Episode 17 : クラウソラスの愉快な人々
先日まで風邪をこじらせておりましたが治りました。
更新ペースが最初の様に戻れるよう頑張ります!
美しく磨き上げられたダークブラウンの壁が特徴的なモダンルーム。
部屋には大人5人は座れそうなソファ、に大きめのテーブル。
そして頭上からは白の蛍光灯がその部屋全体を明るく照らしている。
『クラウソラス』に与えられているミーティングルームである。
俺の右手には大きなゴミ袋。
そして中には大小様々多種多様のゴミの山――
この部屋はつい先ほどまで汚れに汚れていた。
軍の特徴としてあげるなら“清潔”そう胸を張って少し前の俺は言えただろう。
そうやって軍に入ってから教育されてきたからだ。
起きてからのベッドメイク、部屋の掃除、使うところすべての掃除。
なにからなにまで掃除の類は徹底的に教育されてきた。
だからこそ、汚れた空間を見ていても経っても居られずに配属初日にも関わらず、俺は一心不乱に部屋の掃除をしていた。
「なんで、こんなに汚れるまでっ!」
右手に持った雑巾でガラステーブルの上に広がって固まっている汚れをふき取る。
「あ、ははは……男ばっかりだとどうしてもね」
後ろで叩きを持ち、俺の手の届かない部部のホコリを掃除しているハイドが俺の愚痴に対して苦笑している。
俺だって中身は男だよっ!
先程、俺のプライドを盛大に砕いてきたハイドを睨みつけ、先を縛ったゴミ袋を投げつける。
「うぅおわっ! 『レディ』まだ怒ってる?」
「怒ってないですよ! 立ち止まってないでゴミ袋外に出して来てくださいっ」
「お、おう」
まったく「怒ってる?」とか聞くならその呼び方やめてくれればいいのに。
俺は汚れてしまった雑巾をバケツに放り込み新しい雑巾を取り出す、そして入口正面――大きな窓を拭いていく。
外は如何やら『駆逐艦ドッグ』のようだ。
ただ話と聞いていたのと違うのは、此処には300m級の駆逐艦が横並びに4隻は入る大きさの物であるという事。それともあの話に出てきていない別の場所なのだろうか。
「この窓から見えるのはグラーディオが所有する艦船が入るための専用ドッグなんだ」
優しい声音でそっと驚かせない程度の音量が耳元でささやかれた。
その声の主の方に顔を向ける。
すると透き通るような白い肌に金色の瞳が特徴的な青年の顔が真横に現れる。
「え、えっと誰ですか?」
男はしゃがんだまま、少し、はにかんだように笑うと手を差し出してくる。
「俺はクラウソラス小隊副隊長、マルティン・メラート。噂には聞いていたけど本当に美しいよクレア、これからよろしく頼むよ」
「……え、ああ。はい……よろしくお願いします」
震える手を抑えて握手を交わす。
手が震えている理由は勿論、気持ち悪いからである。
「大丈夫、俺はランドやハイドのように君に失礼な事をしたり言うつもりは無い」
「は、はあ」
ならそのがっしりと握って離さない手をどけてもらえないだろうか……。
「何か質問はあるかい? なんでもこたえるよ」
「えっと……それじゃあ」
「あぁ」
「手を離してください」
「……君の可愛さに思わず見とれていて忘れていたよ――失礼、君の気分を害していたようだね」
そういうとそっと手を離して立ち上がる青年。
そしてニカッっと快活な笑顔を俺に向ける。
一々とる行動がさっきから俺にとって屈辱的でしかない事を彼には知ってほしいところだ。
しかしそれを言えない自分の立場がもどかしい。
「えっとメラートさん」
「マルメラって呼んでくれよ。この隊じゃそう呼ばれてるからさ……あっ、でもクレアにだったらマルティンって呼ばれても悪くはないかも」
「マルメラさんで」
「それは残念だ」
そういうとマルメラはソファに“華麗に”座る。
一々動作がムカつくが、何も失礼なことは言われていない ハ ズ なので怒るに怒れない。
マルメラはソファの背もたれに両腕を大きく広げると足を組みなおした。
「部屋が綺麗になってる……クレア、君がやってくれたのか、凄いよ本当に綺麗だ。特にそこの棚の上とか――」
「そこはハイドさんがやってくれました」
「…………」
黙り込むマルメラ。
そして俺は此処だと思い口を開く。
「あの、上官に対して失礼だとは思いますがその馴れ馴れしい口調どうにかなりませんか?」
「い、いやこれは生来のものでね」
「じゃあ呼び方だけでもせめて何とかしてください」
この際なら『レディ』と呼ばれた方がましだ。
マルメラを軽く睨み付ける。
「あはは、わかった。直すよ、でも俺。君のそういう少し怒った顔も好きになっちゃいそうだ」
全然、わかってねぇ……。
俺はそんなマルメラを無視することにした。
そして掃除を再開する。
マルメラもそれ以降は無理に話しかけてくるわけでもなく端末を眺めて座るだけにとどまった。
「それじゃ『レディ』また来るよ」
マルメラは暫くすると席を立ち出口へと足を進める。
「できれば今度は二人以上で来てください」
「ははは、嫌われちゃったなぁ~。それじゃあね」
去り際に後姿のまま俺の方に軽く手を振って帰っていくマルメラは、そこだけ見るとまるで映画のワンシーンの様であった。
あどけなさと野生が垣間見える甘いフェイス。
そして鍛え上げられた体もファッションモデルのような体形を保合ったままの物。
そんな彼だからこそ映えるのだろう。
ただし、その好意を向けられた俺は、さながらゲイバーにでも入ったような気分だった。
○○○○!
疲れた俺はソファに座り背もたれに体をゆだねる。
「ふっ! ん~……」
軽くあくびをしながら背筋を伸ばす。
それから改めてソファに深く座りなおした。
× × ×
「――ィリー、M――――どう―――ぱり整―――か?」
「――――よぉ! 左腕の粒子剣モジュール? あれ最近切れ味落ちてきたんだよっ!」
隣で聞こえるガマガエルの大合唱。
その余りの大きさに俺は深い眠りから目を覚ました。
「い、つ、まに帰って、たん、でか?」
目をこすり、欠伸をしつつ、正面で話している二人の男のうちの一人――ハイドに話しかける。
「――ん。 おはようすまないね。話し込んでいたら声が大きくなってたみたいだ、はっはっはっ」
「いえ……ふあぁ~」
と―――突然髪を触られる感触がした。
「――ひゃあっ!」
「わ、わりぃ‼」
びっくりして思わず変な声が出る。
そして隣を見ると「やってしまった」と言う顔をした、イガイガ頭が特徴的な男と目があった。
「いきなり何するんですかっ!」
思わず初対面の男に怒声を浴びせた。
怒った理由は言わずもがな髪を触られたこと。
最近、こういう事で怒ることに余り違和感を覚えなくなってきた。
「いや、ごめっ……その髪を触りたくて」
「子供ですかっ」
「お、おおおお――俺は子供じゃねえよっ! ついでにバカって言うなああっ」
急に男が立ち上がり頭を押さえ唸り声を上げる。
えっ――ちょっ、一体どういうことだ?
俺は軽く後ずさり逃げる準備をする。
「いや、えっと。バカなんて言ってませんよ?」
「今言ったじゃねえかアァアア」
あ、まちがいねぇバカだわ。
ななめ正面のハイドがこめかみを軽く押さえながら口を開く。
「彼はレジー・マードックだ。ちなみにあだ名は『スィリー』。元連邦陸軍惑星降下部隊だ」
「ハイドっ!てめぇ、どさくさに紛れて陸軍馬鹿にしただろ!」
隣のスィリーが机を叩きハイドに怒鳴る。
「えっ? いや、スィリー、俺はもともと保安局の人間だから別にそういうのあんまり思ってないって前から言ってるだろ。というか言ってない」
「あっ、え、あ、ああ。そうか」
スィリーは納得したのか落ち着きを取り戻し椅子に座った。
やっぱりバカだな――
ただ俺は、この二人のやり取りになんとなく微笑ましさを感じた。
素直なのか馬鹿なのか。
スィリーは悪い奴には思えない。
しかし俺はこの会話の中で、一つ気になることを聞いた。
「――あれ?お二人とも航宙軍の方じゃないんですか?」
コマンダーズは航宙軍を見本にしているから、てっきり其処に努める人々も航宙軍上がりだと思っていた。
俺は首を軽くひねりハイドに尋ねる。
「ああ、それはこの部隊だけじゃないかな。ちなみに俺は保安局でMCSのメンテナンスやカスタマイズをしてた」
「おっ俺はっ! 惑星降下部隊『ミョルニル』ってところで対近距離戦MCS部隊で敵切ってた!」
ハイドは頭をかいて「恥ずかしながら」とでも言った様子で、対するスィリーは「言わなきゃいけないかもしれない」と焦った様に答える。
そして俺はスィリーの答えた部隊名に驚きを隠せなず口を少しポカンとあけてしまった。
彼の元所属していた場所は連邦以外でもかなり有名な部隊で、連邦じゃその名を知らない人はいない程有名だった。
ヒューゴスティア連邦陸軍惑星降下部隊『ミョルニル』
ミルキー紛争及び、第三次海峡戦争の白兵戦において最も人を殺したといわれる部隊。
その武装は近接専用にカスタマイズされ遠距離武装を排除した“究極の近距離特化型”MCS。
唯一持っている遠距離武装はハンドガンのみ。
それなのに惑星侵攻作戦に置いて部隊での死傷者は一般的な陸軍部隊なら5ケタが当たり前のところをわずか3桁にまで抑えた部隊。
彼らの姿を見た敵はみるみる戦意を失ったと言われている。
幾つかは噂で聞いたことだが。
その噂が嘘だと感じさせない『ミョルニル』という部隊は、連邦でも屈指のエリート部隊とされている。
「スィリー……ごめんなさい」
「えっ? あ、なんだかよくわからないが良いぜ!」
聞いてみないと人って何があるかわからない。
ポカンとしているスィリーを見て改めてそう感じた。
「ちなみにランドは?」
「えっ、あ。隊長? 隊長は……なんだっけ?」
ハイドは困った様に眉を顰め、額に手を開け唸る。
「えっハイドもしらねぇの? 俺も知らねぇ」
対するスィリーは知らなくてもどうでも良さそうだった。
「あれ――お二人とも知らないんですか?」
でもまあ、意外だ。
あのおっさんなら腕も確かだろうし、何よりあの性格だからそれを自慢していると思ったんだけどな。
少し上を向き彼が何だったのかを想像してみる――
正面からハイドの声が聞こえてきた。
「隊長はあんまりそういう話してくれないんだよな」
「そっ! なんか聞こうとするとさ「もうそんな昔の事忘れてらぁ~、もしかしたらボケてるのかもしれねぇがはは」とかいって教えてくれないんだぜ」
意図的に隠しているのか、本当に忘れているのか。
「意外です」
「まあ、もしかしたら話したくない理由があるかもしれないから深く聞かない方がいいと思うぞ」
「俺は知りたいけどなっ!」
ランドは一体何をしていたのだろうか……。
気になるなぁ。
ついでに彼の事も聞いておこう。
「あ、じゃあ、ちなみにマルメラは?」
「んっ『レディ』はもうマルメラに会ってたのか?」
「ええ、さっき」
そういうとハイドが明らかに嫌そうな顔をして俺を見る。
「何もされなかったか?」
ため息を吐くハイドを見て、俺は先ほどの出来事を振り返ってみる。
嫌な事と言えば、あいつの存在そのものだが、何かされたかと言えば一寸変わった挨拶をされたくらいだ。
特に何かがあったという訳でもない。
「いえ別に、どうしてですか?」
「あいつ矢鱈と女に甘いんだよ」
「あとよく手ぇだす」
「そ、そうですか」
二人が見つめ合って同時にため息を出して俯いた。
昔、二人と一人の間に何か嫌な事でもあったのだろうか。
そんな二人の姿に居た堪れなくなった俺は窓の方を向いた。
そしてしばしの沈黙の後、ハイドが1オクターブ下がったような低い声で喋る。
「で、ああそうそう。マルメラか……マルメラはたしか元連邦航宙軍戦闘歩兵群だ」
「マルメラは航宙軍なんですね」
「ああ、でも奴も凄いぞなんたって元ミッドフェルだ」
ミッドフェル――
『ミョルニル』を地上の白兵戦部隊だとすれば『ミッドフェル』は宇宙での白兵戦におけるエリート部隊。
ヒューゴスティア連邦航宙軍戦闘歩兵群『ミッドフェル』
『ミョルニル』と違って特に目立つことのない縁の下の力持ちのような存在なのが特徴とでも言っておくべきだろう。
彼らが普通の航宙軍と違うとのは、彼らが彼ら一人がそれこそ“本当に宇宙空間で戦う”ということだ。
彼らのやることは敵艦船に気付かれずに近づき、そして工作をして沈没させるものだ。
うまくやれば衛星機雷などよりもぐっと多くの敵の艦船を沈めることができる。
他にも敵の司令部に気付かれずに敵艦船を乗っ取り内部から攻撃させて戦況を混乱させたりすることもある。
反面、宇宙での作業はきわめて繊細でMCSの操作技術の他にも宇宙遊泳、宇宙遊泳中における精密作業を命綱なしで行う必要がある。
とりあえず常人じゃ入ることも難しい本当の意味でエリートの集まりの部隊だ。
なるほどそう言われるとマルメルらしいともいえる。
「なるほど納得ですね」
「えっ……あ、あれ? なっとくするんだ」
ハイドが「なぜだ」と言った様子でスィリーと見つめ合っている。
どこか不思議なところがあるのだろうか……。
「むしろぴったり過ぎて疑う余地がありませんでした」
少し戸惑いながらも自分の素直な感想を伝える。
「お、おう」
ハイドは相変わらず不思議そうな目で俺を見つめているが気にしないでおこう。
彼の心の中が分かるのは彼だけだ。
しかしこれから俺が入る部隊は思ったよりも、一人前になるのが難しそうだ。
「おいっハイド! 『ルー』の事もついでに教えてやれよ」
「ルー?」
若干上ずりの声を出す。
そして俺はスィリーの方を向き首をかしげる。
するとハイドの方が口を開いた。
「ああ、実はもう一人いるんだよ。まだあってないか?」
「あってないです」
なんだかんだで4人にはもう会っている。
ただ5人目は言われるまで知らなかった。
「いやぁ……あいつ部屋からあんまり出てこなくてよぉ」
「あいつ運動不足だからな骨だぜ骨っ」
「骨?」
「ああ、痩せてんの。モヤシ、モヤシ」
痩せ過ぎって意味だったのか、軍人にしては珍しいな。
「ああ『ルー』は元々一般人ってのもあるけど、殆ど戦闘じゃ動かないからな」
「一般人っ、動かない?」
「そう、ルーはドロイドを遠隔操作して戦うのさ。凄いぜ、あいつの戦い方はエグイ」
「エグイ?」
「ああ、やられた相手は堪ったもんじゃない。ついでに奴のドロイドは動き方もキモイ」
聞くだけで敵に回したくはないタイプの人間だという事がわかった。
それにしても一般人とはどういうことだ。
「それよりもなぜ一般人が此処に? ドロイドの操作がうまいというのは分かりましたけど」
「あいつは「ハッカー」なんだよそれも結構凄いやつね、そっち系は俺の専門外だからよく解らないけど上からお墨付き貰ってる」
「ようは情報収集担当って訳だぜっ」
「ああ、そういう」
情報収集担当の奴だったのか。
そういえばこれ系の人間は変わったやつが多いと聞くのだが彼はどうなのだろうか――まあ、たぶん変わってるに違いない。
部屋から出てこないのなら、会うのはもう少し先になりそうだが会った時にはしっかりとあいさつをしよう。
「今度会ったら挨拶しておきます」
「おう。それがいいぜ」
「それがいい」
二人が頷いたとき、後ろの出入り口が開いた。
「おめえらぁ挨拶は済んだみてぇだな」
体にピッタリとついたスーツを着る男――ランドがのしのしと、大きな体を引きずるように歩いてきた。そしてその姿を見たスィリーが、まるでご飯を前に「待て」と言われている犬のような顔で『ランド』を見つめている。
「おう隊長‼ 訓練かっ? 訓練やるのか!?」
「おうスィリーよく解ったな」
ランドは辺りを見渡し「ありゃ、綺麗になってらぁ」と小さく呟きながら部屋の中央まで移動する。
部屋の中央、そこにあるのはガラステーブル。
先ほどまで『酒瓶の森』と表現が出来そうなほど酒瓶が並んでいたのを俺が片づけた。
そして綺麗になったテーブルの上にランドが「よいしょ」と腰を下ろす。
「今回は新入りが入るってことで、俺の部隊恒例、新入り抜きでの戦闘訓練を一度行う。日時は明日の一六○○時、第256番デッキ、仮想訓練施設だ。何か質問はあるか」
ランドは先ほどまでとは違い厳しい目で俺達を一人一人丁寧に睨み付けてゆく。
ただ淡々と、それこそ武器の不調を確かめるかのように。
そしてそれは数分間続きその間の部屋は不気味なほど静かであった。
「無いみたいだな。んじゃこれを持って本日は解散だ。部屋からささっと出ろ、閉めるぞ」
大きく二回、手が叩かれ大きな音が鳴る。
その音が合図となりハイドとスィリーは足早に部屋を出ていった。
そしいて俺も部屋をもう一度だけ見渡すと部屋の外へと出た。
ご一読ありがとうございました!




