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第11話 蒔いても種が生えてこない

……そう、意気込んでいたのに。



「なんで、売れませんの?!」



 力任せに、わたくしは自室にある机に手をついた。触れた箇所が、ジンジンと痛い。


 オスカーに、貴族令嬢への売り込みを頼んでからひと月。

 無理を言ってミゲルに五十足ほど靴を作ってもらったにも関わらず、売れた靴はまだ十足にも満たなかった。


 ……なぜ?

 なぜ売れないの?


 わたくしは無意識に、指先を口に運んでいた。

 ダンスで足の痛くならない靴なんて、みんな欲しいに決まっている。痛い思いをするのは、誰だって嫌ですもの。それなのに、なぜ?

 カリッと嫌な音がしたかと思えば、口の中に、鉄の味が広がった。


 負債。


 その二文字が、脳をよぎった。

 たったそれだけのことで、さっと血の気が引いていく。


 ……いやよ。

 また、また借金だなんて……!


 わたくしがオスカーに対してしている借金なので、多分わたくしの生活自体が、大きく変わるわけではない。

 けれど、それだとしても耐えられない。


 借金なんて……借金なんて、もうごめんよ!

 そう、わたくしが焦っていた時だった。



「……フェリシア、少しいいかな?」


「ッ……?!」



 待って、そうわたくしが返事をする前に、部屋の扉が開く。

 慌てて振り向くと、なぜか頬が冷たかった。


 わたくしと目があったオスカーは、驚きのせいか、まるで石にでもなったかのように、ドアノブを持ったまま固まってしまった。

 あぁもう、こんな顔……オスカーにだけは絶対に見せたくなかったのに。


 わたくしは急いで、頬を伝う涙を拭った。



「……なにかしら、オスカー?」


「あ、あぁ……君の靴のことで、少し話があってね」



 ゆっくりと、オスカーは扉を閉めると、わたくしの方をまっすぐ向いた。



「あの靴、売れていないだろう?」


「ッ……!」



 ストレートな物言いに、心臓が跳ねる。

 まったく……その話は、今一番聞きたくないというのに。



「……そうね」


「そこでなんだが……」


「でも、だからなに?あなたは仕事でお忙しいはずなのに、わざわざここへ来て……わたくしを、笑いに来たのかしら?」



 薄ら笑いを浮かべながら、わたくしは皮肉たっぷりにオスカーに言い放つ。

 だってそうでもしなければ、うまく話ができないんですもの。


 けれど……。



「……いいや」



 オスカーはとても静かに、わたくしの言葉を否定した。



「君の着眼点は悪くなかったと思うよ。実際、何足かは売れているからね」


「……お世辞はよしてちょうだい。これでは、原価すら回収できませんわ」


「まあ、そうだろうね」



 褒めたいのか貶したいのか、いったいどっちなのよ。

 わたくしは、どう反応すればいいのかわからず、ただオスカーを見つめた。



「フェリシア。この国に、あの靴を必要としている女性は……どれくらいいると思う?」


「……それは……」



 その言葉に、わたくしは思わずオスカーから視線を外してしまった。


 わたくしが売り出したのは、ダンスを踊っても足が痛くならない靴だ。

 それを必要としているのは、ダンスを踊る機会のある、貴族令嬢……それがこの国には……。



「ッ……!」



 そうよ……そもそも貴族令嬢に向けての商売だなんて、母数が少ないのだわ。

 舞踏会に集まる令嬢を見て、その倍以上欲する人がいるのではないかと、勝手に錯覚してしまっていた。


 この国の貴族令嬢は、ほとんどあの舞踏会に集まっていたというのに。

 その中から、何人があの靴を買えるだろう……。


 売れた靴が、十足にも満たないだなんて……妥当な数字じゃない。



「……」



 そこまで考えて、愕然とする。


 だって、わたくしがこれまでやってきたことは……なんだったっていうの?


 あの靴が売れないんだったら、すべて、無駄だったってことじゃない。

 

 あれだけ聞き取りをして。

 ミゲルに無理を言って。

 ニコルを巻き込んで。

 オスカーのお金を無駄に使ってしまった。



「ッ……」



 そう考えただけで、また目から涙が溢れてきてしまった。

 涙なんて、お父様にも見せたことなどないというのに……。


 あぁ、悔しい。

 悔しくて、たまらない。



「ッ……くッ……うぁッ……!」



 止めたいのに、止まらない。

 両手で拭っても拭っても、次から次へと溢れてきてしまう。


 そんなわたくしを見て、オスカーは困ったように眉を寄せた。



「……これは、おじさんの独り言なんだが……」



 そう言って、オスカーはゆっくりとわたくしに近づくと、わたくしを抱き寄せて、そっと頭を撫でた。



「さっきも言った通り、発想は悪くないと思うよ」


「で……でもッ、このままじゃあ……。じゅようが、すくな……すぎ、ますわっ」


「……そこまでわかっているのなら、もっと需要があるところはどこかを考えてみるといい」


「需要が……あるところ?」



 きょとんと、わたくしは顔を上げてオスカーを見る。

 再び視線があったオスカーは、やっぱり目尻にシワを作って笑っていた。



「そうだ。そして価格も見直すといい。大事なのは、需要と供給……そしてそれに見合った価格だからね」



 頬を伝う涙を、オスカーの指が拭う。


 需要と供給。

 そしてそれに見合った価格。


 ……そんなことを言われても、一体どうすれば……。


 わたくしはまた、商売のことについて考え始めた。



「その顔ができるなら、もう大丈夫かな」


「えっ……?」


「では、私は行くよ。また何かあったら、私のところへ来るといい」



 ぽんぽんと、オスカーはわたくしの頭を撫でると、部屋を出て行ってしまった。



(わたくしを、気遣って来てくれたのかしら……?)



 なぜオスカーは、わたくしにこのようなことをしてくれるのだろう。

 そもそも、結婚だってそうだ。


 なぜ、わたくしだったのかしら?



「……わからないことだらけね」



 商売のことも、オスカーのことも。


 そっと、窓から外を見る。

 そこにはどこかへ向かうオスカーの後ろ姿があった。


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