そして、二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ
黒い魔物が襲いかかるも、俺は手に持つ剣でそいつらを一閃した。裂かれた魔物は黒い塵となり霧散するが、いかんせん数が多すぎる。一匹ずつ倒していくのは無謀だろう。
「くそっ!」
一階へと繋がる階段にも魔物が数匹蔓延っている。
階段をかけ降りるのさえ煩わしくて、俺は階段の手すりを滑り降りた。
そして同時に、一階にいる魔物の量にギョッとする。まるで床を黒で埋め尽くさんばかりの数だ。
「多すぎだろっ!」
叫びつつも、そのまま一階へと着地する。目の前に広がる大きな穴を飛び降りれば、すぐそこにレアがいるんだ。ここを乗り切ればっ……!
「邪魔なんだよっ!」
襲いかかる魔物を避けつつ、剣で倒していく。進行は遅々として進まない。難儀していたら、グイッと右手が引かれる感覚がして体のバランスが崩れた。
「しまっ……!」
恐らく右手に繋がっている鎖を魔物が踏みつけて引っ張ったのだろう。
グワリと口を開けた魔物が、俺を飲み込もうと迫る。どう切り抜けるべきか思案しつつ剣を構え直し……、
「なにやってんだよお前はっ!」
突然現れたホークスが、その魔物を薙ぎ倒した。
「ホークス!?」
「おら、さっさと行けっ!」
俺の鎖を踏んでいた魔物を斬り倒しながら、ホークスは俺に向かって叫んだ。
「俺に、あの子を救い出す所を見せるんだろ!?さっさと行って助けてこいっ!」
「っ……!」
その声に背中を押されるように、俺は走り出す。
襲いかかってくる魔物を全て避け、吹き抜けとなった王宮の中心へと走る。体を引き裂かんとする魔物たちの爪や牙が肌をかするも、俺は全速力で走った。
そして、そのまま地下一階にいるレアへと、思いっきり飛んだ。
「う、ォオオオオオオッ!!」
黒く淀んだ球体へと飛ぶ。左手に持つ剣を両手で持ち、その球体へと、一気に突き刺し切り裂く。
中からドロリとした濃い黒い液体が流れ出た。俺はそのまま、その切り口へと上半身を突っ込んだ。
「レア!どこだよ!レア!」
息は出来るし、声も出せる。ただ、底なしの暗闇へと叫び、手を伸ばす。いるはずなのに、何にも触れない。焦ってもっと体を突っ込もうとした時、微かにレアの声が聞こえた。
……もう、いやだ
「レア!?」
……もういやだ。大好きな人を傷つけるなら、ずっと一人でいればよかった
周りの人が不幸になるのなら、最初からその手をとらなければ良かった
聞こえてくるその声は、懺悔の言葉。
闇の奥に、一人うずくまって泣くレアが見えた気がして、俺はたまらず体を更に暗闇へと押し込む。
「レア!いるんだろう!?早く俺の手を取れよっ!」
やだ、もうやだよ
大切な人を傷つけた
全部全部、私のせいだ
私は、誰の側にもいてはいけないんだ
「ふざけんなっ!」
悲しみに飲み込まれてしまっているレアに届くように、俺は暗闇へと叫び続ける。
どうしても、諦めることなんかできなかった。
「魔歹姫とか、不幸を呼ぶとか、そんなことぐらいで俺がお前を諦めるかよっ!」
……レ、ヴィン……?
見えない。だが、指先に僅かな感触。俺は更に手を伸ばす。
「どんな不幸を呼ぼうが、どんな災いを呼ぼうが、俺は、お前といられればそれだけでいいから!だから、さっさと俺の手を取れ!!レアッ!!」
ホークスは、幾多の魔物と交戦しつつ、上半身まで黒い球体に入り込んだレヴィンの様子を横目で見ていた。そして、球体に変化が訪れたことにもいち早く察知したのもホークスだった。
球体がぐにゃりと歪み、レヴィンが一気に球体の中へと飲み込まれる。
「おいおいおいっ!?」
慌てて自身も地下一階に飛び降り、球体へと刃を突きつける。だが、ガギンと硬質な音を立たせるだけで、球体はヒビすら入らない。
(助けるって豪語したくせにっ!)
焦って何度も球体に剣を突きつけて……、ふと、魔物が襲ってこない事に気がついた。
おそるおそる周りを見渡す。空を飛ぶ魔物も、地面を蠢く魔物も、まるで時が止まったかのように、全てが動きを止めていた。
「一体…………?」
訳が分からず固まっていると、ザァ……、と魔物たちの輪郭が崩れて塵となっていく。雲が晴れ、不気味な光も消えて行き、元の静かで暗い夜が帰ってくる。もしやと思い、ホークスは球体へと目を向けた。
ピシリと、水晶に亀裂が入るかのように白いスジが走っていた。
ピシピシと亀裂は量を増やし、球体のほとんどを白で埋め尽くした時、球体の輪郭がぼやけ、徐々に塵となり空気に溶けていく。
そして…………
「『そして、その中からレヴィンとレアは無事に生還し、二人仲良く暮らすこととなったのです……』……はぁ~、素敵だなぁ。相思相愛っ!」
ガヤガヤと煩い表通り。その本屋の店頭に置いてある童話、『魔歹姫と黒き月』を呼んで、私はホウ、と感嘆のため息を吐いた。
魔歹姫は夜と魔を統べる者だが、精神が安定するとその能力を使いこなせるようになり、今では不必要な災いは最小限に抑えてくれている。魔を呼ばない存在=幸せを運ぶ象徴として、今ではこの国に愛されている存在だ。
そして、かの英雄、レヴィン・ベルヴァルトは、魔歹姫によりそう『黒き月』という異名を授かり、今もどこかで生きているらしい。
「でも、幸せに暮らしたとかあるけど、本当なのかなぁ……」
「お、ちょっと見せてくれないか?」
良からぬ妄想に浸っていると、ひょいっと手にしていた本が取り上げられる。ムッとして怒鳴ってやろうと隣を向けば、薄い褐色の肌をしたカッコいい男の人が立っていた。
「え、え……!?」
やだ!イケメン!
本を取られたにも関わらずぽぉっと見惚れてしまう。私はどうしようもない面食いなのだ。
「そ、その童話、好きなんですか?」
「ん?いや、見たことある話だなって、気になって」
その人はパラパラとページを廻りながら、『へぇ、メリーのことも書いてあるんだ』とか、『ホークスはこんなにイケメンじゃねぇよ』とか言いつつ、パタンと本を閉じた。
「見せてくれてありがとう」
「いっ!いえいえ!」
なにか他の話で盛り上がりたいなぁと考えていたら、『若旦那様ぁ~!』という女の人の声が聞こえてきた。
そうして彼の前に現れたのは、落ち着いたロングスカートのメイド服に身を包む金髪の美女。
思わず見つめていると、彼女は勢いよく捲し立てた。
「もう!お早くしてください!奥様も旦那様もお待ちしておりますよ!」
「ああ、はいはい。ルナーティアすまないな」
「え……。も、もしかして貴族の御方なのですか!?」
慌ててお辞儀をしようとしたら、『いいっていいって』と彼が私を止めた。
「俺もそういう固っくるしいの慣れてねぇから」
「は、はぁ……。今から、ご家族の方に会いにいくのですか?」
「まぁな。ちょくちょく顔見せないと寂しがるし。俺の妻や子供も楽しそうだしな」
あ、ご結婚なされているのですかとしょんぼりしてしまう。彼の艶やかな黒髪とか、綺麗な青の瞳とか結構好みなのに。
「読書の邪魔しちまって悪かった。じゃあな」
「い!いえ!」
「あ、そうだ」
くるりとこっちに振り向いた青年は、太陽のように眩しい笑顔でこう言った。
「レアとレヴィンは、今でもちゃんと幸せだから」
彼の片耳につけられている、シンプルなプレート型の金のピアスが、キラリと光った。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
逆お気に入りユーザー500人記念ということで乗せさせていただいたのですが、いかがだったでしょうか。
まだまだ拙く、至らない点はございますが、これからもよろしくお願いいたしますm(__)m