【書籍一巻発売記念】領地にて
久しぶりの領地に、ルエラは目を細めた。ユリシーズがルエラの母ラモーナの仕事のために領地に来ることになったので、一緒についてきたのだ。
「師匠の家で待っていてもよかったのに」
ユリシーズは何やらぶつぶつ言っているが、気にせず手伝いを申し出る。
「いいじゃない。私だって魔女の弟子だもの。手伝ってあげるわよ」
「……手伝えることじゃない。しいて言うのなら大人しくしていてほしい」
どうやら魔術に関してはあまり信用されていないようだ。ルエラは首を傾げた。
「そう? マージェリー様、私は結構センスあるって言っていたわよ?」
そう言ってみれば、すさまじく信用のない目を向けられた。そしてそれはユリシーズだけでなく、侍女ハリエットからも。
「――お嬢様。久しぶりの領地ですから、領地の様子をご覧になってはいかがですか?」
「そうねぇ。お父様もお母様も忙しくてこちらにはなかなか足を運べないから、それもいいかも」
ユリシーズはあからさまにほっとした顔をした。ルエラは少し意地悪な笑みを作る。
「ユリシーズ様は私が魔術に触れないほうが嬉しいみたい」
「そんなことはない」
そう言いつつも彼は視線をそっとそらした。
日傘をさしながら、ゆっくりと屋敷に向かって歩いていた。ハリエットもそれに付き従う。
ネスビット侯爵領は自然も多く、ルエラは子ども時代、元気よく外で遊んでいることが多かった。懐かしく過去を思い出し、そしてグウィンのことを思い出して切ない気持ちを抱く。
「街はとても活気があったわね」
「ええ。お嬢様ったら、差し出されたものを全部受け取るから。以前ならお断りしていたのに」
そう言ってハリエットは両手に持つ荷物にため息をついた。
「だって。マージェリー様のところでもたくさんもらっていたから受け取ったほうがいいかなと思って」
「マージェリー様の村も皆様、いろいろ持ってきてくださいますからね」
ハリエットはあの村でのマージェリーとユリシーズの人気を思い出し、くすくすと笑った。
「――前は私に差し出すより自分たちで使ってほしいと思っていたけど、受け取っただけで嬉しそうな顔になるんですもの」
「そうですね。領民にネスビット侯爵家の皆様は愛されていますから」
「お兄様も戻ってくれば、気楽に接するしね」
あの勢いのあるローレンスはいつも街に行っては、様々な人と交流する。なんだかんだいっても、跡取りなのだと実感した。
「あら? あそこにいるの、ユリシーズ様じゃない?」
道端で何やら紙を広げているユリシーズを見つけて、二人は顔を見合わせた。ルエラはしばらく考えに没頭しているユリシーズを見ていたが、すぐにいたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべる。
「お嬢様?」
「しーっ。驚かせるんだから」
道から外れ、背後から静かに近づいてから声をかけた。
「ユリシーズ様、何をしているの?」
「うおうっ!?」
びくりと体を揺らすと、ユリシーズがぱっと振り返った。
「なんだ、ルエラか。びっくりしたじゃないか」
「ふふ、だったら大成功ね!」
嬉しそうに笑うルエラに、ユリシーズがため息を漏らす。そして、再び手元の紙に視線を落とした。
「それは?」
「仕事だ」
ユリシーズは見せたくないのか、さっと隠してしまう。いかにもかかわってほしくなさそうな態度に、ルエラは強引に広げていた紙を覗き込んだ。
「うわ、すごく細かい魔法陣ね! ユリシーズ様が作ったの?」
「いや、ラモーナ夫人が作った。どこかにミスがあるようなんだが、それがわからなくてな」
「ふうん」
見てもほとんどわからないのだが、それでも読むふりをしてみる。まだ勉強も始めたばかりで、基礎的なことしか知らない。自分の母がこのような魔法陣を作ることができることを改めて実感し、まじまじと見つめた。
「あ、触るな!」
「え?」
線を辿ろうとして、つい触れてしまった。その瞬間――魔法陣が青白く光り輝く。同時に、ユリシーズが舌打ちしてルエラを抱え込んだ。
「お嬢様!?」
ハリエットの焦ったような声が聞こえる。ルエラはそんな彼女に笑って見せた。
「大丈夫よ! ユリシーズ様が――」
最後まで言い切る前に、ハリエットの姿が消えた。
まぶしさが収まったころ、ルエラはゆっくりと目を開けた。
「ここは……街はずれ?」
きょろりとあたりを見渡せば、先ほど歩いていた街が少し遠くに見える。でも、ユリシーズと出会った場所からは少し遠い。
「ああ、失敗したときの指定場所だ。やっぱりあの魔法陣、欠陥がある」
ユリシーズがため息交じりに結論を出す。そして、ルエラを抱きしめていた腕を緩めた。そして、がしがしと髪の毛をかきむしる。
「失敗だったの?」
「そうだな。あれは駄目だ。ここに飛ばされたってことは、空間指定の方法が間違っているか、計算ミスだろう」
ルエラはそういうものかと、頷いた。そして、ユリシーズと初めて会った時もこうして失敗して力尽きていたことを懐かしく思い出す。
「ふふ。前も同じだったわね」
「……あのときか。ルエラが拾ってくれて助かった」
しばらく二人して、穏やかな空気の中沈黙していた。ユリシーズはふっと息を吐くと顔を上げる。
「よし、帰ろう」
「どうやって帰るの? 魔法?」
「いや、歩きだ。俺の魔力はすでに空だ」
ユリシーズは偉そうに告げた。
「えっ!? 歩くとそれなりに時間がかかるわよ? それに、避難場所なら屋敷でも把握しているでしょう? 迎えを待っても……」
「だからって、いつまでもここにいるわけにはいかないだろうが」
そう言って、ルエラの体を抱き上げた。
「きゃあ! ちょっと待って!」
「なんだ?」
「私を抱き上げて移動なんて、さすがに無茶よ!」
そうか、と言いながらユリシーズは首を傾げる。ルエラはため息をついた。
「いつ来るかわからないじゃないか。それにこうなったのも俺の責任だ。少しでも屋敷に近づくように努力すべきだ」
何を言っても譲らないユリシーズに、ルエラは仕方がないと体から力を抜いた。こうして抱き上げられて移動するのも久しぶりで、少しだけ恥ずかしさを感じる。異動してしばらくは無言でいたが、ふと聞いてみた。
「ねえ、責任、感じているの?」
「なんだ、してほしいことがあるのか?」
「うん、ちょっと耳を貸して」
抱きかかえるルエラに耳を寄せる。だが、遠くからすさまじい勢いで馬車がやってくる。御者の隣にはハリエットらしき人が見えた。
「あれ、迎えかしら。随分と早いわね」
「せっかくだから最後まで言え」
「そのうちね」
ルエラは笑って、この幸せを噛みしめた。
Fin.
本日、メディアワークス文庫様より『婚約者の王子に毒を盛られたので愛が冷めました』第1巻が発売となりました!
大幅に改稿して、とっても素敵な仕上がりになっています。
Web投稿時と比べて文字数もなんと4倍になっておりますので、すでに読んでくださっている皆様にも満足していただけるボリュームです!
発売を記念してSSを書きましたので、本編とあわせてぜひ楽しんでいただけたら嬉しいです(≧▽≦)




