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Episode 24 : 目覚め

今回はちょっと短めです。


 

 気が付けば見知らぬとこに寝かされていた。

 唯、何処までも白い天井。

 其処に汚れは見えなくて、今まで自分が見たどの天井より綺麗なところだった。


(――あれ…………私、何でこんなところに居るのかな?)


 映る景色は、小さく揺らぎ頭の中がボンヤリとしている。

 顔を右に傾けるとこれまた綺麗な、白い壁と床が見えた。

 ここに来る前、何があったんだっけ…………上手く思い出せない。

 でもいいや、考えなくていい――ただ、正面を見つめるだけ、それでいい気がした。



 カシュッ――何処かでドアが開いた音がする。



 カツン、カツン、硬質な床を蹴る音が私に近づいている。

 ――誰かがこっちに来てるのかな。

 ――こっちに来てるんだ。

 足音は大きくなる。


 ボンヤリとした頭を持ち上げて振り返ると、にこやかな笑みを浮かべたお爺さんが居た。


「手を振ってるの見えるかい?」


 お爺さんが私の前で手を振るので頷いた。

 すると老人は人懐っこい笑みを浮かべる。


「そうか、それはよかった」


 何がいいのかわからない、でもお爺さんが笑っているので私も笑ってみる。


「無理はしなくていいよ」


 無理はしてない。

 ただ同じようにしたかっただけだから。


「手、動かせるかい」


 お爺さんが、自分の手を開いたり閉じたりして見せた。

 私はその言葉に顔を頷かせると、自分の手を同じように動かす。


「うんいいね」


 また老人はにっこり笑う。

 何が面白いんだろう?

 よく解らない。


「かなり酷い状態で衰弱していたから、何処かに障害が出ていないか心配だったけど、問題はないようだ」



 その言葉がきっかけだった――――不意に、頭の中にいくつもの映像が浮かぶ。


 胸を押さえて血反吐を穿いて地に伏せた父親――


 悲鳴を上げ壊れていった母親――


 全身が吹雪の様な寒気に襲われた。

 全身がぶるぶると小刻みに震える。




「あれぇ? こんなところに隠れてたぁ」




 突然聞こえた声に、ハッとなり顔を上げる。

 先程までいた老人が消え、代わりにガラの悪い男が下卑た笑みを浮かべこちらを見ていた。

 ボンヤリとしていた思考が、瞬く間に晴れていく。

 そして思考が鮮明になっていく程、身体が板のように硬直した。



 嫌だ……なんで、なんで、なんで居るの――怖い、怖いよ、怖い、いや、怖い怖い怖い怖い…………。



 ゆっくりと男の手がこっちに向かってきている。


「いやぁぁぁぁ――――ッ!」


 男の手をはねのけ、震えて動かない足を無理やり引っ張り、後ろに後ずさる。

 不意に体が宙に浮く。

 それがベッドの端を超えたと気づいた時にはもう遅く、後ろから床に落っこち、痛みに声を上げる。


「あっれぇ⁈ 落ちちゃった! 落ちちゃったの? ひひ、ひぃ 、ふへへっ――」


 奥から壊れた電子おもちゃの様な声がする。

 手が思ったように動かない、全身には激しい痛み。

 足音が近づいてくる。


「いやっ、いやぁ、怖いよぉ――怖い、こないでぇ! 助けてぇよお! いや――ッ、怖い、来ないでこないでこないでこないでこないでこないでこないで……」


 地べたに這いつくばり、逃げるように手を這わせる。

 それでも恐怖に支配された体は勝手に痙攣、口元から粗い呼吸が漏れ、心臓は張り裂けんばかりに鼓動し、思うように動かない。

 瞳から涙が流れ落ちた。


 背中に鋭くとがったものが刺さる感覚。


 意識が体を見離し始め、深い虚無の中に沈む。

 ぎりぎりのところで耐えていた瞼も等々力尽きた。


 助けて―――




 ×     ×     ×




 踏み抜き加工がされたブーツが歩くたびに、カツン、カツンと甲高い音を立てる。

 その音は一定のリズムを刻むのではなく、どこか急いでいるようにも聞こえたことだろう。

 ゴースト探索から4日、その間ずっと少女は目を覚まさなかった。

 しかし今日、<ヌアザ>艦内に用意された自室で寝ていた時、医務室から連絡がきた。


 “救出した少女が目を覚ました”


 上下ともに下着姿だった俺は、収納ケースから、白色ののショールボレロ、黒のフレアワンピース、そしてホットパンツを取り出すと急いで着替え、ブーツをはくと早足で部屋を出た。

 医務室は居住ブロックの最上層、一番奥に敷設されている。

 幸い俺の部屋はそこから近く、そろそろ白い壁に赤いラインが入った部屋が見えてきた。


 医務室――


 室とあるがその大きさはそれなりに大きく、しいて言うなら4LDKが3つ分と言ったところである。

 部屋の入口の前に立った。

 正面、扉、その右側、俺の胸辺りの高さにある四角いタッチパネルをタッチ、開錠ボタンを押す。

 扉が開き中に入ると、複数の白衣を着けた人々が室内を慌ただしく行き交っていた。


「ハーミットです。連絡を受け参りました」


 目があった若い男に声をかける。


「ああ、すみません……少し待っていてください」


 男はずれ落ちた眼鏡をクイッと指で上げると白衣を翻し、奥の方へと早足に行ってしまう。

 何かあったのだろうか?

 俺は首を小さく傾げ、『むむむ』と唸る。

 考えている間にも、何人もの医者が目の前を行き交った。

 もしかすると此処に来る間に一悶着あったのかもしれない。

 俺は小さく息を吸い込むと、拳を小さく握り奥へと歩き出した。


「ハーミットか。済まないが、もう少しそこで待っていてくれ」


 奥の部屋の扉を開けようかと思った直後、頭上から声をかけられる。

 振り返ると、白衣に幾つかのシミを付けた老医師が、額に汗をにじませ立っていた。


「何かあったんですか?」

「目覚めたのはよかったんだがパニックを起こしてしまって、その時に怪我をしてしまってね。だから済まないがもう少し待っていてくれ」


 “パニックを起こした”その言葉に俺は体を震わせる。

 そして俺は扉の向こうを見据えた。


「パニックとは、どういう感じだったのでしょうか……」

「パニックがどういう感じ……どういうことだ?」

「何か、こう……パニックになるきっかけなどは無かったのかと」

「――う~む、特になかったと思うのだが……本当に行き成りだったんだよ。体が無事でよかった。そう言った後だった筈だ」


 原因がわからないといった感じに、頭を抱え唸る老医師。

 パニックとは些細な事で起きるものだ。

 そしてきっかけは、きっと医師の言った最後の言葉だ。

 説明不足だったんだ。

 俺は溜まらず唇を噛み締める。


「すみませんでした」


 その言葉に老医師は険しい顔はそのままで、頭上に疑問符を浮かべた。


「私の説明不足が原因です」

「――どういうことだ? 君は十分説明してくれたじゃないか」

「はい、確りとどのような状態で倒れているかまでなら、私は余すことなく喋りました。しかし、逆に言えばそれ以外のことを話すことを忘れていたのです」


 体の怪我、体調回復だけなら俺の説明で十分だった。

 でも俺が助けたのは、兵士じゃない――ただの少女だ。

 少女がああなってしまったのは海賊が船を襲ったから、そして少女は生きている。

 あの地獄の様な空間が出来る瞬間にきっと立ち会っていたはずだ。

 心が傷ついていないわけがないじゃないか。

 その事を伝え忘れていた、いや医者を信じすぎていた。

 結果、少女はパニックに陥り怪我をした。

 ――これは俺の落ち度だ。

 俺は握っていた拳をさらに強く握りしめた。


「そんなことはない」


 俺の肩にそっと手をかけられた。

 上を向くと老医師が申し訳なさそうな顔をしていた。


「君だけのせいじゃない、わたしもその事を君の話を聞いたときに考慮しておくべきだった。お互い様だよ」


 肩を小さくポンポンと叩くと老医師は奥の部屋に入っていった。

 老医師が部屋に入っていくのを見送った後、俺はそっと息を吐き出すと扉前に置かれていた長椅子に腰を掛けた。


「パニックか…………」


 胸元からアンジェリカにもらったネックレスを取り出しながら呟く。

 今でこそ昔の事を思い出しても、ある程度は平常心でいられるが、俺も少し前までは似たようなことに悩まされていた。



 PTSD――心的外傷後ストレス障害。

 一般的に言えば、恐ろしい出来事、並び対象者の対処能力を圧倒的に上回った出来事を体験したことにより、心が傷つき、永遠に心を蝕む病気だ。

 もっと極端に言えば過去のトラウマによる病気と言えよう。

 俺はPTSD患者だった。


 発症したのは、第3次海峡戦争の直後。

 そしてその原因はいくつかあるが、最大のきっかけはキャロの死。

 その最初は、夜眠れなくなるとういう物で、日を追うごとにその症状は酷くなり、金縛りや悪夢、極度の脱力感や、何もしたくないという感情が強くなり自室にこもりがちになった。

 廃人とも呼ばれたこともあった。

 それくらいあの当時は荒んでいた。



 それから2か月程が経ち、戦争の事後処理などが着々と終っていく中で俺はある式典に呼び出される。

 そして、


 ――――戦争終結への糸口を開いた“英雄”


 よりにもよって壇上に上がった俺に、勲章と供にかけられた言葉は、キャロが最後に俺に掛けた言葉と一緒で、その言葉をきっかけに周りの風景が一変――俺は過去にタイムスリップをし、再びキャロを失う経験をした。

 その場でパニックを起こした俺は、軍の病院に運ばれ、その時にPTSDと言う病気だと診断されたのである。

 ちなみにこの現象は“フラッシュバック”と呼ばれる症状だということを後に知った。


 そして数年間、治療を続けた。

 治療方法は、どれもこれもが辛くて、死にたくなるような物ばかりだったのを覚えている。

 堪えきれずに何度も死のうと思った。

 自殺を図って間一髪のところを助けられたこともある。

 それでも治療を続けた結果、俺は回復した。


 今ではパニックも殆ど起こさなくなったし、思い出してもそれを過去の記憶だと判断できるようになった。




 パニックを起こした少女の事が気になった。

 彼女がどれほど辛い経験をしたのかは分からない。

 でも、そのせいで普通の生活ができないまでに心が傷ついてしまっているのかと思うと、体がキュッと縮まるような感覚がして、胸が熱くなる。



 助けてあげたい――



 自分が助けてもらったように、彼女がもう一度、普通の生活をまた送れるように。

 たとえ時間がかかっても、直してあげたい。

 そんな気持ちが胸にあふれる。

 俺はネックレスを軽く握りしめると目の前の扉を見上げた。


ご一読ありがとうございました!

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