第17話 一難去って
(……なんとか、間に合ったわね)
王宮へと続く大通り。わたくしはそこで、出店の飾り付けの手伝いをしていた。
飾っているのはもちろん、白バラだ。それも、シルクでできた。
あれからニコルに無理をいって、白バラの造花の原価や、仕立て屋に注文をした際の予算なんかを、全て計算してもらった。合わせて実際に仕立て屋に頼んだとして、どれだけの時間がかかるのかも、オスカーの知り合いの仕立て屋に問い合わせた。
その結果……計算上、少しだけ造花の方がお金がかかることがわかった。
けれど、確実に期日までに間に合わせることができるらしい。
『それならば、私はこちらのリスクを負うよ』
そう言って、オスカーはすぐに造花の製作を受注した。
だって今回の受注は、普段取引しているものとは訳が違う。
王家の……それも第一王子、レグルス様の婚礼のために用意する品なのだ。
不足があっては、絶対にいけない。
(これもオスカーが、うまく王宮を言いくるめてくれたおかげね)
周囲を見渡せば、王都中が白一色に染まっている。
出店の装飾はもちろん、街の人々もそれぞれ胸元や頭などに、白バラの飾りをつけていた。
それらはどれも……造花だ。
偽りの花なんて、という声がなかったわけではない。
けれど、今の国王様は新しいことがお好きなお方なのが幸いした。
『レグルス様が永遠の愛を誓うのであれば、枯れてしまう生花ではなく、枯れないこの白バラこそが相応しいのではありませんか?』
そんなオスカーの方便を、国王様は気に入ってくださったのだ。
本当……。
「人さわがせな花なんだから」
そう呟きながら、わたくしは自分の胸元にも白バラを飾る。
後から聞いた話だと、王宮も王宮であの時期は大変だったらしい。
なんでも、第二王子のヴォルフラム様がレグルス様の暗殺を企てていたのだとか……。そんな彼が身を隠していたのが、わたくしたちが結婚式を挙げた教会だったらしく、レグルス様の暗殺を企てた罪でヴォルフラム様を討った際に、教会は火事が起きて焼けてしまっていた。
(……残念だわ)
もう一度、あそこへ行きたかったのに。
わたくしはそっと、胸に飾ったバラの花弁を指先でなぞった。
「ま、まったくです!!!間に合ったからよかった……ような、ものの!間に合わなかったら……うぅ……考えただけで恐ろしい!」
そう言うのは、出店の準備のために王都まで一緒に来てくれたニコルだった。あの時のことを思い出しているのか、頭を抱えて震えている。
いつもと変わらないニコルの姿に、わたくしは思わず笑みがこぼれた。
けれどそうよね。
今日はニコルみたいにしんみりしてはいられないわ。むしろ、楽しまなくっちゃ!
「でも間に合ったのだから、問題ないわ!さあ、早く準備を終わらせましょう。昼のお披露目の前には終わらせないと!」
そう言いながら、わたくしは張り切って荷物を運ぶ。
そんなわたくしを見て、ニコルは眉をハの字にした。
「そ……それでしたら、オスカーさんとご一緒なさればよかったのでは?」
おずおずと、ニコルはわたくしに質問する。確かに、ニコルが疑問に思うのも、無理ないわ。
だって今、オスカーは王宮内の教会で行われている結婚式に、参列しているのだもの。
わたくしも式に同席しても良いということではあったのだけれど、丁重に断ったのだ。
だって、街を見ていた方が何倍も楽しそうなんですもの。
そう言ったらオスカーはむくれていたけれど、これくらい許して欲しいわ。
「オスカーについて行ったら、出店を見られないでしょう?せっかくの婚礼のお祭りなのだから、街の雰囲気を楽しみたいじゃない!」
そう、わたくしがニコルに振り返った時だった。
「――おい、何だ?」
通りの向こうから、誰かの声が聞こえた。
続いて、人々の騒ぐ声が大きくなる。
祝いの品を売り込んでいた商人たちも、みな手を止めて声の聞こえた先を見つめていた。
「ど……どうしたんでしょう?」
ニコルが、心配そうにわたくしに問う。
けれど、わたくしにもなにが起きているのかわからなかった。わたくしは困惑しながら、人々の視線を追う。
すると、王宮へ続く大通りの向こうから、何かがやってくる音かが聞こえた。……蹄の音だ。そう思った瞬間には、数頭の馬が門へ向かって駆けてくるのが見えた。
よく見ると、ペイトラルには王家の紋が刺繍されている。
あれは――
「王宮……騎士?」
人々が避けた間を、騎士たちは勢いを緩めることなく駆け抜けていく。
婚礼で白く染まった王都には不似合いな鎧が、陽の光に反射した。
「……何事かしら?」
思わず、わたくしは呟いた。
王宮騎士が、あれほどの人数で出ていくだなんて……。
それも、今日という日に。
胸騒ぎがして、わたくしは思わず胸元を押さえた。
「ふぇ……フェリシアさん、一旦こっちへ」
そんなわたくしを心配してか、ニコルがわたくしを出店の中へと促してくれた。
近くでは、みな口々にさっきの王宮騎士について話をしている。
「おい、今の騎士たちを見たか?」
「あぁ。何かあったのか?」
「さあな……。だが、あの様子じゃあただ事じゃないぞ」
先ほどまで聞こえていた笑い声に代わって、人々の間には不安が広がっていった。
誰もが、王宮の方角を気にしている。
わたくしも、知らず知らずのうちにそちらを見つめていた。
まさか、結婚式で何かあったの?
……けれど、王宮内の教会で行われる式よ。警備だって厳重なはず。何事もなく、予定どおり進んでいるはずだわ。
……そうでしょう?
「オスカー……」
「――大変だ!」
わたくしの声に重なるようにして、不意に、誰かが叫んだ。
はっとして振り返ると、通りの向こうから、息を切らした若い男が走ってくる。
男は人混みをかき分けながら、声を張り上げた。
「王宮から知らせだ!」
人々の視線が、一斉に男を囲んだ。
「第一王子殿下の結婚式が――」
男は一度、荒い息を吐く。
そして、信じられない言葉を口にした。
「中止になったそうだ!」
「……え?」
思わず、声が漏れた。
結婚式が、中止?
何かの間違いではなくて?
急な受注変更。
それを補うために奔走した、商会の人たち。
前日まで白バラを作ってくれた、仕立て屋の方々。
わたくしの無理をきいて、費用を計算してくれたニコル。
そして、最後まで責任を負っていたオスカー。
あれだけの手間と費用をかけて、ようやく白バラを婚礼に間に合わせたというのに、それが……。
「……中止、ですって?」
いったい、王宮で何があったというの?
わたくしは、王宮の方角を見つめたまま、しばらく動くことができなかった。




