動かすと、右のポケットに薬物が入っていると断言し、会話が成立してしまう。


「自撮り棒ちゃん一世、しっかり録画よろしく。はーいお姉さん。ちょっと公共での迷惑行為で捕まえますねー」

「あおおおおおおおおんん!」

「だ、駄目だこりゃ! 流石に四つん這いで走り始めるのは予想外! おいコラ! マジで一生残る恥を晒してるから止めろ! 」


 ここであり得ないことが起こった。

 ツクモが自撮り棒を起動して証拠を記録しようとした途端、女性は犬の真似事のように叫んで四つん這いになり、おぼつかない手足で駆けようとした。


「だからヤクは嫌いなんだよ! お前の脳みそナメクジ以下になってんぞオイ! 大人しくしろや!」

「おおおおおおおおおお! ほ、法的根拠を示せ! 野蛮人! クソ野郎おおおお!」

「二進も三進もいかねえから、お上が私人逮捕の条件緩めてるだろ! 暴れ回ってる奴とか余裕よ余裕!」

「お、お、お、王宮は馬鹿しかいないわ! そんなことしたら無茶苦茶じゃない!」

「それはそう。自己責任、自己防衛で開拓時代の話になってるよな」


 女はギリギリながらも言葉を話せるようで、汚く罵りながらも一応の受け答えが出来た。

 ついでに薬物でおかしくなっている女にすら、王宮の政策は馬鹿だと評され、思わずツクモも心の底から賛同してしまう。


「はーい。じゃあ留置場行きましょうねー」

「黙れクソガキ!」

「ベンケイッ⁉ てめえ足出しやがったな⁉ 観客にも蹴られたことねえのに!」

「ぎゃあああああ! 助けてえええええええ! 助けてええええええええええ!」


 ただそれはそれ。これはこれ。

 人間を捨て去り仰向けに寝た女を捕まえるためツクモが近寄ると、女は脚を思いっきり伸ばして、ツクモの向う脛を蹴飛ばした。

 これにはツクモも遠慮を投げ捨て、ウォルフも面倒臭そうに加勢して制圧する。


「なんで誰も助けてくれないのよおおおおおお!」

「ああお嬢様、なんて残酷なんでしょう! 世界で一番美しい貴女は知らないでしょうが、親でも関わりたくねえレベルの醜態だからだよ馬鹿垂れ!」

「私の親が誰だか知ってるの⁉ あんたなんか明日には浮遊王都から突き落とされてるわよ!」

「区の偉い人で、金持ちで、裏社会を牛耳ってて、お貴族様にも覚えがめでたい大商人で、教皇に近い聖職者! あと他になにかあるか⁉ ああ、世界で一番有名な棒見者があったか!」

「全部そうよ!」

「ああ神様、俺の冗談に対して彼女はナイスな返しをしたと思うでしょ? これマジで言ってるんですよ。凄くないっすか? 俺は怖いっすけどね」


 しかし、暴れに暴れる。

 ツクモが縄で腕を拘束している間も体は藻掻き、足はとにかく誰かを蹴ろうと動き続ける。


「そんで次にお前は、年収でマウントを取ろうとする!」

「私はお前みたいな庶民と違うのよおおお! あんたが一生かかっても稼げないお金を一日でもらえるんだからああああ!」

「金で品性は買えないって本当だったんだあ。昔の人はいいこと言ったわ。しっかし、本場並み犯罪者、誰かに操られてる説を提唱しようかな。そしたら定型文を連呼する理由を説明できる……俺って天才じゃね? マジで全ての謎が解けたかもしれん。聞いてくれウォルフ! 本場並み犯罪者は、政府が開発した洗脳装置によって、同じ文定型文しか言えなくなっているんだ!」

「お、おう。そうか」

「いや待てよ……そう考えるとB級以下のパニックホラーがお約束ばかりで、オタクとパリピがセットなのも、勘違いで真相に至れないのも、オタクだけが活躍するのも装置が……どう思うウォルフ?」

「他人の振りしてくれねえか? 今、すぐ」

「ぎゃあああああああああああああ!」

「おおっと、そんなに暴れるからポケットから何か出てきたぞ……こ、これは違法薬物の雷草! ビリビリと刺激たっぷりで馬鹿になるハッパだ! じゃあ留置所行きましょうねー」

「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」


 屈強なウォルフがいるので女はあっという間に拘束されたが、よくぞここまで大声で叫べると誰もが感心する程に煩い。


「馬車、持って来たわよ」

「あんがとメリー。保安官事務所に賞金首連れて行く奴も同じ気持ちだったのかなー」


 それから少し。まだギャーギャー叫ぶ女を連れて行くための、特注檻付き馬車擬きをメリーが運転して持ってくる。


「監禁んんんん! 監禁よおおおおおおお! 警察でもないのにいいいい! 助けてえええええええええ!」

「はっはっはっ。これが許されるんだから、やっぱお上はすげえよ。見てますかレオンハルト様、切羽詰まり過ぎてヤバいっすわ。五年後にここが残ってるといいですね」


 檻にぶち込まれた女がまたしても正論を叫ぶが、残念なことに世界の方がイかれているため虚しい訴えだ。


(聞こえてくる噂全部が頭痛くなってくるんだよなあ。レオンハルトが自分より賢い奴にイライラするタイプだったら最悪だ。それに文明化も中途半端だし。ま、でも分かるよ。中原抑えて呉も攻略したら、勝ち確だから後はもういいかなー。とか思うよな)


 ツクモはウォルフと共に馬車に乗りながら、短期間でズタボロになっている浮遊王都と英雄勇者レオンハルトについて考える。

 偶に聞こえてくる噂と、場当たりになっているかも怪しい王宮の政策に、ツクモはレオンハルトの方向性や思想を覗き見た気がした。


 きちんとした人材がいれば、単なる民間人が逮捕権を握りかけている事態は危険すぎると分かるはずだ。しかし現実には、薬物中毒者とはいえ檻に捕まえても咎められることはなく、治安維持のためという名目で容認されている。


 そうなるとレオンハルトが人材を軽視して育てなかった……なら多少はマシ。最悪の場合、嫉妬や疑念を抱いて有能な者達を閑職に追放し、彼への恐怖を抱いて追従するだけの者達に重要な席を渡した事態も考えられる。


(多分……本当に多分だけど、どっかで自分のおつむが凡人だと気が付いて絶望したんだ。そうじゃないとチーターが容易く死ぬはずない。だってチーターだぜ? 瀕死になっても若返って復活するだろ。それが天才の真似事をして失敗したか、経済がちんぷんかんぷんだったか……下駄を履いてスっ転んでもかすり傷だろうけど、自尊心で積み重なった竹馬並みの下駄履いて転んだから大事になったかねえ。そして弱ったところに、チートは褒められるけど自分は褒められない……病むな。ま、全部想像だし関係ないか)

「んぎゃあああああああああああああああああああああああああ!」

「正気に戻してくれたありがとうお姉さん。留置所はすぐそこですよー」


 色々と考えたツクモだが、もう全ては過去であり想像でしかない。

 それよりもギャーギャーうるさい女を留置場にぶち込むのが優先されるため頭を切り替えた。

 住宅街や商店街から離れた場所にある留置場は、元々鋼の衛兵たちが詰所としても使用していたのだが、今現在は少数の人間がいるだけだ。


「すいませーん。お口が達者で雷草に詳しい植物学者一名をお持ちしましたー」

「ああご苦労様。男衆、植物学者を頼んだよ。それで今度はどこの偉い人?」


 石造りの建物に足を踏み入れたツクモは、慣れた様子で受付にいた恰幅のいい中年女性の職員に要件を告げた。

 職員もまたツクモに慣れており、数人の男性職員に荷物を頼むと、手続きの書類を準備しながら軽口を叩く。


「区の偉い人。金持ち。裏社会を牛耳ってお貴族様にも覚えがめでたい、教皇に近い聖職者。世界で一番有名な棒見者の娘さんで、庶民が一生稼げない金を一日で貰えるそうです」

「そりゃあ凄い。きちんと掃除しておいた方がよかったかしら」

「四つん這いで走り回るから、床掃除は必要だったかもしれませんね」

「あはははは。冗談よね?」

「マジなんすよねこれが」

「転職しようかしら……」

「させてくれるんですか?」

「暫くは無理」


 ツクモは自撮り棒の映像を提出しながら、必要事項を紙に記載して手続きを進める。

 だがその軽口の内容に女性職員はうんざりした表情を浮かべ、半ば本気で転職を考えた。


「確か裁判所の事務員やってて、無理矢理引っ張って来られてんですよね」

「その通り。他にも刑務官とかを集めて、お上はなんとかしろって無茶振りするけど、維持するだけで精一杯」

「裁判所やムショとかは鋼の衛兵みたいなのいなかったんですか?」

「いなかったわね。噂だけど、レオンハルト様が現場の警官から嫌な扱いを受けたから……みたいな?」

「ははあ、なるほど……マジで軍を投入した方がいいと思うんですけど、どんな感じです? 知り合いから統帥権握ってるのが不在だから、二進も三進もいかないとは聞きましたけど」

「ああ、裁判所で勤めてたおばちゃんは、もう少し詳しいことを話せるわね。レオンハルト様が持ってた軍の役割は外限定なのよ」

「あー。内の国民に武力を使わないようギチギチに縛ってる感じです?」

「そ。レオンハルト様は軍が国民に武器を向けるのを、最悪を超えた最悪と定義してたらしいの。だから治安維持に関する権限なんて一切ないし、偉い人は頭の固い老人で保守派だから、それを無視することが出来ない。軍が動けるとしたら、新しい王が決まってからでしょうね」


 ツクモと女性職員の会話は止まることがない。

 良くも悪くも浮遊王都では話題に困らず、レオンハルトが齎した言論の自由という概念のお陰で、【色々】と盛り上がっていた。


「あんたのとこは仕事が真面目だからこっちも楽だよ。南地区じゃ、ヤクを持ってた奴を連れてきたから報酬寄越せって連中が現れたけど、現物も映像も無かったとさ」

「揉めてるでしょ」

「大揉めも大揉め。連れて来た方は金を寄越せ。連れてこられた奴は訴えてやる。巻き込まれた職員は退職したい。それも一回だけの話じゃなくて、別のグループも似たようなことをするときたもんだ」

「ははあ」

「それに比べウチは、連れてこられる人間は多いけど物的証拠があるから、仕事自体はスムーズに終わるよ」

「その証拠、口が悪いのは勘弁してくださいね」

「私なら顔に蹴り入れてるからむしろ感心するよ。それにしても……本当に酷いねこりゃ……」

「PH警察会社において、現時点で声量はナンバーワンです」

「更新されないことを祈ろうかね……はい手続きは完了。また頼んだわよ」

「了解であります!」


 雑談をしつつも仕事は手早い職員に声援を送られたツクモは、混沌とした浮遊王都を守る誓いを新たにするのであった。

 遊びだが。

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