【コミカライズ記念】道端で俺を拾った令嬢は治療対象だった
「まずい、失敗だ」
ユリシーズは魔術を展開した後、空間のゆがみを感じて魔法陣のミスに気付いた。
気付いたところで、もう遅い。
「……っ」
強制的に引きずり込まれるような感覚に襲われ、ユリシーズは舌打ちした。
空間転移の術式は、ほんのわずかな計算違いでも大きな事故につながる。だからこそ、慎重に何度も計算を繰り返したはずだった。
なのに。
「どこで間違えた……?」
考えながら、必死に魔力を制御する。だが、空間のゆがみはすでにユリシーズの制御を離れていた。
「くそっ」
次の瞬間、視界が白く弾けた。
――そして。
気がついたときには、地面に転がっていた。
「…………」
動けない。
右手も、左手も、足も。
指一本すら動かせなかった。魔力が完全に枯渇している。しかも徐々に体が冷えてきている。
「これは……まずいな」
自分で呟いた声が、ひどく遠く感じる。このままでは、本当に死ぬかもしれない。
そう思った直後、ユリシーズの腹が鳴った。
「…………腹が減った」
死の危機に瀕しているというのに、最初に浮かんだのはそんな感想だった。もっとも、魔力を大量に消費した後なのだから当然だ。食べなければ魔力も戻らない。食事が必要だ。
だが、どうやって? 誰も通らない道端にこれといった案が浮かばない。
そこまで考えたところで、意識が途切れた。
次に目を覚ましたとき、ユリシーズは空ではなく天井を見ていた。
「……いい匂いがする」
鼻を刺激する料理の匂いに、ユリシーズは反射的に起き上がろうとした。だが、体が思うように動かない。指先に力を入れ、体を起こそうとする。
「まだですよ、魔術師殿」
誰かに支えられ、瓶を口の中に突っ込まれた。そして流れ込んでくる液体。ひどく不味いが、馴染みのある味だ。
しばらくすると、体の中をわずかに魔力が巡る。少しずつ指が動くようになった。
そして匂いにつられて視線を動かし、目の前に並べられた料理を見た瞬間、ユリシーズは迷わず食事を始めた。
「すごい……まだ食べるの?」
誰かの声がする。
「ユリシーズ様は魔力の回復に食事が必要なので」
そんな説明を、料理を運ぶ使用人がしている。
「あら、お兄様とは違うのね」
(誰だ、知らない声だ。まあ、どうでもいいか)
今は食事の方が重要だ。ひたすら食べて、ようやく人心地ついたところで、ユリシーズは顔を上げた。
そこで初めて、目の前に一人の令嬢が座っていることに気付いた。
こちらをじっと見ている。珍しいものでも見るような目だった。
「……美味しい?」
「ああ、美味いな」
「もう少し用意する?」
「いや、これ以上は結構だ。動けるくらいには回復した」
最後のお皿を平らげると、口元を拭った。それを合図に、使用人がテーブルの上を片付けて、お茶を用意した。カップを持ち上げると、いい香りが鼻孔をくすぐる。ゆっくりと一口飲むと、温かさにほっと息を吐いた。そして改めて彼女を見る。
「拾ってくれて、助かった。あのまま死ぬかと……ありがとう」
「うちと契約している魔術師と聞いたけど、どうして道に落ちていたの?」
「ん、ああ。ちょっと実験してヘマをした。実験はラモーナ夫人に頼まれたものだ。難解な術式で、成功率が二割だ」
思い出したくもないが、あれは見逃してはいけないミスだった。
「え、お母様、そんな大変なものをお願いしているの?」
「それが俺の仕事だ。今回、やらかしてみて理解した。次は、こんな失敗はしない」
ユリシーズは不敵に笑った。失敗は一度でいい。
「――ところで、名前を聞いてもいいだろうか」
「ルエラよ。よろしくね」
ルエラは楽しそうに笑った。
――ルエラ。
その名前を、ユリシーズはもう一度、頭の中で繰り返した。
「ルエラ嬢か。俺はユリシーズだ。ラモーナ夫人と専属契約している」
これが彼女との出会いだった。
このときのユリシーズは、彼女に対して特別な感情を抱いていたわけではない。
ただ、ラモーナ夫人から治療を頼まれた相手。
毒によって体に残った魔力の塊を取り除けば、きっと元のように動けるようになる。
それだけのことだと思っていた。
――少なくとも、このときは。
Fin.




