第14話 金さえあればなんでもでき……る?
「今はバラの輸出の時期なんですの?」
あれからひと月。
なんとなく居心地が悪いまま、それでもわたくしはオスカーにインソールの収支報告をするために、商会の会長室を訪れていた。
元々、輸出のために花を多く仕入れているとは聞いていた。けれど今日はいつにもましてバラの数が多い。それも、赤いバラばかりだった。
「あぁ、あれか。これは輸出用ではなくて、結婚式用だよ」
「結婚式?」
わたくしが差し出した収支報告書を受け取りながら、オスカーは言った。
いったい誰の結婚式に、こんなにバラを使うというの?
それも、白ではなくて赤バラを。
するとオスカーはわたくしの疑問を察してか、こちらを見て小さく笑った。
「王家からの依頼だ。近々、第一王子のレグルス様が結婚するんだよ。婚約者、セシリア様とね」
「あぁ、だから赤バラなのね」
先日の舞踏会でもお見かけしたわ。
真っ赤なドレスに身を包んだセシリア様は、それは美しかった。
さすが、ナヴィガトリアの赤バラね。
「君も、こういった情報は気にしておくといい。特に王都に関する情報は、色々と役に立つからね」
「これから、そうするわ」
ぎこちなく、わたくしはそう答えた。
「……それにしても、こういった依頼は嬉しいね」
「普段は、そうではないの?」
ソロ商会の主な輸出品は花だというのに。なにが違うのかしら?
首を傾げると、オスカーはわたくしから視線を逸らして黙ってしまった。
……わたくし、また何か変なことを聞いたかしら?
こくりと生唾を飲み込みながら、わたくしは沈黙に耐える。
するとしばらくして、オスカーがゆっくりと口を開いた。
「君は……商売で一番儲かる時がいつか、知ってるかい?」
「一番……儲かる時?」
唐突に、オスカーがわたくしにたずねる。
一番儲かる時期だなんて、そんなの簡単だわ。
「年末年始でしょう?みんな年越しの準備をしますもの」
「……いいや。もっと儲かる時がある」
自信満々に答えたわたくしに対して、オスカーはすぐに否定する。
オスカーはゆっくりと手にしていた書類を机に置くと、わたくしを見た。
「戦が、おこる時だよ」
「ッ……!」
思いもしなかった答えに、なんと返事をすれば良いのかわからず、わたくしは息をのむ。
「戦時中に武器を売るのが、一番儲かるんだ」
戦時中に、武器を売る。
それは、わたくしには到底考えつかない答えだった。
だってわたくしには、戦そのものの経験が、全くないんですもの。
辺境地では、領土を奪うために戦をしていると耳にしたことがある。
けれど、王都にいればそんなことなど、とても遠いどこかの話だった。あって、辺境地の騎士が王都に凱旋をした時ぐらいですもの。それでも、その時王都はお祭り騒ぎ。
戦に関して、現実味がない。
ここにいてもそう。
タラセイアもとても平和で、武器の輸出入なんて今まで見たことがない。
それなのに、目の前にいるオスカーの薄紫は、とても……とても、冷たい色をしていて……背筋が凍りつきそうだった。
「……あなたも、そうしたの?」
「……」
震える声で、わたくしはオスカーにたずねる。
けれどわたくしの質問に対して、オスカーは困ったように笑うだけだった。
(……あぁ、また……だわ)
またオスカーは、わたくしにその胸の内を教えてはくださらないのね。
なぜかしら……どうしようもない感情が、胸の奥で渦を巻いて、とても気持ちが悪い。
わたくしは無意識に、ドレスの裾を握りしめていた。
その指先は、ひどく冷たい。
「オスカー、あなた……ッ!」
「……幸い、今は大きな戦はない。私は目の前の発注に専念するよ」
わたくしが言葉を紡ごうとした矢先、オスカーはあからさまにわたくしを遮った。
もうこの話は終わりだと、そう言わんばかりに。
(こうなると、オスカーは何を聞いても絶対に話してはくれないのよね……)
小さく、わたくしはため息をつく。
仕方なく、わたくしが会長室を出て行こうとした、その時だった。
廊下を、バタバタと走る音が聞こえてくる。
その音はだんだん大きくなって、この部屋の前で止まった。
「オスカーさん、大変です!!!」
「どうしたんだ?ノックもなしに……」
駆け込んできたのは、ニコルだった。
いつもならわたくしを見て顔を赤らめるというのに、今日はその余裕さえないのか、息を切らせながらオスカーに向かって話し始めた。
「そんなこと言ってる場合じゃありません!王宮から、発注の変更があったんです!」
「王宮から?」
その言葉に、オスカーは眉を顰める。
わたくしも同じようにして、ニコルの方を向いた。
なぜだろう……さっきまでとはまた違う。とても、胸がドキドキする。
「はい!現在発注している赤バラを、全てキャンセル。一ヶ月後までに、白バラを用意するように……と!!!」
「ッ……?!」
「なっ……?!」
ニコルから突然告げられた発注変更に、わたくしたちは言葉を失った。
何を言っているの?!
赤バラを、白バラに変えろですって?
王宮といえど、そんな……そんな無茶苦茶な話……。
「王宮は言っているの?!そんなこと、できるわけがありませんわ!!!あのバラを揃えるために、どれだけの人が動いて、どれだけのお金が動いたと思っていますの?!お金だけはあるからといって、やっていいことと悪いことがありますわ!!!!」
ついかっとなって、わたくしはニコルに向かって怒鳴りつける。
そんなわたくしを見て、オスカーとニコルは呆気に取られていた。




