第5話 大金身につかず
「……やっぱり、おかしい」
自室で一人、わたくしは自身の口元に指を当てながら、行ったり来たりを繰り返していた。
最初の約束通り、オスカーはわたくしの好きにさせてくれている。
街では好きなものを買って良いと言われているし、金額の上限は何も告げられていない。
これだけを見れば、何もおかしいことはない。
けれど、それ以外が驚くほど質素すぎるのだ。
わたくし以外の屋敷の中、毎食の献立、庭に至っては噴水があるにもかかわらず、水が出ていない。最初は故障かと思ったのだけれど、セバスチャンに聞けばそうではないという。
それに、この屋敷……。
(使用人の数が少ないのではなくて?)
わたくしの屋敷であっても、少なくとも十数人程度の使用人が働いていた。けれどここで紹介された使用人の数は、十人にも満たない。これでやっていけますの?
わたくしのことに関しては、驚くほど手をかけてもらっている。
その自覚はある。
けれど、それ以外のところが質素すぎるのだ。
それに質素というよりは、むしろ……。
(貧乏くさい……)
でも、そんなわけがない。
ここはオスカーの屋敷。
タラセイアで財をなしている商人の屋敷なのだから、お金がないわけがない。
現に、わたくしのことに関しては使うお金があるのだし。
同じ思考が、頭の中をぐるぐると回る。
あぁもう、いくら考えても埒があきませんわ!
こうなったら……!
「セバスチャン!セバスチャンはおりませんの?!」
わかる者に聞くのが一番ですわ!
わたくしは部屋を出て、セバスチャンを探した。
「いかがされましたか、奥様?」
「忙しいところごめんなさい。ちょっとお願いがあるの」
わたくしが大声で呼ぶと、広間で掃除をしていたセバスチャンが、慌ててこちらにやってくる。わたくしはセバスチャンに謝罪をしてから、お願いをする。
「このお屋敷の出納帳を見せてくださる?」
「出納帳……ですか?」
「えぇ」
だって質問だけでは、はぐらかされてしまうかもしれませんもの。でも数字なら、嘘をつきませんわ。
「……かしこまりました」
歯切れの悪い返事をしながらも、セバスチャンは出納帳を取りに行ってくれた。わたくしは広間で、セバスチャンが帰ってくるのを待つ。
「こちらです」
「ありがとう」
出納帳を受け取ってすぐ、一番最後のページを開いた。
そこに書かれているのは、ここ最近のお金の出入りだ。
けれど――
そこに記載されてた額面を見た瞬間、手が震えた。
「……これは、どういうことですの?」
少ない。
あまりにも少なすぎる。
これが、あのタラセイアの豪商の資産?
下流貴族でも、もう少しあるわ。
いったい何にそんなお金を使っているというの?!
上から順に、わたくしは収入と支出を目で追う。
そこにはとんでもない額の収入が、定期的に入っていた。
けれどそれと同時に、それ以上にとてつもない額が、一気に減っている。
これは……。
(クラウディア家の借金……返済?)
我が家の借金だった。
それを一括で、オスカーが返済している。それだけではない。我が家にはいくばくかお金が入っているようだった。
さらに悪いのが、結婚式だ。
(ま、マイナス?!)
そう。
ほんのひとときではあるものの、収支がマイナスになっている時期まで存在していた。
すぐに収入が入ってきているので、結果的には問題ないのかもしれない。
……問題ないわけないわ!
どういうことなのよ、赤字って?!
(なぜ……?なぜ、こんなことになってるの?!?!)
出納帳を見れば、家のことがわかると思っていた。
なのに結果的にはより一層、混乱が増すだけだった。
ぎゅっと、出納帳を握りしめる。そのせいで、出納帳には濃いシワがよった。
眉間にシワを作りながら、セバスチャンがわたくしに視線を送っている。
けれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
だって、だってこれでは……。
(これじゃあわたくしが、何のために後妻としてオスカーと結婚したのか、わからないじゃない!!!)
思わず、出納帳を床に叩きつけそうになる。けれどわたくしは、なんとかその衝動を堪えた。
大きく息を吸って、震える手でそっと、出納帳を閉じる。
こうなったら、やることは一つだ。
わたくしは出納帳を抱えて、急いで部屋を出た。
後ろから、わたくしを呼ぶセバスチャンの声が聞こえる。けれど、そんなことに構ってなどいられない。早く。早くオスカーのところへ行かなければ!
「オスカー!!!」
わたくしはノックもしないで、オスカーの部屋へ乗り込んだ。
「どうしたんだい、フェリシア?騒々しい……」
「どうしたもこうしたもありません!これはいったいどういうことなのか、説明してください!!!」
怒りのままに、出納帳をオスカーの机に叩きつける。
椅子に座っていたオスカーはゆっくりとメガネを掛け直すと、出納帳を手に取った。
「これというのは?」
「あなたの資産についてですわ!うちの借金返済で、ほとんどなくなっているではありませんの!それに、結婚資金に至ってはマイナスですわ!!!」
「あぁ、今回はそれにも使ったからね。それと、結婚資金は必要経費だろう?」
「それにも……?」
も?
もってどういうことですの?
もって……?!
慌てて、わたくしはオスカーから出納帳を奪い取った。そして見ていなかった、他のページに目を通す。
今回、我が家の借金返済と結婚式のせいで支出が多かったとばかり思っていた。
けれど――
(……ない)
違った。
資産がない原因は、これだけではない。
そこには、定期的に大金が消えている記録が残っていた。
しかも、その概要は――
「……寄付?」
思わず、声が漏れた。
寄付。
その文字が、なん度も……なん度も科目に出てくる。
わたくしは、ゆっくりとオスカーを見た。
「お、オスカー……」
「なんだい?」
「あなたいったい……何を考えていらっしゃるの?」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
だって……。
「こんなスカンピンで、いったいどうするおつもりですの?!?!」




