Episode 14 : 乙女としての夜明け
日課のトレーニングをいつもより早く切り上げ俺はジムを出た。
頬を撫でる風は朝よりも少し暖かい。
外は微かに藍色に染まって巣に戻ろうとしているのだろうか鳥があわただしく飛んでいる。
帰りは何時も帰りの時間が不規則になるため車は呼んでない。
とりあえず今から車を呼んで家に帰ろう。
さっきから体調がすこぶるよろしくない。
そして足を一歩踏み出した時だった。
ポタッ――
足元から謎の音が聞こえる。
そして丁度、足の付け根がじんわりと濡れていく感触。
決して量は多くない。
だが漏れている。
何かが俺の意図しない形で何かが漏れだしている。
やばい……。
漏らした⁈
嘘だろうっ。
確かに今の体は15歳の少女の物だ。
だがしかし、15歳の少女がお漏らしをしたら間違いなくそれは恥だ。
「漏らしちゃった~」と泣いて許される歳ではない。
くそっ、どういうことだ、尿意なんてなかったぞ。
確かに腹は痛かった。
それも今まで体験したことのない痛みだ。
だから今日は早く切り上げてアンジェリカに相談しようと思っていたのに……。
幸い固形物はもれていない。
不幸中の幸いだった、だが今漏れているものは明らかに俺の意志に反して流れ出している。
不味い……こんなところで立ってたら誰かに見つかる。
俺は重い足取りで近くの木の陰まで歩き出した。
歩くたびにじんわり湿った感覚が股に伝わり不快指数が上がっていく。
脱ぎたい……気持ち悪い。
木の陰にたどり着いた。
誰かに見られていないよな?
俺は後ろを振りかえ……。
振り返った瞬間、俺の背筋が凍りついた。
血痕、それが点々と、俺が歩いてきた場所にある。
小さく唸り声をあげた。
そしてそっと純白のワンピースの裾を持ち上げ地面を確認する。
あった、血だ。
間違いない……俺から出ている。
何処かを怪我したのか?
いや、外傷は無い。
だが確実に、これは俺から出ているものだ。
最近ずっと体調が優れなかった。
もしかすると何かの病気なのかもしれない。
それもかなり悪い奴だと思う。
そしてワンピースの裾をたくし上げた。
足の付け根は薄く血が広がっていた。
多分動いたせいで広がったのだろう。
我慢できるから問題ないと思っていた自分が馬鹿だった。
もしかしたら手遅れかもしれない。
明日には俺は死んでしまうのではないだろうか。
俺はこんなところで死んでしまうのか。
俺は思わずしゃがみこんだ。
「おい、どうしたっ!」
突然、頭上から声が聞こえてきた。
俯いていた頭を持ち上げ上を見上げる。
「なにがあったんだっ」
そこには心配そうに俺を見つめる中年の男がいた。
「うぅ、ひっく」
「ど、どどどうしたんだよっ! おい!」
良かった人が来てくれた、助かった。
安心して思わず涙が出てくる。
「どうしたんだっ‼」
後ろから別の男の声がした。
「おい、なにかあったみたいだぞっ」
「な、な、何があったんだ?」
いつの間にか大勢の人が俺の周りに集まっていた。
殆どの人が会ったことがある人だった。
「って! クレアちゃんじゃねぇか」
「というか血があるけど本当に大丈夫か?!」
「そ、そうだ何があったんだよっ」
周りがざわざわとさざ波のように騒がしい。
でもなぜだか安心感があった。
一人で死なずにすむ、と。
「はい。突然、股から血が……」
そう言った瞬間、まるで時間が止まったかのように周りの喧騒がピタリと止んだ。
そしてその場の全員が固まっていた。
「あ、あの」
「……」
男たちは全員あさっての方向を見つめていた。
そして何人かは俺の方を見て口をパクパクさせていた。
「助けて」
「……」
誰も、何も、その場にいる全ての人間が固まったまま次の行動をしようとしない。
「皆固まってどうしたんだい?」
ジムの方から最近聞きなれた男の声が聞こえた。
そしてその足音がこちらに近づいてくるのが解る。
「って、あれ? クレアちゃんじゃないか」
アレクだ。
まだ彼は行動できる。
助けてもらわなければ。
「アレクさん、助けてください」
「えっ? あ~……えっと、どうしたの?」
アレクは頭上にクエッションマークを浮かべ俺を見た。
「股から血が出てきたんですっ!!」
「……」
叫んだ。
今度はもっとしっかり伝わる様に。
しかし努力虚しくアレクも固まった。
ただ直ぐに彼は動いた。
「あ、ああえっとその……似たようなことは今までなかったのかい?」
あるわけがない。
これがどういう病気かすら知らない。
「はい」
「そ、そうか……」
アレクが「こういう時どうしたらいいんだっけ」と頭を抱えて呟いている。
「助けてください」
「あ、ああ。でも、それはたぶん僕にはできないかもしれない」
希望が打ち砕かれてしまった。
俺はやっぱり死ぬしかないのか……。
「クレアちゃん、部屋は一人?」
なぜ今それを聞くんだろうか。
「アンジュが、います」
俺は震える声を抑えそう言った。
「じゃ、じゃあ今呼び出せるかい?」
俺はその問いかけにゆっくりと頷いた。
そして俺はポケットから通信端末をそっと取り出した。
そして連絡帳に入ったアンジェリカの連絡先をタップする。
そして端末を耳に当て彼女が出てくれるのを待った。
『もしもし何かあったの?』
全てを包み込んでくれるような、暖かい声が聞こえる。
安心感から涙が溢れ出す。
「う、うぅ……助け、て」
『えっ⁈ ど、どうしたの!」
「たす、へ、て」
『とりあえず落ち着いてっ。何があったの?!』
アンジェリカが俺を慰めようと耳元で必死になっている。
もちろん彼女は俺がどうなっているのかまだ知らないから余計に慌てていた。
すると通信端末がそっと取り上げられる。
「あ、もしもしクレアちゃんのルームメイトの人ですか? い、いえっ! そう言う訳じゃないんです。そのえっと、なんていうますか――」
アレクが顔を七変化させながら通話している。
俺はただ泣いてそれを見守るしかなかった。
「はい、今から来るって」
アレクが俺に通信端末を返してくれた。
「ありがとう、ござ、います」
「い、いや。ま、まあ僕にできるのはこれくらいだからさ」
アレクが頭の後ろをポリポリとかいて上を見上げていた。
× × ×
それから1時間後、両手いっぱいに荷物を抱えたアンジェリカが到着した。
「アら――クレアッ!」
一瞬、俺の前の名を呼びかけて、アンジェリカが言い直す。
「あ、えっとルームメイトさん?」
アレクがアンジェリカに尋ねた。
「えっ、あ、はい初めましてアンジェリカと言います。先程はありがとうございました」
「い、いえ。その僕らにはこれくらいしかできないので」
「すごく助かりました」
二人が軽い挨拶を交わした後、アンジェリカだけ俺に近づいてきた。
「……あん、じゅ」
「大丈夫、死なないからね」
アンジェリカがやさしい笑みで俺に言った。
「クレア、いい。今から話すことをちゃんと聞いてね」
俺はその言葉にうなずく。
「あなたは大人になったの」
「……えっ?」
意味が解らない。
「いい? それは生理よ」
アンジェリカの言葉に、俺の全身が凍りついた。
ああ、やってしまった。
俺はとんだ勘違いをしていたらしい。
これは重大な病気でも、ましてや死につながるものでもない。
それどころか新しい生命を生み出す準備である。
そう、初潮だ。
女性がある一定の年齢に達すると誰しもが通過していくものである。
決して知識がなかったわけではない。
昔、その手の事が俺の近くでもあった。
だから決して知らないわけではない。
ただ、自分がそうなるという事を今まで考えていなかったのだ。
涙は消えた。
体がわなわな震えている。
そして代わりに顔が熱くなっていく。
「おめでとう……でいいのかな?」
アンジェリカが困った様に呟いた。
「とりあえず着替えれる場所に行こうか」
俯いたままアンジェリカに引っ張られた俺はジムの方に再び戻った。
その時ひそひそと聞こえる声が俺の事を話しているのだと気づいたとき、死にたくなる感覚を覚えた。
更衣室まで連れてこられた。
「じゃあ服脱いで」
「い、行き成りな、な、ぬお、お、お……」
「そんなに恥ずかしがらなくてももう女の子だし私も気にしないけど」
「そ、そういうのじゃない。メンタルの問題だっ!」
「はぁ、つべこべ言わずに脱ぎなさい、出ないと私が脱がすわよ?」
「うっ……」
流石に脱がされるのはどうなのだろうか。
あくまで俺の心は25歳の男のままだ。
色んな意味でプライドが削れる。
「わ、わかった」
俺は手をクロスさせワンピースの裾を掴む。
そして上の方向に引っ張り上げ頭から脱いだ。
「あちゃ~、動いたから汚れちゃってるなぁ……それに初めてにしては少し多いかも」
「は、はじめては、少ないのか?」
「まあ個人差はあるんだけど大体は脱いで下着が汚れてるな、って思って初めて気づくぐらいよ」
「そ、そんなに少ないの、か」
「個人差はあるけどね。でも貴方は少しだけ多いわね。こんなにも汚しちゃって」
「ごめん」
「別にいいわ。聞くのを忘れてた私も悪いのだから」
「な、なあ。下も脱がないといけない、のか?」
「えっ、そんなの当たり前じゃない」
「うぐっ」
そして一通り体を拭いてもらった後、新しい替えの服、初めての生理用品を着けるなどをした。
その後アンジェリカから生理についての仕組み、生活態度や体調によって周期が不安定になったりするなどの細かい説明を受けた。
「クレア。とりあえず当分激しい運動はしちゃダメだからね?」
「わ、わかった」
「家から出ちゃだめよ」
「だ、大丈夫それは無い」
当分、此処には来たくない。
あんなに大勢の前で初めてが来てしまった宣言をしてしまったのだ。
場が凍りつくわけだ。
思い出すだけで耳の方まで赤くなる。
「それじゃあ今日はもう帰りましょ」
アンジェリカに手を引かれて俺は帰路についた。
この後から外を出歩くたびに「おめでとう」と知り合いにネタにされた。
【その後】
「くっ……くく。クレア、その体は本物の様だな」(プルプル)
「ミッシェルまでからかわないでっ!」




