Episode 54 : 遺跡の奥で
部屋の中央――アカシックレコード――の傍に佇む長身で細身の老人.
それはかつてローン公国の遺跡で俺が護衛をしていた男であり、俺がこうなる姿になった原因を作った人物である。
ウェイン・グランスター……やつの顔はあの時と同じように口元に薄気味悪い笑みを浮かべていた。
訳が分からない。なぜ奴はここにいるんだ。それも研究者としてではなく、軌道エレベーターを破壊し、遺跡の上に立てられた施設の人間を皆殺しにしたテロリストとして……。
だがあそこに立っているのは間違いなく、俺がローン公国の遺跡で出会った老博士そのものだ。
その事実は絶対に覆らない。だからこそ無意味な憶測が脳内を飛び交い、そして複雑に絡まりあって俺の頭を混乱させる。
しかし、考えているだけでは進まない。
一度大きく首を振って頭を空っぽにする。
ウェインの周囲にはたくさんの機材と非武装の人間が数人。その周囲を囲むように武装した集団がいた。
しかし武装した兵士よりも一番注意しなければいけないのはやはり、あの中央の柱の傍に立つウェインだ。
ウェインがアカシックレコードの前に立っている以上、奴には何らかの考えがあって立っているのは間違いないだろう。
そしてそれが達成させることにより、より良い未来に繋がるかと思うかと問われれば、間違いなく否定すべきもののはずだ。
でなければ人を殺してまでやることはない、これは単なる直感だが間違っているとは思えなかった。
ウェインが何かをしでかす前に止めるべきはずだ。
ならば突撃のタイミングはこちらにまったく気づかれていない今しかないだろう。
通信機のチャンネルを開く。
「5カウント、0で突入してください」
「了解だ」
5。
……4。
……3。
……2。
……1。
大きくダクトカバーを蹴り外し、敵武装集団のほうへとMグレネードを投げる。
「敵襲だァッ!!」
敵の一人が叫けび俺のほうへと銃口を向ける。だが次の瞬間には横から突入したランドたちによってその男は撃ち貫かれ脳漿を撒き散らした。
戦闘が始まった。
広い室内の彼方此方で叫び声と銃声が響き渡る。
俺はすばやく室内中央にある機材群へと移動。そこから室内壁側へと向かって広がる敵の武装集団へと発砲、移動を繰り返す。
敵は突然の奇襲に完全に混乱しているようだった。
今の一瞬で敵の指揮は混乱し、各所で叫ぶように統一性のない怒号が悲鳴の間を飛び交っている。
だがもちろんそれは敵の攻撃の正確性をそいだだけだ。
時折的確にこちらを狙って撃ったであろう弾丸が耳元を掠めていく。
戦闘中に走って切れた息を機材の影で整える。
整えた後銃身だけを機材の影から出して、トリガーを引く。
その後、一気に身を乗り出す。
狙うは、こちらに背中を向けた相手。
飛び出したすぐ近くにいた無防備な男に狙いを定め、トリガーを引く。
ブラスターのパルス弾が当たった男は後ろに大きくのけぞり倒れる。
その男に気を取られ顔を出した男にも、一発くれてやった。
今度はその男の顔面が吹き飛ぶ。
多数の敵が俺に注意を注いだところで俺は近くの機材へと飛び込んだ。
耳が割るような銃声と機材を打ち抜く破砕音が室内に響き渡る。
ブラスターのマガジン内部のエネルギーが少なくなっているのを確認するとマガジンを遠くへと放り投げ、マガジンポーチからブラスター用の予備弾倉を取り出しリロードする。
次はどこを狙うべきかと考えているとランドの声が聞こえた。
『入り口近くの敵の抵抗が思ったより激しくて前に進めていない。レディ、そっちはどうだ』
「部屋後方を囲んでた敵がそっちに行くのを止めるのが精一杯だ! 」
『もう暫く、抑えておいてくれレディ』
「了解」
わき腹にチリッとした痛みが走った。
機材を弾丸が突き抜けてきている……この遮蔽は限界か。
Mグレネードを再び敵の居るほうへと投擲し、爆発するのと同時に飛び出す、銃声は俺の後ろまで追ってきていた。
「そこまでだッ」
正面から叫び声。
武装した兵士、もうここまで来ていたのか――。
足元を大きく屈伸させる。
鈍い痛みが脛を駆け抜けるが無視した。
足を伸ばすのと同時に上半身を大きく捻り、跳躍。
体が宙で逆立ちのような姿勢になるのと同時に、正面に立ちはだかっていた男に向かって発砲する。
男が血しぶきを上げながら倒れていく上を通過、右半身を使って受身を取り転がりながら近くの機材へと移動。
機材を背に敵から身を隠した。
大きく胸を上下させ、呼吸を整えていく。
裏から聞こえる銃声が大きい、間違いなく先ほどよりも敵との距離が縮まってきている。
これ以上派手に動けば蜂の巣にされかねない。
「ランドッ! もう限界だ。さすがに援護が欲しい」
通信機に叫んだ瞬間だった。
機材群の外周、俺の斜め前方から”赤い物体”が俺の斜め後方へと高速で移動した。
あれは……スィリーか。
次の瞬間後方の敵が一気にざわつき始めた。
銃撃も何処を狙っていいのか分からないといった感じで様々な場所を撃ち抜いたり掠めて言ったりしている。
一言で言えば一体のMCSにより敵は大混乱の只中に放り込まれた。
なんて無茶苦茶な突撃なんだろうか、毎度のことだがこういうことをやってのけるスィリーにはいつも驚かされる。
耳元からランドの声が聞こえた。
『今そっちにスィリーを出した……間に合ったか?』
「……何とかって感じだ」
『それはよかった。こっちはもうだいぶ蹴りがついてきた。レディそのままスィリーの援護はできるか? 」
「それなんだがランド、中央にウェイン・グランスターが居た。そっちに行かせて欲しい」
『……へぇ、うわさに聞くレディを小さくしたヤツか』
「直接的原因がヤツにあるかは知らないが近いとはいえる。今のうちに聞いておきたいことがあるんだ。行かせて欲しい」
『いいぜ。こっちは俺たちだけでも何とかなるからな……いいかレディ、無茶だけはするな』
「すまない。助かる」
俺のほうへと向けられる銃撃が少なくなったところで物陰から飛び出した。
後方で大剣を振り回すスィリーを後に中央へと駆け出す。
機材を飛び越えていく。
途中で数人の男と眼が会ったが彼らは非武装な上、俺を見てもただキョトンとしたあほ面を見せるか、一目散に逃げ出そうとする者のどちらかだった。
あれはランドたちに任せればいい。
俺はさらに奥――部屋の中央――へと進む。
中央に近づくにつれ、明るくなっていく。
もちろん原因はあの光り輝く柱だ。
柱は周囲に奇妙なホロパネルを浮かせ、仰々しい文字列がそこを流している。
「ここで何をしている」
アカシックレコードのすぐ近く、白衣に身を包んだ老人を見つけると俺はそういった。
男が体を小さく跳ねさせる。そしてゆっくりとその皺だらけの顔をこちらへと向けた。
顔中に刻まれた皺はあいかわらずだったが顔のところどころに焼けど痕がある。
ウェイン・グランスター。奴からは俺の姿を下から上まで舐めるな視線が飛んできた。
「これは、これは……随分可愛らしい客人がきたものじゃ」
その口調は明らかに俺の見た目を馬鹿にしているものだ。
だがそんな戯言に付き合うような気分ではない。
「あんたこのMブラスターが見えるよな? もう一度聞く、ここで何をしている」
Mブラスターの銃身を軽く叩いてみせる。そしてブラスターの銃口を奴のほうへと向ける。
ウェインは両手を頭の上に乗せると小さく首を横に振って口を開いた。
「おっと、お嬢ちゃんそんな物騒なモノを向けるな。それが間違ってわしじゃなくてアカシックレコードに当たって傷でもついたらどうしてくれるんじゃ」
俺がわざと射線を外すことに気づいていたようで、自分からブラスターの射線へと後ろの柱を守るようにウェインは移動する。
まるで自分の銃を突きつけられることになんの恐怖を抱いていない、それどころか後ろの無機物に命をなげうつ態度はとてもじゃないが正気には見えない、全身から鳥肌が立つような感覚さえ覚える。
しかしだからといって銃口を逸らすつもりもない。
「それがどうした。その後ろの電子仕掛けの骨董品を壊すと学芸員にでも怒られるのか? いいか、俺は質問をしているんだ。そんな茶番に付き合っている暇はない、貴様がここでしようとしていることはなんだ」
「茶番だとじゃとッ!? わしがお嬢ちゃんの手に持った玩具を恐れていることを隠すために言った戯言じゃとでも言いたいということか?」
「そうだ」
「いいじゃろう。わしがいかに本気で言っているかを分からせようじゃないか」
ウェインはそう言うと、そのままMブラスターの射線上を歩きながらこちらへと近づいてきた。そして俺が一歩踏み出せば手が届くような距離まで近づくと立ち止まった。
「撃ちたければ撃つがいい、これならどんなに射撃が下手な奴だってわしの体に当てることができるじゃろう?」
ウェインは知っているのだ、俺がヤツをまだ撃つことができないという事に。だからこそこんな大胆なことすらしてくる。だが一定の距離を置いたのは近づきすぎて組み伏せられるのを警戒しているからだろう。
「確かにこれなら俺がどんなに適当に撃っても外すことはなさそうだ。しかしだ、自分の命をなげうってまで後ろの骨董品は守る価値があるものには見えない。それを調べたらこの先何十年過分の技術を先取りできるかもしれないが、そのためにあんたが命を投げ出すっていうのは理解しかねるな」
「面白くないジョークじゃな。このアカシックレコードは、全宇宙の平和ひいては人類の進化の道しるべじゃというのに、それをあろうことか骨董品呼ばわりしたあげく、低俗な技術競争の為にわしがここまで来たと思われていたとは……これから共に救済されてようとしている者たちがこの様な未熟な考えしか出来ないことにわしは失望すらを覚えるぞ」
「人類の進化、救済? 何の話だ」
「今まさに実行されている計画の話じゃよ。一度は思ったことがあるはずじゃ。もしもこの宇宙に争いがなければ、もしも永遠の生命を手に入れられたら、理不尽な死を怯えずに済むのにと――それが叶う事のない願いだと知ってもなお、願わずには居られない。じゃがこれがもし叶うとしたらどうじゃ、とても素晴らしいとは思わんかね?」
「そんなこと――――」
3年前の連邦と帝国間とで起きた戦争の大決戦、帝国の新型兵器の圧倒的火力を前に爆沈していく味方の艦艇。
味方の損害をこれ以上減らすわけには行かないと新型兵器目掛けて突っ込んだ自分の艦隊、大切な戦友や理解者、そして人生の中で最も自分を愛してくれた人の喪失。
ポッカリと開いた心の穴は簡単には塞がらない、思い出しては子供如くわめき散らした情けない自分の姿。
まるでダイジェストのようにこれまでの体験が脳裏を過ぎっていく。
もし、目の前の白衣の男が言っていることが可能だとしたら――大きく首を振った。
惑わされるなッ。
強く唇をかみ締めた。
「――思ったことはない。これ以上の虚言はよせ。本当の目的を言うんだ」
「虚言ではない、勿論本当の目的じゃよお嬢ちゃん。ここまで大掛かりなこと《こと》をしてまでアカシックレコードにつながりに来た老人の言葉が嘘に聞こえるのかい? アカシックレコードとはこの世のすべてを超越した存在じゃ、その可能性は技術革新などという低レベルな範囲に収まるものではない。いいかねお嬢ちゃん、この計画を完遂した暁には人類は争いを克服し死をも恐れない存在へと昇華できる。そのためなら手段なんぞ選ぶつもりはないし、少量の犠牲じゃって厭わない。なんといってもこれはこの銀河に生きる全ての者たちを救う計画なのじゃから」
「本気でそんな事を思っているのか?」
「無論本気じゃよ」
ウェインは口角だけをわずかに吊り上げた。
やつの口から出る話はどれも常軌を逸しているものだったが、それを語る奴の目にはなぜだか異様な自信があり、それがまた気味悪く俺は一歩後ずさる。
「理解できていないという顔じゃな。じゃがお嬢ちゃんが理解できないのはまだその準備が整っていないからじゃ、慌てなくてもよい、いずれ理解できるはずじゃ、わしの言葉の意味をな。わしはローンの遺跡にあったアカシックレコードと繋がることでその計画を知った。知っているかねお嬢ちゃん。こういう遺跡にあるアカシックレコードと呼ばれる柱たちは、本当の意味でアカシックレコードではない、これはアカシックレコードの一部に接続できる端末に過ぎないのだじゃよ。じゃから計画にはわしが宇宙に散らばった各地のアカシックレコードに働きかけることが必要不可欠であり、こうして長話する時間は非常に惜しいぐらいなんじゃ」
ウェインは柱のほうを見ると、「終わったか」と呟いた。
その呟きに反応して俺もウェインの裏にあった柱を見ると、先ほどまで出ていた光が弱々しくなっており、宙を漂っていた無数のホロパネルも消えていることに気づいた。
クソッ。内心悪態をつき自分を責めた。
やつは俺の質問攻めを逆手にとって時間稼ぎをしていたということだ。
「時間稼ぎをして立ってわけか……だが、はいそうですかと通す気はない」
「じゃろうな。じゃから助っ人を呼ぶことにした」
ウェインは顔の横でを小さく手をたたいてみせる。
Mブラスターの射撃モードを非殺傷モードに切り替え。
警告の一発をヤツに撃つためトリガーを引いた瞬間だった。
ブラスターから放たれたパルス弾が宙で弾け飛ぶ。
「なっ」
いつ現れたのだろう。
鋭くとがった鳥類の様な頭。そこから延びる舌は二枚に分かれ蠢く。
それに対して体は人工物の様な類人猿の体を持った生物が俺とウェインの間に立ちふさがっていた。
その見た目はローンの遺跡で見たそれと近い形状をしている。
反射的に俺はすばやくライフルの照準を新たに出てきた生物達へと向ける。
「ローン遺跡の化け物かッ」
ウェインが眉を潜め俺見た。
「ほう……お嬢ちゃん守護者を知っているのか、守護者を知っている人間は漏れなく全員消したと思っていたが一体誰が漏らしたのか。まあいい、わしは次の場所へ行かねばならんのでな失礼するよ」
「待てッ! ウェイン!! あんたにはまだ聞くことが――」
再びトリガーを引く。
しかし、先ほどと同じように化け物の手によって防がれてしま――
後ろから風きり音、マズイッ。
横に跳躍、先ほどまで居た場所に、凄まじい速度で斬撃が走る。
いつのにか先ほどの化け物がもう一体増えていた。
太刀筋が見えなかった……あれをまともに食らうのはまずい。
しかも二体になった、あれが同時にきたら次はない――。
奇妙な生物達が舌を震わせ、奇妙な叫び声をあげると一瞬にして視界から消えた。
目を凝らし、耳を澄まし、どこにいるかを捕らえようとする。
――聞こえたッ!
分かった時には奴らの刃はもう目の前だった。
後方からと上からの挟撃、避けるのは間に合わないッ。
身をかがめ、Mブラスターを顔の前に出して目を瞑った。
体の右面に衝撃、次に金属同士の擦過音が響き渡る。
目を開けると、二体の化け物の斬撃を両腕の装甲で受け止める白いMCSの姿があった。
あいつはローンで俺がチンピラに絡まれたときに現れたMCS――なんでこんな場所に、一体どこから……。
白いMCSは暫く押し問答を化け物たちと続けた後、2体の化け物を強引に撥ね退ける。
跳ね飛ばされた化け物たちは空中で一回転し、バランスを整えると地面に着地し、両腕の鎌を正面に構えた。
白いMCSが俺のほうを向いた。
「じっとしていろ」
それだけ言うと奴は、右腕から光剣を伸ばし、前方へと踏み出す。
それに応じるように化け物一体が、姿勢を低くし、銀色に鈍く輝く鎌を突き出し飛び出した。
蒼く光る刃、鈍く光る銀色の鎌が激突する。
白いMCSが片腕で受け止めているのに対して、化け物は二本の鎌を同時に振り下ろし体重をかけ攻撃した。
白いMCSの腕から一瞬火花が上がり、押されかけたが、すぐさま蹴りを化け物の動体に蹴り込み吹き飛ばした。
化け物はバランスを崩して倒れこみ、もう一匹の化け物がそれをカバーする様に白いMCSの前に立ちはだかった。
化け物は二つの舌を使って威嚇するように声を鳴らす。
倒れこんでいたほうが立ち上がると、今度は二体同時に腕から伸びた鋭利な鎌を振り上げて、白いMCSに襲い掛かった。
対して白いMCSは左腕からも光剣を出現させると二つの刃を体の正面に構えた。
化け物達は凄まじい速度の斬撃を交互に繰り出し続ける。もしもあれと対峙していたのが俺だったら、俺の命はなかっただろう。
しかし、白いMCSはあの化け物達の攻撃を見事に見切りきっていた。
巧みに差し向けられる斬撃を両腕の刃で受け止め流していくと、奴らの背後に回りこむと、そのまま体を捻る要領で奴らの背中を両腕の光剣で両断する。
化け物達の胴体はまるで紙を引き裂くようにして千切れると、勢いおく地面を滑った。
勝負あった。
俺がそんな様子に呆然としていると、白いMCSは俺に近づきひょいと抱きかかえるように持ち上げると、大きく跳躍、機材群を飛び越えて部屋の入り口に着地する。
白いMCSはあたりを見渡し安全であることを確認すると俺を降ろした。
「お前、ローンの時のMCSだろ。なんでこんな場所にいるんだ」
「それは言えない。ただ、君はこれ以上アカシックレコードと関わることをやめろ。それが彼女からの伝言だ」
「なんの話だ」
「また会わないことを願っている」
そう言うと白いMCSはまたもや前と同じように俺の視界から忽然と消え去った。
その直後大きな衝撃が地面を揺らした。
『レディ! 遺跡の表面が奴さんの仕掛けた特殊な爆弾で穴を開けられて海の藻屑になりそうだってマルメラから連絡をもらった。離脱するぞ』
「……ああ」
後ろの光を失った柱を暫く見つめた後、部屋を後にした。
Chapter6 終了。
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