第6話 宵越しの銭は持ってください
「こんなスカンピンで、いったい今後どう生活していくおつもりですの!!!!」
再び、わたくしは力の限り出納帳をオスカーの机に叩きつける。
バシンッ!という音と、わたくしの声が、広い屋敷の中に響いた。
けれど、目の前にいるオスカーはどこ吹く風といった様子で、ただわたくしを見つめている。
「どうするも何も……これからも、この生活が続くだけだよ」
「……は?」
思わず、変な声が出る。
……聞き間違いかしら?
この質素な食事を?
まったく調度品のない屋敷で?
噴水の水も止めたまま?
あればあるだけ寄付に使ってしまう生活を?
まったく貯金をしない生活を?
これからも、ずっと???
呆気に取られるわたくしを無視して、オスカーは話を続けた。
「私は、この生活を変えるつもりはない。嫌なら……もう君とは一緒に生活できないね」
「っ……!」
ちらっと、オスカーは口角を上げながら、わたくしを見る。
……なるほど。
オスカーはたった七日で、わたくしが音をあげたと……そう思っていらっしゃるのね?
ぐっと、わたくしは震える手で拳を握った。
そっちがその気なのでしたら、わたくしにも考えがありますわ。
胸を張って、顎を引く。
そしてわたくしは、真っ直ぐにオスカーを見据えた。
「……ここを出ていくつもりは、ありませんわ」
その言葉を受けて、オスカーの眉がぴくりと動く。
わたくしは一歩、前に出た。
「ですが、この屋敷のお金の管理を、わたくしに任せてくださいませんこと?」
机の上にある出納帳に、そっと手をのせる。
このままこの人に、この屋敷のお金の管理を任せるわけにはいかない。
であれば、わたくしがやる他ありませんわ。
……それなのに。
「それは、出来ない相談だ」
オスカーは即答で、わたくしの提案を拒否した。
ピキッと、わたくしの額に青筋が立つ。
「……結婚の際に約束しましたでしょう?わたくしの好きにしてよい、と!」
けれど、ここで引き下がるわけにはいかない。
わたくしはあくまで冷静を装いながら、机から身を乗り出して、オスカーに詰め寄った。
そんなわたくしを見て、オスカーは小さくため息をつく。
「……その約束を守るために、君には好きに金を使っていいと言っているだろう?生活に不自由もないはずだ。それなのに、何がそんなに不満だというんだい?」
「何が……ですって?」
思わず、語気が荒くなる。
けれどオスカーは、そんなわたくしを見ながら困ったように眉を下げるだけだった。
その様子に、わたくしは息を呑んだ。
……本当に、オスカーは今の生活に困っていないというの?
あまりのオスカーの態度に、わたくしのイライラが増していく。
けれど、だめよフェリシア。
ここは……冷静に話をしなくては。
目を瞑って、小さく息を吸う。それをゆっくりと吐き出して、瞼を上げた。
そしてわたくしは真っ直ぐに、オスカーを見つめる。
「資産が何もなくては、困ることばかりでしょう?もしも何かあった時、どうなさるおつもりですの?」
感情的にならないよう気をつけながら、わたくしはオスカーに伝えた。
長年、借金暮らしをしていたからわかる。
お金は大事だ。
あれば、あるだけ良い。
あって困ることはない。
でも、なければ困るのよ。
お金があれば、お祖父様だって……。
昔のことを思い出して、一瞬、わたくしは目を伏せた。
「……何かあったら、その時だよ」
オスカーの言葉にハッとして、わたくしは顔を上げる。
目に映ったオスカーからは、なんの感情も読み取ることができなかった。
「……」
わたくしは咄嗟に、右手の人差し指を下唇に添える。
正直、これでは埒があかない。
この様子だと、オスカーは絶対に意見を曲げないだろう。
オスカーは自分の資産を残しておきたくない。
わたくしは資産を残したい。
相反する主張に、どう折り合いをつけたものか……。
ふと、頭に浮かんだのは、お祖父様の手記だった。
こんな時お祖父様だったら、どうしていただろう。
何度も読み返した、お祖父様の手記を思い出す。
……そうよ、こういう時は。
「オスカー」
「なんだい?」
「あなたはなぜ、それほどまでに貯金を嫌がるのです?」
こういう時はまず、傾聴ですわ。
なぜオスカーがそのような主張をするのか……理由を聞かないことには、交渉のしようがありませんもの。
いくつか話を聞いて、それで……。
そう、思ったのだけれど。
「それは、言えない」
「……」
ピシャリと、オスカーはそれ以上答えるつもりはないとばかりに言い切った。
……どういうことですの?!?!
傾聴しようとしたわたくしの優しさを返してちょうだい!!!
握りしめる拳に、より力が入る。
ダメ……ダメよ、フェリシア。
手を出したら、負けですわ。
拳を震わせて、わたくしがなんとかオスカーを殴らないよう、我慢している時だった。
「逆に聞くが……」
今度は、オスカーがわたくしに問いかけた。
「君はなぜそれほどまでに、金を貯めておきたいんだい?さっきも言ったが、君は約束通り好きに暮らせているだろう?」
「それは、そうですけれど……」
正直に言えば、もう少し食事だけはなんとかして欲しい。
けれどオスカーの言う通り、それ以外は好きに買い物をしたり、ティータイムを過ごしたりさせてもらっている。
でも、それは……目先の楽しみだけだわ。
わたくしはちらっと、出納帳に視線を落とした。
「でも、この先何があるか、わからないでしょう?」
もしもオスカーの船が沈んだら?
もしも倉庫が燃えてしまったら?
もしも……。
もしも、オスカーがいなくなったら?
そんな不安も、お金があればなんとでもなる。
「……お金があれば、なんでもできますもの」
「……なんでも、ね」
わたくしの言葉を繰り返して、オスカーは目を伏せた。
「あまり、先のことばかり考えるのは感心しないな。金はあるんだ。使いたいだけ使ったらいい」
「ですが、それでは……!」
そう言いかけて、わたくしははたと思い返した。
お金はある。
使いたいだけ、使えばいい?
わたくしは心の中でオスカーの言葉を反芻した。
そう……そうよ!
なぜ今まで思いつかなかったのかしら!
これも、立派なお金の使い方じゃない!
思わず、わたくしはぽんっと両手を合わせた。
急にわたくしの態度が変わったせいか、オスカーは不思議そうにわたくしを見ている。
けれど、そんなことどうでもいいわ。
だってこの方法だったら、オスカーは今まで通り好きにお金を使えるし、わたくしもお金を増やすことができますもの。
なんて名案なのかしら!
「オスカー!」
ついいつもよりも高い声で、オスカーの名前を呼ぶ。
「今度は何かな?」
百面相をするわたくしに、オスカーは顔を伏せて少しだけ笑っていた。
けれど、そうしていられるのも、今のうちですわ。
「使いたいだけ、お金を使ってもいいのですわよね?」
「あぁ。限りはあるが、君が望むなら」
その言葉に、にんまりと口角が上がってしまう。
でも、だめだめ。こんなだらしない顔では、交渉できなくってよ?
わたくしは背筋を伸ばして、自分の胸元に手を添えた。
「でしたらオスカー、わたくしに投資してください!」
「君に……投資?」
裏返る、オスカーの声。
その声を聞いて、わたくしは満面の笑みを浮かべた。




