第18話 また一難
「……中止、ですって?」
わたくしは王宮の方角を見つめたまま、呆然と呟いた。
第一王子の結婚式が――中止。
いったい、何があったというの?
「ど、どういうこと……なんでしょう……?」
わたくしに寄り添ってくれているニコルは、隣で青ざめている。
その顔を見て、わたくしは少しだけ冷静さを取り戻した。
「……わからないわ。けれど、ひとまず片付け……かしら?」
こんな状態で、出店だけするなんてことは、きっとないでしょうから。
手が、急に震え始める。
……ダメよ、フェリシア。不安がっていたら。
周りが余計、不安になるわ。
わたくしはそう自分を鼓舞して、出店の片付けを始めた。
「そ、そう……ですね!すぐに撤収できるようにだけ、しておきましょう」
けれどそう言うニコルは落ち着かない様子で、何度も視線を通りに向ける。
それでもわたくしは、目の前のことに集中することにした。
だって手を動かしていないと……いいえ、手を動かしていても、余計なことを考えてしまうから。
それだけ、この白バラを用意するために、わたくしたちがどれだけの費用と時間を費やしたことか……。
国内外から生花を集めて、足りない分は造花で賄った。
商会の人間を総動員して、どうにか今日に間に合わせたのだ。
それなのに、すべてが無駄になってしまうだなんて……。
出店を飾っていた花を片付ける手が止まる。
「早く、オスカーが戻ってくるといいのだけれど……」
オスカーは今、どうしているのかしら……。
その時突然、今まで周囲ばかりを気にかけていたニコルが、不意にわたくしの方を向いた。
「あ、そ……そうだ!あの、僕……!オスカーさんが戻って来られたら、すぐに今後につい相談ができるよう、費用をまとめてきます!!!」
「そうね。それがいいわ」
ニコルが言う通り、オスカーが帰ってきたら絶対に必要になるもの。
駆け足で事務所へ戻るニコルの背中を見送って、わたくしは改めて通りに目をやった。
先ほどまで真っ白に染まっていた街から、あっという間に白がなくなっていく。
「……これでは婚礼ではなくて、葬儀だわ……」
そう呟いた声は、すぐに街の中に消えていった。
***
「花嫁が、偽物?」
「あぁ」
出店の片付けを終えると、わたくしたちは王都にある商会の事務所へと戻った。それからしばらくして、オスカーも疲れた様子で事務所へ帰ってきた。
ゆっくりとソファに腰掛けるオスカーの横に、わたくしも座る。そして今日、教会で何があったのかをオスカーにたずねた。
オスカーの話によると、王宮の教会では、わたくしたちが想像もしていなかったことが起こっていたらしい。
「偽物って……どういうことですの?」
わたくしは耳を疑って聞き返した。
「そのままの意味だよ。花嫁が、ミア様ご本人ではなかったらしい」
けれどオスカーの口からは、同じ言葉が繰り返されるだけだった。
まったく、意味がわからない。
花嫁が偽物だなんて、聞いたことがないわ。
「レグルス様が、式の最中に突然そう言い出したんだよ。あっという間に偽物の花嫁が捉えられたかと思えば、今度はセシリア様まで登場する始末だ」
「セシリア様が?なぜ???」
「さあね。当人同士はわかっていたみたいだが、詳しい事情を知らない私たちにはさっぱりだ。わかっているのは、花嫁が偽物だったことと、本物のミア様を探すために、王宮騎士団が動いたことぐらいだ」
「そう……」
それで、あれほど大勢の騎士たちが、急いで街を駆けていったのね。
わたくしは納得すると同時に、眉をひそめた。
「しかし、困ったことになったな……」
「困ったこと……というのは、バラのこと……?」
「あぁ」
オスカーは苦笑した。
「もちろん、商会として王宮と話し合いはするけれどね」
「そう……」
その言葉を聞いて、わたくしは少しだけ安堵した。
よかった。すべてが無駄になったわけではないのね。
「今回、こちらにはまったく落ち度はないんだ。かかった費用、全額を王宮に保証して欲しいくらいだが……まぁ、全額は無理だろうね」
「そこに関しては、ニコルが個室で今計算してくれていますわ」
「そうか。さすがニコルだ、気が回る。となると……私も休んではいられないな……」
そう言って、オスカーが立ちあがろうとした時だった。
ソファの手すりに手をかけたかと思うと、オスカーの体が傾いた。そしてそのまま、ぐらりと床に倒れ込んでしまった。
「オスカーッ!!!」
慌てて、わたくしはオスカーの体を抱き起こす。
久しぶりに触れた体は、驚くほど熱くなっていた。額には、大粒の汗をかいている。顔色も良くない。
「……ッ、なん……ですの?この熱……!」
手を握りしめるものの、握り返すオスカーの手は、ひどく弱い。
その姿に、わたくしはかつてのお祖父様の姿を重ねていた。
さっと、血の気が引いていく。
「ッ……!誰か!誰かいませんの!!!?」
これ以上ない声で、わたくしは叫んだ。
早く、早くなんとかしなければ!!!
するとすぐに、わたくしの声を聞きつけた商会の人たちが駆けつけてくれた。
「どうしたんですか、フェリシアさん?」
「オスカーが!オスカーがッ!!!」
彼を抱き抱えたまま、わたくしはオスカーのことを説明しようとした。
けれど、うまく言葉にならない。
「早く、お医者様を呼んでちょうだい!」
「で、ですが……」
「急いで!!!」
「は、はい!」
歯切れの悪い男性に、わたくしは有無を言わさずお医者様を呼びに行かせた。
「フェリシア様、オスカー様をベッドへ運びます」
「そうね、急いで運んでちょうだい!」
自分でも、驚くほど焦っているのがわかる。
けれど、どうにもできなかった。
心臓の音がバクバク鳴り響いて、嫌なイメージばかりが頭を巡る。
いつから?
いつからオスカーは、体調が悪かったの?
今朝は……いつも通りに見えた。
けれど、オスカーは嘘がうまい人だ。
もしかしたらずっと、無理をしていたのかもしれない。
「ッ……オスカー……」
商会の男性に抱き上げられたオスカーに、わたくしは絞り出すようにして、名前を呼ぶ。
けれどその声に、返事はない。
代わりにあったのは、ひどく苦しそうな荒い息遣いだけだった。




