第3話 金は愛より重い
あの後、お父様を応接室に呼ぶと、今度はお父様とお兄様、そしてオスカー様とで、我が家の借金について話をしたらしい。
らしい――というのは、その場にわたくしは同席させてもらえなかったからだ。
(……いつもそう)
わたくしは目を伏せた。
お父様は女であるわたくしを、家のことから遠ざける。
代わりに話をするのは、いつもお兄様。家督を継ぐのはお兄様なのだから、それが当然だということはわかっている。
けれどそのせいで、我が家はどうなっているか……。
(でも、もうそんなこと、わたくしには関係ないわ)
それよりも……。
「……フェリシア様、苦しくはありませんか?」
「いいえ、大丈夫よ。続けてちょうだい」
「かしこまりました」
大事なのは、結婚式!
せっかくやるのだから、思いっきり豪勢にしなくては!!!
オスカーから、指輪以外はわたくしの好きにしていいと言われている。
そこでわたくしは、王都の有名な店で必要なものを一通り揃えることにした。
金額を気にせずに、買い物をしていいだなんて……!
これが豪商のお金の使い方なのね!
今日もドレスをあつらえるために、わざわざ仕立て屋を屋敷に呼んで、採寸をしてもらっている。これもすべて、オスカーの計らいだ。
初めての体験に、目がくらくらする。
けれど、これにも慣れていかなくてはね。
「……はい。ではこちらのサイズでご用意致します」
「えぇ。お願いするわ」
ようやく採寸が終わって、わたくしはゆっくりソファに腰掛けた。
「生地はいかがなさいましょう?」
「そうね……せっかくですし、一番上等なものでお願い」
あぁ、一度言ってみたかったのよ……このセリフ!
一番上等なものだなんて、我が家では考えられないわ!
自分で言っておきながら、つい口元が緩んでしまいそうになるのを、わたくしはなんとか堪えた。
「かしこまりました。ではこちらの生地はいかがでしょうか?」
そう言って、仕立て屋はカバンから生地のサンプルを取り出した。
わたくしは渡された小さな布を、そっと手に取る。するりと肌を撫でる、滑らかな純白の絹。こんなに上等な布……今まで触ったことがない。
まさかわたくしが、こんなに高価なものを使って、自分のためにドレスを作る日が来るだなんて……。
――本当に、夢のよう。
……なのだけれど……。
(……この生地、ドレスで使うだけでは勿体無いわ。式が終わったら、何かに再利用できないのかしら?)
生地を触りながら、ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。
けれどすぐにはっとして、わたくしは首を横に振る。
(もう、わたくしったら、なにを考えているのかしら!)
我ながら、悪いくせだわ。
お金のことは、もう考えなくていいというのに。
「素敵ね、こちらでお願いするわ」
わたくしはすぐに笑顔を作って、仕立て屋に生地を返した。
「ありがとうございます。では、デザインはいかがいたしましょう?いくつか候補を用意してみましたが……」
仕立て屋はそう言いながら、今度はカバンから紙を取り出すと、わたくしの前にあるローテーブルへそれを広げていく。紙にはそれぞれ、デザインの異なるドレスのイラストが描かれていた。その中から、わたくしはおもむろに数枚を手に取って、デザインを見比べる。
けれどわたくしの目には、どれもただただ素敵なドレスにしか見えない。
(……どう選んだら良いのかしら?)
せっかくだから、布面積が多い方?
でもそれだと、全体的にボリュームがありすぎるわよね。
だからといって、シンプルすぎるものは味気ないわ。
(たくさんの中から選ぶというのは、それはそれで大変なことなのね……)
しばらくデザインを見比べてみたものの、やっぱり結論が出ず、わたくしはおもむろに手に持っていたデザインをテーブルへ置いた。
「そうね、今の流行はどのようなものなのかしら?」
自分では、どのようなものが良いのかわからない。であれば、プロに任せるのが一番よ。
「最近ですと、裾が広がったデザインのものが人気です。ですが、ウェディングドレスは流行よりも、好みやご自身に似合うかどうかで決められる方が多いですよ」
わたくしの質問に対して、仕立て屋はデザインを見せながら慣れた手つきで説明してくれた。
思った通り、さすがプロね。そうなれば、話は早いわ。
「では、どれがわたくしに似合うかしら?」
「そうですね……フェリシア様は細身で背も高いので、このようなシンプルなドレスがお似合いかと」
迷うことなく、仕立て屋は一枚の紙を手に取ると、わたくしに差し出した。
そこに描かれていたのは、体のラインに沿った、あまりスカートが広がっていないタイプのドレスだった背中の部分には、大きなリボンがあしらわれている。
「こちらはシンプルですが、背中のリボンがアクセントになっています。あとはトレーンをもう少し長くするとより華やかになりますよ」
「そうなの?では、それにするわ」
プロがそう言うのだから、間違いないはずよ。
それに生地が上等なのだから、装飾もこれくらいの方がいいわ。
「かしこまりました。それでは出来上がり次第、お持ちいたします」
「よろしくお願いね」
こうして準備は順調に進んで、あっという間に結婚式当日となった。
わたくしの親族を慮ってか、式はタラセイアではなく、ここ王都の教会で行われることになった。
オスカーと並んで、神の前で誓いの言葉を述べる。
口先だけの契約で良いだなんて、結婚というのは、なんてあっさりしているのかしら。
そう思っていると、すぐに指輪の交換となった。
奥に控えていた神父様が、オスカーの用意した指輪を運んできてくださる。目の前に運ばれてきた指輪は、シンプルなシルバーリングだった。わたくしの方にだけ、小さな石が入っている。
慣れた手つきで自分の指に嵌められたそれを、わたくしはベール越しにじっと見つめた。
(これは……ダイヤかしら?)
けれどそれにしては、輝きがあまりないように見える。それに綺麗に磨いてはいるものの、金属の部分には若干傷があった。
(……新品、ではないのね)
オスカーに気づかれないように、わたくしは小さくため息を落とす。
けれど、きっと由緒ある品に違いないわ。わたくしはすぐに気持ちを切り替えて、オスカーの指に指輪をはめた。
「では最後に、誓いのキスを」
神父様が、最後にそう告げる。
そういえば、そのようなものがあったわね。
(すっかり忘れていたわ)
向かい合ったまま、オスカーはゆっくりとわたくしのベールを上げる。
そこで今日、初めてオスカーと目が合った。
初めて会った時と同じように、オスカーは目尻にシワを作って微笑んでいる。
「これから、よろしく頼むよ。フェリシア」
そう言うと、オスカーはわたくしの手を取って、膝を曲げた。わたくしの手の甲が、オスカーの唇へ触れる。
(……これが、誓いのキス?)
なんて味気ない。
わたくしは、思わず目を丸くする。
「……オスカー」
見下ろした先にある、白髪混じりのオリーブブラウン。それを見つめながら、わたくしはやんわりとオスカーの手を振り解いた。
わたくしの動きに驚いたようで、オスカーはすぐに顔を上げる。すると薄紫と視線があって、わたくしは不敵な笑みを作った。
「あまり、わたくしをみくびらないでくださる?」
「ッ……!?」
そう言って、わたくしはオスカーのタイを引っ張った。けれど、それではオスカーに届かない。仕方なく、わたくしは少しだけ身を屈めた。
すぐ近くにある、オスカーの顔。
やっぱり、お父様と同じくらいの方なのよね。
目元に刻まれたシワがよりはっきりと見えて、そんなことを思う。
それでもわたくしはかまわずに、オスカーの唇に、自分の唇を押し付けた。
だってこれで――
これで本当の意味で、契約成立よ。




