第9話 足もとから商機が立つ
「……」
「何をそんなに不貞腐れているんだい?」
「何を……ではありませんわ」
賑やかな舞踏会の会場。
そこでわたくしは顔を背けたまま、オスカーの腕を掴む手とは逆の手で、身にまとうドレスの裾を掴んだ。指に絡む、とても柔らかな絹……これほどまでに上等な布に、オスカーは一体いくら出したのだろう。
こんなものにお金を使うだなんて、意味がわかりませんわ。
「わたくし、このようなドレスを頼んだ覚えはありませんが?」
「私が君に着せたかった……ではだめかな?」
顔を見ながら、甘い声でそう呟くオスカーを、わたくしは横目で睨みつけた。
「……わたくしに、そのようなことは求めていらっしゃらないのではなくて?」
きっと、愛し合っている夫婦なら、ドキッとするようなシチュエーションなのだろう。
けれど、わたくしたちにはそのような感情は一切ない。
現に、睨みつけたオスカーの顔は、わたくしを揶揄うように笑っていた。
まるで、娘に構ってもらおうとする父親のようですわ。
実際、親子ほどの歳の差ですけれど。
「まったく、君は私の金で豪遊したかったのだとばかり思っていたよ」
そう言って、オスカーは前を向き直した。それにならって、わたくしも前を向く。
目線の先では、貴族たちが優雅にワルツを踊っていた。
「それは潤沢な資金があった上で……ですわ。こんな綱渡りみたいな生活、いつか破綻しますわよ?」
……クラウディア家のように。
その言葉を、わたくしは飲み込む。そのかわりに、オスカーの腕を強く掴んだ。
腕を強く握られたせいか、オスカーは一瞬だけわたくしの方を見る。けれど、すぐにまた視線を戻した。
「この間も言ったが、商会の資金と私の資産は別だよ。商会に必要な金を使い込むほど、私も愚かではないさ」
「確かにそうおっしゃっていましたわね」
さすがに、商会のお金はきちんと管理していらっしゃるようで安心した。
きっとそれだけ、あのニコルが優秀なのだろう。
けれど、まさかニコルも、オスカーの個人資産がほとんど無いだなんて……夢にも思わないでしょうね。
そんなことを考えている間に、一曲が終わった。
わたくしは拍手をするために、オスカーから手を離す。
「さて……」
拍手を終え、わたくしはまたオスカーの腕を掴もうとした。
けれどオスカーはわたくしに向き直ると、そっとわたくしに手を差し伸べた。
その手を、わたくしはきょとんと見つめる。
「せっかく舞踏会に来たんだ……一曲、どうかな?」
そう言いながら、オスカーはわたくしの顔を覗き込む。
「……踊れますの?」
「まあ、一応。それなりに」
「そう」
わたくしは背筋を伸ばすと、片足を引いた。そしてドレスの裾を持ちながら、軽くお辞儀をする。
「それは、楽しみですわ」
そして真っ直ぐにオスカーに向き直ると、意地悪な笑みを浮かべたまま、その手を取った。
オスカーも笑いながら、広間へと移動する。
ダンスなんて、いつぶりかしら。
我が家にも舞踏会の手紙は届いていたようだけれど、出席するのはお兄様だけだったから、こうやって人前で踊るのは久しぶりだわ。
曲に合わせて、ステップを踏む。
久しぶりにも関わらず、体はしっかり覚えていて、自然と脚が出る。
「うまいね」
「そっちこそ」
「練習したからね」
「勤勉ですこと」
そんなたわいもない会話をしながら、脚を動かす。
けれど……。
(痛い……!)
久しぶりに履くヒールのせいなのか、どんどん足が痛くなっていく。
足先が窮屈でたまらない。それだけではない。踵も擦れているのか、たまに靴が当たると痛みがあった。
けれどそれを悟られないように、わたくしは笑顔でダンスを踊り続ける。
男性はいいわよね、こんな不安定な靴で踊らなくていいんですもの。
と、そんなことを考えていた時だった。
突然、会場がざわめき出した。
音楽がとまり、何が起こったのかと、わたくしたちも踊るのをやめる。
そのざわめきの中心にいたのは長い金の髪をひと縛りで括った男性と、プラチナブロンドの女性だった。女性はダンスの際に体勢を崩したのか、男性に体を支えられている。
あれは……。
(第一王子のレグルス様……と、誰?)
レグルス様と一緒にいる見覚えのない女性に、わたくしは首を傾げた。
そんなわたくしに、後ろから耳打ちをしたのは、オスカーだ。
「レグルス様と、第二王子……ヴォルフラム様の婚約者だね」
「……あの方が?」
もう一度、わたくしは女性に目を向ける。
なんと線の細い方だろう。
そう思う一方で、わたくしは別のことを考えていた。
(ダンスで……倒れそうになった?)
ちらっと、周囲の女性を見渡す。
皆、レグルス様たちに注目しているものの、その顔には若干疲れの色が見えた。よく見ると、眉を寄せている女性もいる。
もしかして、ドレスに隠れて見えないだけで、足が痛いのではないかしら……?
わたくしは左手の人差し指を、そっと自身の下唇に当てた。
だってわたくし自身も、足が相当痛いもの。
立っているだけで辛いというのは、どういうことなのかしら。
ヒールを履いても、足が痛くならなければいいのに……。
と、そこまで考えてハッとする。
「足が……痛い……?」
そうよ。
そうだわ。
足が痛いのだったら、痛くならない方法を考えたらいいのよ!
「……ねぇ、オスカー」
「なんだい?」
わたくしは静かに、オスカーにたずねた。
「あなたの知り合いの方で、靴屋っていらっしゃる?」
「靴屋?」
脈絡もないわたくしの発言に、オスカーは瞠目する。
「いないわけではないけれど……なんだって靴屋なんて……」
「タラセイアに戻ったら、ぜひ紹介していただけないかしら?」
わたくしはオスカーを見上げながら、薄紫の瞳を見つめた。
それだけで、オスカーはわかってくれたらしい。仕事の時と同じように、瞳に鋭い光が宿ったかと思うと、少しだけ口角を上げた。
「まだ……金は出さなくてもいいのかい?」
「えぇ。まだ検討段階ですもの。形になったら……その時お願いいたしますわ」
わたくしは不敵に笑ってみせた。
次第に広間のどよめきも収まって、人々が散っていく。
……ちょうどいいわ。
「ちょっと、休憩してきますわ」
わたくしはそう言ってオスカーから離れると、壁際に立つ。
そしてダンスを踊る女性たちの足元に注目した。
ちらりと、ドレスの隙間からヒールがのぞく。
けれどここからでは、足がよく見えない。
(やっぱり、直接聞いてみるのが一番かしら……)
だって本当に需要があるのか、確かめなくてはいけませんもの。
お祖父様の手記にもありましたわ。準備は、すればするほどいいと。
さっきわたくしたちと同じタイミングで、踊っていた方を探してみましょう。
わたくしは女性から話を聞くために、壁際を歩き回ることにした。
そんなわたくしを、オスカーが楽しそうに見つめていることも知らないで。




