Episode 25 : 美味しいパン
ヒューゴスティア連邦、ネブラスカ宙域、惑星フェスタリオ・フェスタリオ軍基地の中に設けられた作戦会議室。
大きなホールには地方駐屯軍の錚々たるメンバーが集まっていた。
「……この問題は我々のものだ我々で解決する。どこの馬の骨ともしれぬ貴様らなど必要ない」
「へェ、そりゃいいぜ……だがなァ、あんたらがチンタラやってる間に大勢人が死んでんだぜ?」
暗い室内、薄緑のホログラムモニターの光に照らされたランドの顔は何時にもなく、威圧感が出ていた。
この場にはランドをはじめとする『クラウソラス』のメンバーもいる。
ランドたちの目的は一つ、海賊たちの討伐に乗り出す許可を貰う事。
しかし先日、セクター5に合流するはずだった軍は来なかった。
海賊に襲われていたのだ。
知ったのは2日前――フェスタリオに入港してからの事である。
許可を出してくれるはずだった将校は死亡――結果、現在進行形で作戦の足止めを食らう事となった。
「仕方がないだろ! 宇宙は広大で、我々は有限だ。すべてをカバーできるわけじゃないのだよ」
会議室、一つだけ他の席よりも離れた位置に設置された席にはネブラスカ駐屯軍司令官――ドクトレイ・ザンズバルスは見るからに興奮の様子を露わにし、露骨に目の前にいるランド達を軽蔑の目で睨み付けている。
海賊討伐を外部に委託したい思うメンバーは少数派。
蓋を開ければガチガチのプライドで固められたメンバーが過半数を占めていた。
そして先日、少数派はその長たる将校が死亡したことによりさらに立場が弱くなっていたのだ。
この場にいる大半はザンズバルスはじめ、部外者のランドらに対して明らかに敵意をむき出しにしている。
しかしこの程度で屈するランドではなかった。
「それは言い訳だろォ、あんたらの指定警備宙域、誰もいなかったぜ?」
「そんなはずはない! 我々はやっている」
ザンズバルスはテーブルを大きく叩きつけると、唾が飛ぶのも気にせず叫ぶ。
どれだけ言われようがザンズバルスに受け入れる気などない。
ただ、周囲の人々はそんなザンズバルスに注目を集め瞬く間に静かになった。
彼らとて現状が好ましいわけではないのだ、ただ外部の者の手を借りたくないだけ――
ランドは、そんな様子をため息交じりに眺めた後、口を開く。
「……じゃあ、あんたらの監督が甘いって訳だ。それでも他人の手を借りるのはプライドが許さないと――けっ、とんでもねぇ程頼もしいプライドだな」
周りがシンと静かになる。
ただしその反応は様々で、ランドに敵意を出し睨み付けるもの、頭を抱え俯くもの、ただボウッとする者、様々だった。
その光景は余りに滑稽で、余りに酷い。
ここは数多の宙域、その惑星、行政区、その防衛を務める軍隊の総本山とも呼べる場所。
それが中を覗き込めば、自己の生存本能だけを高めた老人の願いをかなえる場所に成り変わっていた。
「では、貴様らならできるというのか!」
声高々に叫ぶザンズバルス。
多数の味方を持ったこの老人は今やこの場の支配者だった。
彼の一言に周りが頷きランド達に疑惑の視線を送る。
「ああ、やってやるぜ」
この場にいる誰よりも突き抜けるように響く声、誰よりも熱く、そして頼もしく聞こえる声。
しかしこの場だからこそそう聞こえるが、実際にはどこまでも冷たく平坦なもの。
それでもこの場にいる者たちを奮い立たせる着火剤には十分だった。
「無駄な事は止めろ」
「おいおい、てめェが言ったんだぜ? それに俺達が失敗してもあんた等の損失は少ないはずだ。それとも他に何かあるのか」
「……ふんっ、今日は止めだ。また後日話をしよう」
ザンズバルスが立ち上がると周囲の老人たちも一斉に立ち上がる。
会議室に設けられた複数の扉が荒々しく開き、ザンズバルス一同は早足で退出して行く。
全員が出ていくのを見送ったランドは、その足をデスクに投げ出し煙草を吸った。
「はぁ……マジで腐ってやがったぜ」
「ああいうのは殴って頷かせりゃいいんだよ」
「もう我々だけで行動した方がいいのでは?」
隣のスィリーとマルメラもランドと同じく明らかに不満と苛立ちがたまっていた。
もうここにきて6日立つ。
元々戦闘が本職のランドたちにとって、毎日狭い部屋の中でゴチャゴチャ喋るのはストレスでしかない。
「止めとけェ、あんまり悪口いってると撃たれちまうぜ?」
「プ八ッ! ランド、今のジョーク良いなっ、いいぜ! ガンマン対決だッ」
「スィリー、馬鹿が透けてるぞ」
「うっせー! フェミ野郎、俺は戦いに生きてんだッ」
会議室に響き渡る品のない会話――それでも、先程の前に進むように見せかけ進まない会話よりもよほどマシだとランドは思った。
理由は簡単、無駄って事が一発でわかるからだ。
聞かなくてもいいと判断できる。
「そろそろ戻るか」
「今日は、ランドのおごりだぜ」
「なら早速帰りたいですね」
「おいおい、俺がまた払うのかよォ……老人いたわれェ」
ランドが立ち上がると他の2人も立ち上がる。
会議室の出口に差し掛かった時に警備兵が3人を睨み付けたが、3人は歯牙にもかけずに基地を後にする。
澄み渡ったフェスタリオの青空の下、巨大な建造物から出てくる黒塗りのSUV、中は3人の男たちによって騒がしかった。
「なあランド、なんで今回は俺達だけなんだ? ハイドとかいりゃもっと早く進むんじゃないのか?」
「んっ、ああ。まあそうなんだが、あの生存者の子? あれと話してもらうために残った」
「――そういえば昨日、ハイドから連絡ありましたよ」
「マジかァ! で、何つってた?」
「嫌われてる、と」
「がっはっは、嫌われてるかァッ! こりゃハイド連れてきちまえばよかったかもなァ」
クラクションをバンバンと何度もランドが叩く。
その度に大きな電子音が鳴り響き、周囲に他の車両が居たらたちまち迷惑車両と認定されていたほど五月蠅かった。
「隊長ッ! クラクション叩くのやめてください!」
「あァ……なんって言ったぁッ? 聞こえねェ」
「 隊長! う る さ い です!」
「ああ、すまねェ――いやぁ余りに面白いからよぉ」
クラクションが止む。
後ろで耳を塞いでいたスィリーが耳から手を離した。
「そういえば、ルーはなんで出てこなかったんだよ」
「ルー? ああ、あいつは……なんで出て来なかったんだっけなァ」
「隊長、ルーはANIMEを見るのが忙しいと言って部屋から出て来なかったんです!」
「ああ、だってよ?」
「相変わらずだなルーは」
「一般人の出だからと言ってもヤル気が無さすぎると思うんですが……」
助手席に座るマルメラが、髪をいじりながらボソッと呟く。
ただその声は周囲の雑音から他の二人には聞こえていなかった。
「ああ、そういえば隊長」
「何だ?」
「なぜ前回、俺とレディを一緒にしてくれなかったんですか!」
「それはだなァ、レディから、お前と組みたくないって申告きたからだよ」
「……マジですか?」
「ああ、おおマジ、おおマジ。お前何かやったのか?」
「い、いえ……普段通りに接しているだけなのですが」
「――んじゃそれじゃね?」
「ええっ‼」
「がっはっは、天下のモテ男も敗れる日が来たか。良いねェ、今日は酒がうまくなる」
「へっ、ざまァないなフェミ野郎」
× × ×
「気分はどうですか?」
ベッド脇に置かれた椅子を引っ張り出すと座りながら、目の前のベッドの上に居る少女に話しかけた。
少女は姿勢こそ起こしているが顔は正面を向いたまま動かない。
目を覚まして数日、彼女はずっとこんな状態のまま変化がない。
それでもハイドや他の医者が入るとパニックを起こすあたり、しっかりと意識はあるとはずだ。
「元気そうですね」
「…………」
彼女は変わらず黙ったまま。
仕方がないと言えば仕方がない。
目が覚めたからと言っても、彼女は深い心の傷から逃げるために心を鈍らせてしまっているのだから。
でも、このままこんな生活を続けていれば、きっとまた、彼女は大きく心傷つけてしまうかもしれない。
だからこそ治してあげたい――が今はそのときじゃない。
まずは彼女がある程度話すことができるようになるまで待つ。
「そういえば夕食はどうでしたか?」
チラリと横を見る。
今日の彼女の夕食は、パン、サラダ、そして肉団子のスープ。
パンが少しだけかじってあるから、今日は食べてくれたのだろう。
「もう少し食べないと痩せちゃいますよ」
「…………」
彼女は少しだけ料理の方を見た。
何時も見るだけで食べてくれないのだ。
なんとかして食べてもらいたい。
「別に何も悪い物は言ってないですから、ちゃんと食べてください」
俺はパンを小さくちぎると自分の口に放り込んだ。
「――――おいしい」
彼女が見える位置でパンを食べてみせる。
ああ、というかホントにこのパン美味しい……。
自分の物なら食べてしまいたいくらいだ。
どうだ――
彼女の方をチラリとみる。
すると彼女がゆっくりとだがパンに手を伸ばしていく。
栄養剤などでそれなりに健康状態は管理しているが、それでも彼女の手は日に日に痩せていた。
彼女の白く細い手がパンを掴む。
彼女はパンを両手で持つと小さく口を開け、パンを齧った。
「おいしい?」
彼女の顔を眺めつつ尋ねる。
彼女の小さいホッペはせわしなく動き、パンを齧っている。
白磁の肌に、透き通るような銀髪。
目は今は俯いているせいか見えないが、綺麗なグリーンをしている。
なんというか小動物を見ている気分になってくる。
彼女と目があう。
「…………」
――前よりも元気そうだ。
よかった。
「…………」
なぜかパンを皿に置かないで真っ直ぐ俺の方に伸ばしてくる。
……どうかしたのだろうか。
「…………」
俺の口元でパンが止まる。
「美味しくなかった?」
彼女の目に若干の感情が見える。
なんというか不満そうだ。
いや、なんか機嫌がみるみる悪くなってる気がする。
えっ、どういうことだ。
感情が現れてうれしい反面、彼女の表す感情に戸惑う。
「――べて」
「え……?」
静かになった室内に美しい小鳥のさえずりの様な声が一瞬だけ響く。
この声は、誰が……。
「あげ――」
「……わ、私に?」
二回目で彼女の声だという事に気付いた。
“あげる”と言っていたのか。
何を、と思ったが、このパンの事だろう。
「でも君の分が」
「――く、れあ―た、べて――すご、かわい――あげ、る」
「…………」
確かに美味しそうに食べたし、実際美味しかったんだが……彼女に食べてもらうためにやったのだ。
あれぇ、可笑しいなぁ。
とか考えていたら、口元のパンが更に強く押し付けられていた。
良い匂いが――
ダメだ、これは彼女の分。
ぐ、さらに押しつけが強くなった。
美味しいそう……いや、でも――
気づけばパンを齧っていた。
「おい、しぃ?」
クリクリとした彼女の目が俺を見つめる。
美味しい、おいしいけどさ!
「ふッ――かわ、いい……」
言わないでくれッ!
「――これは君の分なんだ、君が食べなきゃ……」
「えれ、な」
「――えっ」
「わた、しの、な、まえ」
彼女の顔をみれば、ぎこちなくこちらに微笑んでいた。
ご一読ありがとうございました!
(更新が遅れていて申し訳ないです)




