第7話 金のなる木の育て方
「えぇ、そうです。わたくしに投資してください」
自信満々に、わたくしはオスカーに告げた。
だってオスカーは、わたくしがお金を使うこと自体を拒否しているわけではない。
拒んでいるのは、オスカー自身のお金を使わずに貯めること。であるならば、わたくしにお金を使って貰えばいい。
だから、そう……投資!!!
オスカーに投資してもらって、そのお金でわたくしが稼ぐ。そこで稼いだお金は、わたくしの資産ですから、しっかりと溜め込む。
なんて合理的で、完璧な案なんでしょう!
そう、わたくしがあまりにも天才的な考えに浸っている時だった。
「君に、投資……」
オスカーはポカンとしたまま、同じ言葉を繰り返す。
けれど……。
「ッ……!あはははははは!!!」
突然、オスカーはお腹を抱えて笑い始めた。
あまりに急なことで、わたくしは一瞬呆気に取られる。
そんなに大声を出して笑われるようなこと、言ってはおりませんのに……。
わたくしは、つい口を尖らせた。
けれどそんなわたくしをよそに、オスカーは目に涙をためながら、しばらく笑い続けた。
まったく、心外ですわ。
わたくしは、いたって真剣ですのに。
大笑いするオスカーを、わたくしは黙って睨みつけた。
「まったく、君は本当に……僕の想像の範疇を、軽々と超えていくな……」
ひとしきり笑ってから、オスカーはようやくわたくしの視線に気がついたようだった。けれど、まだ笑ったせいで息が上がっている。オスカーはゆっくりと涙を拭った。
そんなオスカーを見ながら、わたくしは眉を顰める。
けれど……。
「……いいだろう。君に投資しよう」
それも、オスカーの一言で、どうでも良くなってしまった。
「ありがとう、オスカー!!!」
こういうところは、本当に気前がいいのよね!
さすが豪商だわ!!!
「では、そうと決まれば……!」
と、早速わたくしに投資をしてもらおうと思った、矢先だった。
「フェリシア」
低い声で、オスカーがわたくしの名前を呼ぶ。
不意にオスカーの顔を見れば、以前顔合わせの時にしていた鋭い目が、わたくしをまっすぐに捉えていた。
「商売の、あてはあるのかい?」
「それは……その……」
咄嗟に、オスカーから視線を逸らす。
そんなわたくしの様子を見て、オスカーは小さくため息をついた。
「私も商人だ。慈善事業で、金は貸さない」
「……」
それは、そうですわ。
なんの見返りも求めずに、商人がお金を出すわけがありませんもの。
ゆっくりと、わたくしはオスカーを見た。
その口元は、驚くほど綺麗に弧を描いている。
「なんでもいい、どうやって儲けるのか……決まったら私に話してくれ。その内容次第で、君への投資額を決めようじゃないか」
「……わかりましたわ」
短くそう言って、わたくしは部屋を出た。
みてらっしゃい、オスカー。
絶対に、あなたを納得させるだけのものを考えてみせますわ。
ぐっと拳を握りしめながら、わたくしは足早に、自分の部屋へと戻った。
***
「良いのですか?オスカー様」
フェリシアの叫び声を聞いて、部屋の前で待っていたセバスチャンは、オスカーの部屋に入るなりそう問いかけた。
その問いかけに、オスカーは眉を下げた。
「あぁ、何も問題ないよ。……それにしても、彼女は本当に面白いな」
まさか、自分に投資しろだなんて。
オスカーは思い出しただけで、また笑いが込み上げてくるのを止められず、喉の奥でクツクツと笑った。
「ただ……彼女は素人だ。危険がないようにだけ、見守ってやってくれないか?」
「かしこまりました」
そう言って、セバスチャンはオスカーに一礼すると、フェリシアの部屋へと向かった。
セバスチャンの足音が聞こえなくなったことを確認して、オスカーはゆっくりと椅子から立ち上がる。そして机に残された出納帳を、そっと手に取った。
「まったく、新しい奥さんはとんだじゃじゃ馬だよ……アリア」
出納帳を持つ左手の薬指に嵌められた、古い指輪。
その指輪を、オスカーは優しく撫でた。
***
「さて……啖呵を切ったのはいいものの、どういたしましょう?」
自室へ戻ると、わたくしはベッドに身を投げ出して、考えを巡らせた。
商売になりそうなこと。
売れそうなもの。
そう考えてはみるものの、具体的にこれという物が浮かんでこない。
オスカーを見返してやりたいのに!
ボフンと、枕に顔を埋める。
柔らかい……やっぱり、家のものとは何もかも大違いだ。
「……」
って、だめよフェリシア!
わたくしは勢いよく、体を起こした。
こんなところでぐだぐだ考えていたって、何も出てきませんわ。
こういう時こそ、街へ行ってみましょう。
(お祖父様も、商機は人の中にあるとよくおっしゃっていましたもの!!!)
それから数日、わたくしは毎日のように街へ出ては、今何が売れていて、何が売れていないのかを調べることにした。
そこに、何か商売のヒントがあると信じて。
けれど、現実はそう甘くはない。
(……困りましたわ……)
市場調査はできたものの、そこで妙案が浮かぶわけではなかった。
いたずらに、時間だけが過ぎていく。
だからといって、街へ出ないのも違う気がする……。
鏡の前で身支度をしながら、これからどうしたものか考え込んでいた時だった。
「フェリシア、少しいいかい?」
ノックの音と共に、名前を呼ばれる。
オスカーだ。
「少しだけ、待ってちょうだい」
わたくしは急いで髪をまとめて、鏡で身だしなみを確認をした。
そしていつものように、鏡の前で笑顔を作ってから、扉を開けた。
「どうかなさいましたの、オスカー?」
「あぁ……君に頼みがあってね」
申し訳なさそうに、オスカーは言った。
わたくしに、頼み?
初めてのことに、わたくしは首を傾げた。
「今日は少しだけ、私に付き合ってくれないか?いい加減、皆が君を紹介しろとうるさくてね」
「そういうことですのね。もちろん、ご一緒させていただきますわ」
両手を合わせて、わたくしは二つ返事でオスカーの誘いを承諾した。
「そうか、ありがとう。支度ができたら教えてくれ。一階の広間で待っているよ」
「えぇ、すぐに向かいますわ」
扉を閉めて、わたくしは改めてよそ行き用に丁寧に身支度を始めた。
タラセイアへ来てしばらく経っているので、街の様子は知っている。けれど、オスカーの仕事場へ行くのは、これが初めてだった。
(もしかしたらそこに、商売のヒントがあるかもしれない)
そんな淡い期待を抱きながら、わたくしは鏡の中の自分を見つめた。




