【書籍二巻発売記念】王都に戻る前夜
「そういえば、ユリシーズ様のその服は祖国のものなの?」
ルエラは荷物整理をしているユリシーズに声をかけた。彼は大量に買い込んだ道具を適当に整理している。
「服?」
「そう。私の国とは違うし、使節団の方にも何人かお会いしたことがあるけど、見たことがないわ」
ルエラが改めて彼の姿を見る。
ゆったりとしたズボンは足首のところで軽く絞られ、上衣は首元まできちんと覆っている。前開きの上衣は、左右の布地を重ねるようにして、幅広のサッシュで腰を締めていた。そして、その上から薄いマントを羽織っている。足元は簡素なサンダルだというのに、首元や腕、腰にはいくつもの装飾品がついていた。光を受けるたびに、宝石のようなものが小さくきらめく。
初めて会ったときは、衣服そのものが擦り切れていたせいで、流民のような格好にしか見えなかった。けれど、こうしてきちんと整ったものを見ると、どこか不思議な美しさがある。
「見たことはないだろうな。水の国の平民が着る服だ」
「平民の?」
意外な答えに、ルエラは目を丸くした。
「貴族の方は違うの?」
「ああ。貴族はもっと仕立てのしっかりした服を着る。ローブに近いな。儀礼の場では特にそうだ」
「ふうん。魔術師の服装はないの? ほら、うちの国だとお兄様とか制服を着ているじゃない?」
思わず尋ねると、ユリシーズはああと納得したように頷いた。
「そもそも水の国は魔術師が貴族だ」
ふうん、とルエラは返事をした。
「行って見たいわね、水の国」
「……面白いところではない」
あまりいい思い出がないのか、ユリシーズの声はそっけなかった。そして再び、ガラクタを箱に詰め始める。彼の片付ける姿を眺めつつ、ため息をついた。
「どうした?」
ガラクタを片手に、ユリシーズが問いかける。
「ちょっと憂鬱なだけ。王都に行っても楽しくないし」
もうすぐ、この魔女の家から離れ、王都へと戻る。
きっと嫌なこともあるだろう。決着をつけなくてはいけないことも。王都と思うだけで、手が震える。それをぎゅっと握りしめた。
(きっと大丈夫。回復はしているのだから)
どれほど回復しつつあるのだから、と自分を宥めても、それでも心は毒を飲んだあの日へと向かってしまう。グウィンと会いたいわけではないけど、合わずに済ませることは難しいだろう。
「ルエラ」
「何?」
顔を上げ、ユリシーズを見ればどことなく真剣だ。そして、ぽんと何かを投げてきた。
「それを持っていろ。いろいろと役に立つ」
不思議に思って、受け取ったものをまじまじと見つめた。手のひらに乗る球体で、まるで真珠のようだ。ただし大きさはまったく異なるが。
「これ、魔道具?」
「いや、八つ当たり君だ」
「え?」
よくわからないネーミングにルエラは固まった。ユリシーズは腕を組み、説明を始める。
「師匠が作ったものだ。どうしてもイラつく時はそれをぶん投げてもいいし、もみくちゃにしてもいい」
「……これ、潰れるの?」
「ああ。やってみればいい」
恐る恐る手に持った球体をぎゅっと握りしめた。その途端、ぶよりとひしゃげる。表現のしようのない柔らかな感触に、ルエラは顔を引きつらせた。
「え、気持ち悪い。なにこれ? やっぱり魔道具?」
「そんな魔道具があってたまるか」
嫌そうな顔で告げると、再び後片付けに戻る。その背中を見て、ルエラが彼の袖を軽く引く。
「一緒にいてくれる?」
小さな声だった。ユリシーズは治癒師として、そばにいてくれるのはわかっている。ただ、それだけではない、何かが欲しかった。言葉にすることは難しくて、でもわかってもらいたくて。
ユリシーズはしばらく固まっていたが、ゆっくりと振り返った。その瞬間、衣服についた小さな装飾品がしゃらりと音を立てた。水の国の衣服が奏でる、いつも聞いていた音だった。
「当然だ。何のために王都まで一緒に行くと思っているんだ」
ユリシーズは当然と言わんばかりの態度だ。それがおかしくて、ルエラは思わず笑った。
「そうね、何も心配いらないわ」
くすくすと笑っていると、ユリシーズはため息をついて後片付けを本格的に始めた。




