第15話 情けは金のためならず
かってな王宮からの要求に、怒りを鎮めることができない。
まったく、王家は人をなんだと思っているのかしら!
そもそも――
「一体なぜですの?!急に受注内容の変更だなんて!!!」
赤バラを白バラに変えろというだけでも横暴がすぎるというのに、期限も、わずか一ヶ月しかないだなんて。
やっていることがめちゃくちゃよ!
「それが……」
「……あの噂は、本当だったということ……か?」
「……はい」
口ごもるニコルに対して、オスカーは思い当たる節があったらしい。
わたくしを差し置いて、二人はすでにこの横暴の理由がわかっているというのね。
わざと踵を鳴らして、わたくしは一歩前に出た。
「わたくしにもわかるように、説明してくださる?」
そう言って、わたくしは腕を組んで二人に向き直った。
ため息をつくオスカーに対して、困った顔をしたニコルが口を開く。
「……す、少し前から、噂が……あったんです」
「噂……?」
そう聞き返すと、ニコルはわたくしから目を逸らせてしまった。
仕方なくオスカーへ視線を送ると、オスカーは小さく頷く。
「一部で話題になっていたんだ。レグルス様が、セシリア様との婚約を破棄なさるのではないか……と」
「ッ……!?」
婚約破棄?
その言葉に、わたくしは自分の耳を疑った。
そんな……。
そんな、ありえないわ。
王族が一方的に、婚約破棄をなさるだなんて……聞いたことがありませんもの。
「な……何かの、間違いではありませんの?」
動揺するわたくしに対して、オスカーはゆっくり首を横に振った。
ニコルを見ても、やっぱり視線を合わせてくれない。
「では……本当に?」
自分で言葉にしてみても、やっぱり信じることができなかった。
わたくしがタラセイアへ来てから、王都ではいったい何が起こっているというの?
「私も、さすがにゴシップだと思っていたんだ。まさか第二王子ヴォルフラム様の婚約者が、レグルス様を誑かしていて、そのせいでレグルス様がセシリア様との婚約破棄を考えていらっしゃるだなんて……信じる方が馬鹿げている」
「ヴォルフラム様の、婚約者……が?」
こくこくと、ニコルは何度も首を縦に振った。
ヴォルフラム様の婚約者といえば、確かに以前、舞踏会でレグルス様と踊っていたわ。
プラチナブロンドの綺麗な髪に、澄んだ湖の底のような輝く瞳……とても線の細い気弱そうな女性のように見えた。
そんな人を誑かすような方には、到底思えない。けれど……人は見た目によらないということかしら。
わたくしが人差し指を、唇に添えた時だった。
さっと、オスカーが椅子から立ち上がる。
「……まあ、今はそんな噂話はどうでもいい。どちらにせよ、受注内容に変更があったんだ。白バラをかき集めるしかない。ニコル、皆にそう伝えてくれ」
「……わかりました!」
ニコルはさっとオスカーに向かって一礼すると、駆け足で部屋を出ていった。
足音が遠ざかるのを確認して、オスカーは再び椅子に腰掛ける。そして大きなため息をついた。
「……大丈夫、ですの?」
眉を寄せながら、わたくしはオスカーに尋ねる。
「大丈夫も何も、なんとかするしかないよ。私は商人だ。客の要望には応えないとね」
苦笑いを浮かべながらも、そう言うオスカーは堂々としていた。
きっとこんなこと、一度や二度ではないのでしょうね。
けれど、動揺しないはずがないわ。
それでも……。
(それでもきっと、オスカーはこの事態もなんとかしてしまうんでしょうね)
わかっている。
わかっているけれど、なぜかしら……。
胸が……とても痛い。
「……ねえ、オスカー」
「なんだい?」
一呼吸おいて、再び書類に目を通し始めたオスカーにわたくしは話しかけた。
「わたくしに、何かできることはありませんの?」
「君に?」
「……えぇ」
オスカーは書類を下ろして、わたくしの顔を見る。
その目を、わたくしはまっすぐに見つめた。
なんでもいい、わたくしにもできることがあるのなら、協力したい。
心から、そう思った。
けれど――
「ありがとう、フェリシア。その気持ちだけで嬉しいよ」
目尻にシワをよせて、オスカーはやんわりとわたくしの申し出を断ったのだ。
「でも……ッ!」
それでも、オスカーのために何かしたくって、わたくしは声を上げる。
きっと、わたくしにだって何かできることがあるはずだもの!
「フェリシア」
それなのに、オスカーは今度は強い口調でわたくしの言葉を遮った。
「それにこれは、私の商会の問題だ。君には、関係ないよ」
その目は、とても冷たくて……。
わたくしはそれ以上、何も言うことができなかった。
「……わかったわ」
仕方なく、わたくしは会長室を後にする。
「……ッ!」
パタンと扉を閉めた瞬間、わたくしは思わずそこにしゃがみ込んでしまった。
膝を抱えて、顔をドレスに埋める。埋めた顔が、どんどん冷たくなっていった。
また、涙が止まらない。
結局……みんなそうなのよ。
わたくしを除け者にして、何もさせてくれない。
わたくしだって、わたくしだって……!
「あなたの、役に立ちたいのに……ッ!」
誰もいない廊下に、わたくしの声だけが響く。
扉の向こうで、かさっと何かが動く音がした。
けれどわたくしは自分の嗚咽のせいで、その音に気がつくことができなかった。




