Episode 23 : 破壊者の手
襲われた客船は想像以上に破壊の限りを尽くされていた。
此処に来る前に艦橋で見た黒い模様、あれは強襲ポッドが刺ささりそして抜けた跡だったのだ。
第3デッキから自分たちの強襲ポッドまでの最短ルート上には幾つものエアロックが立ちはだかり、その向こうには宇宙が牙をむいていた。
宇宙空間は生身の人間には優しくない環境だ。
もしも生身で真空空間に飛び出せば、肉体の内部の圧力が皮膚を押し上げ、動脈、静脈、眼球、皮膚、全てがバルーンのように膨らむことになるだろう、端から見れば、突然、透明人間に全身の皮を引きはがされたように見えるはずだ。
他にも、窒息、凍死、放射線被曝、宇宙線、宇宙は人間に対しして様々な殺し方を用意している。
空間戦闘服はこれらから人体を守るよう設計されている。
MCSもまた然りだ。
しかし、ただの布きれでは、どんなに高級なブランドショップで買った物だろうが、これらから身を守る術はない。
幸い空間戦闘服を着た俺とハイドだけならエアロックをこじ開け宇宙に飛び出しても死にはしないだろう。
だがハイドが背負った生存者は、確実に、この果てしなく広い無重力空間で死を迎えることになる。
つまり何が言いたいかと言えば、俺達は遠回りを強いられていた。
「ここも行き止まり――」
砂漠の様な色合いのエアロックが、迷路の行き止まりの様に、俺達の前に立ちはだかる。
これでもう10回目だ。
そろそろ迷子センターがあるのなら、係員が俺達をアナウンスで呼び出していてもおかしくはない。
俺はエアロックに拳を叩きつけた。
『レディ、すまなかった』
薄暗い通路の方に振り返ると申し訳なさそうな声を出したハイドがいた。
「気にしないでください、これで5勝5敗って感じです。それより後ろの子は?」
『まだ大丈夫だが、どちらにしろ不味いのには変わりない』
「急ぎましょう。それと、先ほどからランドと連絡が取れません」
『ランドだけじゃない、他の奴らともだ』
他も――何かにやられた?
いやそんなはずはない、彼らは仮にもエリートの端くれの様な集団だ。
やられるはずがない、仮にやられるとしても、何も連絡なしにやられるような彼らじゃないはずだ。
「ハイドさん、もしかすると……」
『ああ、まだ“奴ら”が居るのかもしれねェ』
俺は構えていたブラスターのセーフティを外すと、ストックを肩にあて再度構えな直した。
「先ほどよりもう少し用心した方がよさげですね」
『だな』
上部の照明が激しく点滅する廊下を引き帰す。
照明が明るくなるたび、照らされる亡骸と睨めっこしながら新しいルートを探していく。
壁の一か所に緑色の横長の光が見えた。
その光は数秒に一度小さく点滅を繰り返している。
非常口だ。
俺は小走りに非常口前まで移動する。
扉に左手を当てると、右手で左手首のパネルを操作、ソナーを起動した。
戦闘服には様々な機能が搭載されてる。
その中の一つが音響探査だ。
ソナーは左掌に内蔵されていて、起動すると掌が人間には感じ取れないほど、超高速振動を放つ。
使用出来る場所は限られているが、壁や扉の向こうの空間を調べることが可能である。
左手首に着いたモニターを確認する。
“ Height:50m
Length:3~6m
Width:10m
Moving:2 〟
「大丈夫、空気はありました、ただ――」
『ただ――どうした?』
俺は再度モニターを確認する。
間違いない、この中に動く物体が少なくとも2つある。
「何かがいます」
『数は?』
「二体、小隊周波数に応答なし」
『生存者だと思うか?』
「さあ……私としてはここを襲った奴らだと思いますね」
『奇遇だな、俺もそう思う』
ハイドが通路後方に退去する。
俺は扉横の壁に張り付き待機姿勢をとった。
俺はもう一度ソナーを起動させた。
どうやら中にいる奴らは下に降りてきているようだ。
「こっちに来てます」
『了解だ』
ブラスターの銃口を上方向に傾け胸元に抱える。
ヘルメットに内蔵された集音マイクが、階段をゆっくりと潜める様に降りる足音を拾った。
「そういえば、敵の扱いは?」
『あれ? しらなかったっけか?』
「すみません」
ブリーフィング前に何も言われなかった。
俺は他にも、出発前の会話を思い出してみた。
しかし、どうにもこうにもジョーク交じりの日常会話しか思い出すことが出来ない。
『――って、ああそうだ。レディはこれが初だったな』
ハイドが何か思い出した様に、笛のような声を出した。
そして一呼吸おいてハイドが言う。
『とりあえず何も言われないときは“潰せ”だ』
「言われたときは?」
『それはその時考えればいい。今回は分かるか?』
「潰せ」
『それでいい』
ほぅ――これはいいな。
小難しいことを省くあたりが指揮官であるランドらしい、この部隊ではこれ以上に従いやすい命令もないだろう。
俺はヘルメット内部のライトと、左手首のモニターの明かりを消し、息を潜める。
その動作が終わるのと同時に、扉が非常口の方に動き、中から2人の男が出てきた。
「もう死体はうんざりだ!」
「よせよ、そう言って逃げ出した奴がどうなったか知ってるだろ?」
各所に軽装甲板を着けた、赤色のジャンプスーツの男達が何やら愚痴を吐き捨てながら出てきた。
左側の男は死体を蹴りつけては、大声で不満をまき散らしている。
まだ、気づかれてない。
殺すのは、まだだ。
それより今は、少しでも情報が欲しい。
「ああ――ッ! 知ってるよッ。でもよお、俺達は何もさせてもらえないんだぜ? 新参だからって舐めやがって! いつかあいつ等全員ぶっ殺してやらねと気が済まねえ‼」
「待てよ……俺達は宇宙港までこん中いりゃ金もらえるんだぜ? 臭いさえ気にしなきゃ楽な仕事だ。それに形がいいのも残ってるし」
「はあぁ――死体となんかヤれねぇっての、俺は生きてるのとじゃなきゃやらねェの、おk?」
「ああ、わかったよ。それより早く、さっき船が揺れた異常調べて帰ろうぜ、臭いが染みちまう」
「――だな」
どうやら敵はこれだけじゃないらしい。
だが此処にいるのはこの二人だけ……殺すか――
それとも一人残すべきだろうか。
そう考えているうちにハイドの方へと進む二人。
考える時間はなさそうだ――
俺はブラスタ―をそっと構え。左の男の頭部にターゲットマーカーを合わせる。
発砲――
銃口から青色の光線が放たれ、左の男の頭部に直撃――
頭部が赤い霧を放ちながら蒸発し、男はもんどりを打って倒れた。
隣の男が半狂乱の声を上げ取り乱す。
素早く照準を合わせ発砲。
同じく頭部を蒸発させ倒れた。
「ターゲットダウン」
俺はブラスターを下におろした。
『後ろだっ!』
叫ぶハイドの言葉に振り返る。
目前に巨大な刃。
不味いっ!
手に持ったブラスターを俺の体と刃の間に滑り込ませる。
ガツンッ――鈍い音が通路に響き、手元に衝撃、ブラスターが宙を舞い後方に吹き飛ばされる。
「ちっ」
刃が現れた方向からハッキリとした舌打ちが聞こえた。
しかし刃の先、本体は闇の中に素早く隠れてしまう。
「誰だっ!」
俺は通路の奥、墨汁を垂れ流したような空間に向かって叫んだ。
「役立たずも少しは使えるかと思ったが――とんだ思い違いだったようだなあ?」
俺の声を無視するかのように、苛立ちをまとわせた男の声。
俺は粒子ナイフをとりだし暗闇に向かって構える。
「ハイド、新手がきました」
『ああ、囲まれてる』
「――えっ」
『安心しろこっちは俺が何とかする、レディはそっちに集中しろ』
「でも――」
後ろに少女を背負った状態で敵を倒せるはずがない、そう言おうとした時だった。
正面から再び刃が現れ、
『大丈夫だ! レディ! お前はそっちに集中しろ!』
ハイドの叫び声と重なった。
身を逸らし、素早く後退――
俺の眼前を剣線が通過する。
「避けんなよぉ……楽しくねぇじゃんかあ」
「一体何者だ、答えろ! ここを襲ったのはお前たちでいいのか!」
「――ぁあ? 俺は海賊でここを襲った。それが何か問題あんのかあ、アアッ」
奥から出てきた男は細身だった。
手に持っているのは実体剣、刃渡りが50㎝を超えるのではないかと思うほどのサーベル。
髪は長く、黒い。
手入れされていないその髪は昨日や今日でなった物ではなく、かなり長い期間の中でなったものに見える。
身に着けているのは一般規格の空間戦闘服。
軍の物より幾分性能は劣るが最低限の機能は備わっているはずだ。
「――おっ……お前女だな? 大人しくすれば殺さないでやってもいいぜ――へ、へへっ」
そう男は口元を大きく歪ませ気色の悪い顔をしてサーベルを舐めた。
「下衆が……」
俺はナイフの柄を強く握り、姿勢を低くする。
粒子ナイフは刃渡り10㎝。
体格、得物、全てにおいて俺が不利だ。
それに敵が何かを隠しているかもしれない。
慎重に行くべきか……。
小さく足を動かし男に近づく。
「何? ビビってんの? 早く来いよぉ」
男は狂ったような笑い声を上げながらその場を動こうとしない。
舐めているのか――
俺はナイフを強く構えると、足を大きく踏み込んだ。
正面からサーベル。
しゃがみ込み回避。
続いてナイフで斬撃――
その直前に頭上からサーベル。
くそっ!
俺は咄嗟に床を蹴り、横に回避する。
受け身を取りながら床を転がり、壁際で停止。
直後、俺のいた位置から甲高い金属の跳ねる音がした。
「ちっ、今の避けれる奴初めて見た」
不服そうな男の声が頭上から降り注ぐ。
上を見上げれば、男が俺の頭上でサーベルを振り上げている。
敵の動きは早かった。
そして俺よりも体格、得物長さ、全てにおいて相手のが有利だ。
……でも、勝てないわけではない――
「でもここまでだなぁ! あばよ――ッ!」
俺の脳天目掛けて振り下ろされるサーベル。
ギリギリまで引きつける。
始め、鉛筆大に見えたサーベルは、巨大になり視界を埋め尽くす。
勿論大人しく刺されるつもりは無い。
足元にあった壁を強く蹴り飛ばす。
壁を蹴った左足に変わり、待機させていた右足を男の足目掛けて蹴り込む――
「――あ?」
戦闘服のパワーアシストにより、強化された俺の右足の蹴り込みは、男の軸足を宙に弾き飛ばした。
突然バランスを失った男の体は前のめりに倒れ込む。
俺は回転を利用し立ち上がると、男の背中目掛けて膝蹴りを叩きこんだ。
男の装甲服が奇怪な音を立て凹み、男は苦悶の声を上げる。
このまま、とどめを――
粒子ナイフを振り上げた時だった。
男の体が大きく左右に揺れる。
「うわ――ッ」
上に載っていた俺は、あわやバランスを崩しそうになり脱出。
その隙に男は立ち上がっていた。
「はぁ……はぁ……畜生ッ!」
足を縺れさせながら、男はサーベルを構えた。
そのまま俺目掛けて突撃をかけてくる。
しかし、男が俺に一撃を入れることができる可能性は、この時点で限りなくゼロになった。
ただ、冷静さを欠いた男はその判断をすることができていないようだ。
このチャンス、逃すわけにはいかない。
突っ込んでくる男を躱し、粒子ナイフで腕を斬りつける、サーベルが男の腕から落ち、男は悲鳴と恐怖の混じった咆哮を上げた。
続け様に男の肩に手をかけ、男の顔面を勢いよく壁にぶつけた。
壁に激突した後、男はよろけなががら後退する。
俺はさらなる追撃を掛ける為、男のひざ裏を思いっきり踏み抜いた。
枯れ枝が折れる様な音と供に、男が床に倒れる。
男の無防備になった首元に粒子ナイフを突き立て、ねじった。
男は数度痙攣した後、口から血を流し絶命した。
「ハイド、そっちは?」
「ぐえっ――」
ハイドに加勢しようと思い、振り向くと。
首が不自然な方向に曲がった男が足元に転がってきた。
『今終わった』
ハイドの足元には少なくとも新しい死体が2つある。
足だけで3人も相手にしたのか――
「ハイド、怪我は?」
『んっ? ああ問題ない。戦闘服が少し削れたくらいだ。もちろん、後ろのお客さんには指一本触れさせてないぜ』
思わず安堵の息が漏れる。
それと同時にハイドの格闘能力の高さに度肝を抜かれそうだった。
俺はハイドと合流する。
丁度その時だった。
耳元からノイズ交じりにランドの声が聞こえた。
『コマンドより、ジャマーを排除した。繰り返す、ジャマ―を排除した』
「ランドさん」
『んっ、あ。レディ、無事か?』
「敵が数名潜んでいました。そちらは大丈夫ですか?」
『ああ、ちょっと多かったが全部やった。さっきの通信障害は奴らがジャマ―を起動してたからだ』
「なるほど、それと今、遠回りを強いられているのですがどうすればいいでしょう?」
『了解だ。少し待ってろ』
そういうと一旦通信が途切れる。
そして数秒後、再度つながった。
『ルーに調べさせた。マップデータをそっちに送る』
「感謝します」
『礼ならルーに言ってくれ、さあ引き上げるぞ』
「了解」
ご一読ありがとうございました!




