第十一話 草の根活動
さて、草の根活動を方針にしたPH警察会社だが、社長であるツクモはこの類に適性があり過ぎた。
「いやあ、急に雨が降ってきましたねえ」
「すまんな兄ちゃん」
偉大な王レオンハルトが齎した物品の一つ、傘をさしたツクモに、七十代ほどの小柄な老人が感謝していた。
朝の天気は良かったのに、急に雨が降り出したことを好機と捉えた打算ありまくりのツクモは、雨に打たれている人間はいないかと探し回り、この小柄な老人を見つけたのだ。
「こういう時はお互い様ですよ」
「そう言ってくれるかよ。わけえのが兄ちゃんばかりなら、ちったあ先も明るいと思えるんだがなあ」
「ちょーっと植物に興味がありすぎるっぽいですね」
「それよ。俺や俺らの代もハッパに無縁とは口が裂けても言えねえが、最近のは加減ってのを知らねえ」
「動物になるまでチューチューしてますからねえ。一昨日あった三番地の騒ぎ知ってます?」
「魚の振りして陸でぴちぴちしてた奴の話だろ? 俺も聞いた時は頭痛くなったわ。人間やめてまで使うもんじゃねえよ」
この青年、異世界で必要なのはコミュ力。コミュ力があれば何でもできる。という信条を持っているのだが、頭と口の軽さをコミュニケーション能力と勘違いしている節がある。
ただ少なくとも今現在はきちんと話せており、ぼろが出る兆候はなかった。
「兄ちゃんは普段、なにやってんだ?」
「PH警察会社ってところで社長やってます」
「はん⁉ あそこ、兄ちゃんの会社なのか⁉」
「仲間内でわーわーやってる小さな会社ですけどね」
単なる世間話のつもりで老人が問うと、打算塗れのツクモは自然体で自社の名前を出す。
小賢しいものの、老人が雨に濡れていないのはツクモのお陰なため、これくらいは十分許される範囲だろう。
そしてどうやら、いい意味でPH警察会社の名前を老人も知っていたようで、僅かな感心が声音に乗っていた。
「馴染みの婆さんが酒場やってるんだけどよ。机ひっくり返した馬鹿を、その会社が追っ払ってくれたって褒めてたぞ」
「ありがたい事です」
年寄りの繋がりは時としてインターネットを超える。
この考えに従ったツクモは老人に狙いを定め、自社の情報を年寄り情報網に流す戦略を取り、成功しているようだ。
「だけどまあ、そんなのは色々恨みを買っちまうから気ぃ付けろよ?」
「はい、ご忠告ありがとうございます。でも、誰かがしないといけないことですから」
「はあ……お上がしっかりしてくれたら、兄ちゃんみたいなのが危ないことしなくて済むんだが」
短い間で距離感が縮まった老人は、本心からツクモに忠告した。
善良な人間がツクモやPH警察会社を見れば、今のところ問題行動を起こさず、きちんと警察会社の名に相応しい行動をとっているありがたい存在だ。
しかしその分、個人が警察業務をすれば復讐の対象になりやすいため、最大限に警戒しなければならない。
「ああ、チラシとか持ってるか?」
「いえ、会社にはありますけど、普通に出歩いてただけですので」
「そうかい。なら、近くに寄った時にでも貰っていくわ」
「ありがとうございます」
老人がツクモに尋ねた。
重要な場面だ。チラシを持ってうろついていたら、人助けに打算があるのではと思わせてしまうため、その類を匂わせてはならない。
(とりあえず、短期から中期にかけての目標は、一人が複数のチラシを持って帰るような信用を得ることだ!)
パニックホラーの化身とは思えない発想がツクモの脳を駆け巡る。
多少の信用なら、自分だけなら誰にも迷惑をかけないから使ってみようかと考えるだろう。そして実績を積み重ねたら、利用した人物も周囲に話したり紹介してくれるかもしれない。
「ああ、ここだここだ。ありがとよ兄ちゃん。茶でも飲んでってくれ」
「あ、いえ。あちこち濡れてますから」
「誰も気にしねえよ」
「それじゃあ遠慮なく」
「おう。おーい今帰ったんだけどよ! 親切な兄ちゃんに傘借りたから茶とお菓子でも出してくれー!」
「あら、まあまあ。ご親切にありがとうございます。どうぞどうぞ上がってくださいな」
老人を送り届けたパニックホラーの化身は、恐縮する素振りを見せながら他人の家に侵入する。
そしてこの家で……世間話をしながらお茶と茶菓子を貪り、細くとも確かな人脈を築くのであった。
◆
一方、金魚鉢五人衆の場合。
「ねえねえお兄ちゃんたち、なんで金魚鉢被ってるの?」
ある日の彼らは西地区に住む子供に剛速球を投げられた。
変わり者が多い棒見者でも、曇りガラスの金魚鉢を被っている様な者はおらず、最近の西地区で一番変な人間を挙げるなら、PH警察会社の五人になってしまうのだ。
「それはなぁ、海よりも高くて山よりも深ーい事情があるんや」
「逆逆ー」
「子供に間違いを教えちゃあかん」
「海よりも深くて山より高い事情があるんやで」
「いや待てよ、海言うて分かるかな?」
五人が順番に話し始める。
警察会社の中ではツクモ並みに活発な彼らは、格好こそ奇妙だが口が軽いため相手は話しやすく、興味本位で尋ねて来た子供への応対もいいので、街を歩いているとよく話しかけられた。
「偶に浮遊王都が海を通るから知ってるよ」
「ああ、なるほどなあ」
「ここ来てからまだ移動しとらへんから忘れとったわ」
「これが浮いとるの、まだ信じられへんのやけど」
「高度な魔法は宇宙技術と見分けがほにゃらら」
「そんで金魚鉢被っとる理由はなあ、ワイらは人知れず悪と戦う正義の組織に所属しとるから、正体を明かせないんや」
現に精神年齢も身長も大きく違う五人はしゃがんで子供と視線を合わせ、賑やかな会話を続ける。
「そう言えばお兄ちゃんたちって声が似てるけど兄弟なの?」
「んだんだ」
「実はまだ兄弟おるから母ちゃんは頑張ったで」
「全員集めたら浮遊王都より人数おる」
「それが全員、正義の組織に所属しとるんや」
「すごいやろ」
「えー。嘘だー」
「わはははは!」
ここで子供は、五人の声がよく似ていることについて言及すると、冗談にしか聞こえない返答をされてしまう。
どんなに大家族でも十人を超えることはまずないのだから、浮遊王都の人間よりも多い兄弟など、子供でもあり得ないことが分かる。
「そんじゃワイらはお仕事やから」
「元気でなー」
「風邪ひくんやないでー」
「いいこでなー」
「さいならー」
「はーい!」
それからも少し会話を重ねた五人は立ち上がると子供に手を振り、警察業務の見回りに戻った。
「いやあ、人間って凄いわ」
「どんな筋肉テカテカマッチョマンでも、子供時代があるのやばない?」
「あんなちっちゃいのが成長したら、一人で乗り込んできてワイらをぶちのめすとかあり得んやろ」
「えっ⁉ ワンマンアーミーという言葉は実在する⁉」
「ないない。がはははは! と言えたらよかったですね」
だが、お喋りなのは変わらず、巡回中というのにぺちゃくちゃとやかましく話を続けていた。
これでは威厳も何もあったものではないが、彼らの役割は親切なお巡りさんであり、怖い役目は他にいるため、仕事の内なのである。
演じているのではなく素でこの陽気さだったが。
そして仕事の方はというと……。
「夜と言えば酒。酒と言えば酔っ払い」
「自分から思考を麻痺させるって、やっぱ人間は特殊な趣味を……」
「ドン引きやでドン引き」
「なぜ進化したのに退化を望むんでしょうねー」
「と、その特殊趣味の種族にやられたワイらが申しており」
夜になってもしゃべり続ける口は健在で、酒場が集う場所を中心に見回りをしていた。
「よお金魚鉢! 景気はどうだ!」
「残念なことにお仕事には困っとらんでー」
「せやから仕事増やさんとってなー」
「酔っ払いの面倒とか嫌やー」
「どうせなら美人の姉ちゃん希望」
「せやせや」
そして毎日夜の街を歩いていれば、酒場に入り浸っている者達と顔見知りになり、声を掛けられることが多くなる。
しかもその一つ一つに律儀な返答をするものだから、酔った者達は尚更五人に声をかけ、僅かながらも人脈を形成していた。
「てめえこの野郎!」
「ぶっ殺してやる!」
「おおっと若い衆の喧嘩や」
「頑張えー。と言えない立場なんよね」
「しゃあない止めるかー」
「ワイは詳しいんやけど、若いもんはああやって縄張り争いするんやで」
「ほへー。あ、自撮り棒で録画開始っと」
勿論、のんびり話すだけでは終わらない。五人の視線の先では若い男二人が殴り合いの喧嘩を始めてしまったので、それを止めるために歩を進める。
単なる路上の喧嘩を捕まえても薬物と違って区からの報酬は出ないが、現場にいた癖に周囲の被害が出てから動き出したと言われるのは問題だった。
「はいはーい。喧嘩は止めましょうねー」
「暴れても無駄です。プロですから」
「腰が入っとらんよ腰が」
「酒の匂いがしますねえ」
「ああもしもしツクモ。 酒飲んで喧嘩してた奴を捕まえたから、留置所に連れてくわ。ほな」
「だんだてめえゴラァ!」
「離せやオイィ!」
あっという間だ。
喧嘩をしていた男達を金魚鉢は二人で一人ずつ拘束し、残った最後は自撮り棒を使ってツクモに連絡をする余裕まである。
「いいぞ金魚鉢ー!」
「なんかあったら頼むわ!」
「ありがとうねえ」
誰も傷付けず、迷惑な若者二人を捕まえた金魚鉢たちに、周囲の人々が声援を送る。
どうやら地域密着型戦略は、成功しているようだ。




