Episode 13 : コミュニケーションinジークフリート
日常回。
気づくと穏やかな風がカーテンを揺らし俺の体を撫でていく。
窓から差し込んだ淡い光が俺の目元を明るく照らす。
目をゆっくりと開けた。
「もう、朝か……」
まだ眠気が覚めない重い体を、俺は無理やり起こした。
「ん~っ」
手を頭上に挙げ軽く背を伸ばす。
意識が先程よりもハッキリとした。
窓の外を見れば暖かな光が降り注ぐ緑豊かな森林が見える。
「ここが、船の中なんてまだ信じられない……」
そう、ここは<ジークフリート>の居住区である。
外に見えるのは船内の自然ドームだ。
横幅1000m、奥行3000m、縦幅1000mの簡単に言えば地上を再現した場所。
そして凄いのが昼夜も再現している部分である。
自然ドームは主に船員のリラクゼーションを目的とした施設で、中には数百の動植物達が本当に生活している。
勿論、危険なものはいないので一日中寝ていたって死ぬことは無いのでとても安全だ。
というより中にはいくつかの施設が小さな町の様に点在しているので死ぬより早く助けられるだろう。
そんな自然ドームは居住区の真ん中を突っ切る様に――というよりか自然ドームの両端には居住区が設置されていてその側面には集合住宅よろしく船員の部屋が並んでいる。
今、俺がいる部屋もそんな部屋の一つである。
時の流れは速いことに、俺が此処に来てからもう一週間がたった。
それでも夜が来て朝が来る生活を艦内で体験できることに感動してしまう。
こんな生活をしていたら他の船には乗りたくなくなりそうだ。
俺はベッドから立ち上がると、アンジェリカが俺用に用意してくれたクローゼットを開けた。
「うわぁ……」
その中身を見て思わず目を逸らす。
クローゼットの中にはいかにもな少女趣味な服装が入っていた。
俺が“女の子らしくなる為”にアンジェリカが用意したものだ。
自分のために用意されていると思うと、何度見ても毎回死にたくなるのは仕方がないというものである。
それでも俺の好みに合わせてあって、あまり派手な装飾が付いているものは少ないという点だけは有り難いことだ。
そんな中にも幾つかフワフワした物やフリフリした物はある。
しかたないので何日かに一度は着ているが、出来ればあまり着たいとは思わない。
俺はシンプルな白のワンピースを手に取る。
個人的にこれと黒のボレロを組み合わせるのがお気に入りだ。
お気に入りと言うと、まるで受け入れているかのように聞こえるかもしれないが、あくまでマシだというだけだ。
ボレロは生地が薄いワンピースを着る際に軽い防寒具として着用しているだけに過ぎない。
そして太ももの中間辺りまでくる長さのソックスに足を通す。
これも肌寒さを軽減できるので割と使用頻度が高く、寝るときや風呂以外の時には穿いていることが多い。
「こんな感じか?」
クローゼットの扉の内側に備え付けられた姿見で俺は自分の姿を確認する。
「よし」
可笑しな感じではないな、俺的には。
とりあえず今日はこれでいいだろう。
俺は脱いだ寝間着を持ち部屋を出た。
「おはようアンジュ」
俺は机に朝食を並べているアンジェリカに軽く声をかけた。
「おはようクレア。ていうかまた、それなの?」
「別にちゃんと着ているから問題はない……でしょ」
「せっかく色々用意したんだから試してほしいのがいっぱいあるんだけど」
「……あのフワフワした短いスカートとか着ろって?あんなの無理」
「はあ。まあ、いつか着てくれることを願うわ」
「嫌だ。絶対にあれを着る前には軍に“正式に採用“されてやる」
「できればなって欲しくないんだけどね」
「それは前にも言ったはず。オレにはそれしかないんだ」
「あ、クレア。今「俺」て言ったわ」
「――! い、今のは不可抗力です」
「そう。ならいいけど」
……危なかった。
アンジェリカの言いつけで一人称は「私」を強要されているのだ。
「俺」と言うと、俺にとっては恐ろしい罰ゲームが待っている。
それと同時に荒い言葉は出来る限り控えるようにと言われている。
その為に俺は出来る限り丁寧な口調を目指すようにしている。
お蔭で初日は堅苦しかった丁寧な言葉使いも、今では抑揚のある柔らかい物に変わった。
それでも記憶に染み込んだ粗い口調はなかなか消えるものではないのかアンジェリカの前ではよく素に戻る。
「ああ、そうだ。今日わたし医療区に行かないといけないから今日は案内できないわ」
アンジェリカが飲み物を持ってきてそう言った。
「医療区なんて何の用があるんだ?」
「私ってここであなたの世話係のほかに、医療区で医者もしているのよ。知らなかった?」
「知らない。というかそんなの一度も言ってなかったし聞いてないけど」
「じゃあまあそういう事だから。今日はお留守番よろしくっ」
手を正面に突出し「グー」とやるアンジェリカ。
だけど――
「私はジッとなんかできないってここ何日間でアンジュは知ってるでしょ?」
広いとはいえ、部屋。
そんなとこで一日中ジッとなんかしてられない。
「……まあ、出かけてもいいけど。管理区の方に行くのはまだ許さないからね」
「わかってる。それは合格するまで我慢するから」
「ならいいわよ」
管理区――つまりこの艦のメイン部分で、居住区と自然ドームや医療区を除いたこの船の大部分の区画をそう呼んでいる。
俺は先日の訓練の結果、まだ実戦には出せないとお達しが来ていた。
そしてミッシェルには俺が先日の実践訓練をBランク以上でクリアすることで正式に【コマンダーズ】に配属すると言われている。
管理区自体には入ってはいけないとは言われていないのだが、アンジェリカは俺が配属されるまでは入ってはいけないと言うので承諾している。
まあ俺としても管理区に特に用はないし、小規模なトレーニング施設やランニングなどをするだけなら居住区と自然ドームで十分という理由もあるのだが。
そして椅子に座り、ご飯前の言葉を口にして俺達は朝食を食べた。
× × ×
「戸締り良し、鍵持った鞄も持った。行くか」
アンジェリカが部屋を出て少しした後、俺も自然ドームにあるジムに向かうことにした。
ここは一応物盗り何てたぶん無いが鍵などを締めるのは念のためだ。
俺は扉を開け外(船内)に繰り出した。
<ジークフリート>、その圧倒的巨大さは移動中に見て十分実感してはいた。
しかし中に入ると改めてその艦船の巨大さを嫌と言うほど実感させられる。
「お、クレアちゃんじゃん。今日もドームに行くのか?」
巨大な艦内を移動するために網目のように張り巡らされるトラム。
その駅でトラムを待っていると後ろから声を掛けられた。
「そうですよ」
俺は男の方に向き直り軽く会釈をしてから答える。
彼とは自然ドームでランニング中に一緒になってからは顔を合わせると軽くあいさつを交わすようになった。
「そっか。俺は今日678番デッキで警備があるんだよ。面倒くせぇ」
「仕事があるだけいいじゃないですか。私は当分貰えそうにないんですよ」
警備でも何でもいいから俺は早く仕事が欲しかった。
無論、目当ては制服のズボンである。
「そう言ってられるのも今のうちだぜ。毎日地獄のような訓練させられるだけで何も楽しくねえぇよ」
男がため息を吐きながら俯く。
ちなみに俺ことクレアのここでの設定は“【コマンダーズ】に保護された子供で、そのお礼に軍部に入りたいと頑張る少女”となっている。
まあ、此処に来る前とさほど変わっていない。
ちょっと健気さがアップしただけだ。
「そうですか。じゃあ、それに耐えられるように今の内に特訓しておいた方がよさそうですね」
「お、おう。前向きだなぁ」
そんな風に話しているとトラムが駅に到着する。
そして男と軽く談笑しながら乗り込んだ。
自然ドームの入り口が開くと匂いのある風が、俺のそばを吹き抜けていく。
風に靡いて顔にかかる髪を抑える。
「やっぱり船の中なんて信じられないんだよなぁ……」
居住区で乗ったトラムとは別に、2回ほどトラムを乗り換えた俺は自然ドームにたどり着いた。
所要時間は待ち時間を合わせると40分ほどだ。
目の前に広がる艦内とは思えない空間を見ると、本当にここが宇宙に浮かんだ人工物の中なのかと疑いたくなってしまう。
足を一歩前に踏み出すと暖かい様な、でもちょっと肌寒いという何とも言えない空気が足を覆っていくのが解る。
「おーいこっちだ」
俺がそんな風にドームの中を眺めていると下の方から声がした。
目の前の階段の下方を見るとひとりの男が俺に向かって手を振っている。
「今行きます」
俺は男に手を振りかえしてから階段を下っていった。
「凄いだろぉここは」
管理区に務めている人間とは違いラフな服装をした男が、ぽっこりとでっぱたお腹を突出し言った。
「そうですねぇ。毎回此処に入るとあの扉がワープゲートなんじゃないかって疑っちゃいますね」
「ははっそりゃ違いない。俺達はあっちで働く人間と明らかに毛色が違うから余計にそう思うだろうよ」
男はそういうと正面に止めてある黄色の車に向かう。
「で、いつも通りジムでいいんだよな?」
男が車に乗り込むのを見て俺も後部座席に乗り込んだ。
「はい。そこです」
「OK~。本日は当車をご利用いただきありがとうございまーす。安全運転を心掛けてお客様をお送りいたしま~す」
男が決まり文句を、まるで遊んでいる途中だと言わんばかりに言った。
これは言わばタクシーである。
広い自然ドームの中での移動は主に車を利用するのだ。
しかし、ここを利用するすべての人間が車を持てば自然ドームは瞬く間に車の博物館になってしまう。
それを防ぐためにタクシーに似たものがあり、この男はその運転手である。
ここに来る前には大体の人間がこれを呼ぶ。
俺も家を出る前に呼んでいた。
運転手が車の電源ボタンを押すと車が動き出す。
「あちらに見えますのが~鹿、鹿でございま~す」
窓の外を見れば木陰に鹿が数匹見えた。
鹿といっても体長が3mもあってトナカイと言われた方がしっくりする見た目だ。
「あれはトナカイじゃないんですか?」
「んっ、いやあれは鹿だよ。トトランって惑星にいるやつだ」
「へぇ~」
トトランという惑星の名は初めて聞いたが、やはり惑星によって同じ動物でも見た目が変わるのか。
確かに惑星によって同じ動物でも見た目がまるで違うと言ったことはよく聞く話だったが、生憎今まで人以外の動物を見る機会にあまり恵まれていなかったせいか実際に見ると驚きを隠せない。
鹿と呼ばれるその生物をじっと見つめていると、目があった。
「目があった。今あった!」
「おっ! そうかいそれは良かったな」
「感激ですよっ! 超すげぇですよ!」
「お、お嬢ちゃん! 燥ぐのはいいが、あんまし俺のシートを叩かないでくれっ」
「へっ? あ、すみません」
しまった。
初めての出来事に感動して思わず素と演技が混じってしまった。
俺は座りなおすといつも教えられている通りに澄ましなおす。
「しっかしそんなに燥ぐ奴は初めてみた、やっぱ子供だからか?」
大人が感動してはいけないのだろうか。
ご生憎さま、よく行った惑星は死に魍魎とした不毛な大地ばっかだった為に、今の出来事が新鮮で素直に感動している中身元25歳男がいるわけだが。
「さあ?違うと思いますよ」
「そうかぁ、んじゃ此処の人間の目が肥えてんのかねぇ」
「それを言われても私には分かりかねます」
「そりゃちげぇねぇな! はっはっはっ」
それにしても自然ドームで働く人たちは、よく言えばおおらかな人が多い気がする。
逆に言えば大雑把で適当ともいえるのだが、やっぱりこういう人間と一緒の方が人はリラックスできるのだろうか。
そんな事を思いつつ流れてゆく景色を眺めた。
× × ×
脱いだワンピースを籠に放り込む。
そして鞄に入ったスポーツスパッツに足を掛けて上に引き上げる。
それから黒いシャツを着て更衣室を出る。
更衣室をでると最新のトレーニングマシンが一面に広がる部屋に出た。
そう、スポーツジムだ。
自分の体力のなさを改善するためにここの所暇なときに顔を出している。
俺は辺りを見渡す。
そして近くにあったランニングマシーンに乗った。
「おはよクレアちゃん、今日もそれに乗るのかい?」
隣を向くと長身で細身の男がいた。
「おはようございますアレクさん。これはちょっとしたウォーミングアップですよ」
彼はアレクと言ってこの船で艦載機のパイロットをやっているらしい。
たしか乗っているのは……。
忘れたな。
「そうだったのか、道理でいつも最初に乗るなあと思ったよ」
「まあこれが終わったら他のにも手を出します」
「そうかい」
「あっそうだアレをやってください」
俺は一度ランニングマシーンを下りてポケットから黒いシュシュとヘアピンをいくつか取り出す。
「これ僕がやってもいいのかい?」
アレクが周りの視線を探りながら俺に尋ねてきた。
「えっ、なんでですか」
「いや、まわりが……」
目で教えられた方を向くとそこには、アレクに羨ましげな視線を送る男たちがいた。
「じゃあ今度は他の人に頼みます」
周りから軽い歓声が上がる。
「あ、ああ」
そんな周囲の反応に怯えるアレクは俺の手からシュシュとヘアピンを受け取った。
そして後ろ髪を一つに束ねて引っ張り、そして横の髪をピンで止めると最後にシュシュで確りと整えてくれた。
「ありがとうございます。束ねるの上手ですよね」
「んっ、ああ。僕には妹がいるんだよ、だからかな」
「そうことですか」
なるほど道理で上手いわけだ。
「そういえばパイロットって普段は何をしてるんですか?」
「とりあえず宙域の哨戒任務かな。まあレーダー艦がいるから特にやることないんだけど」
「そうなんですか」
ジムには自分の体力づくりのほかにここの情報を聞くためにも来ている。
自然ドームのジムは色々な部署の人間が集まるので丁度いいのだ。
「ああ」
「なるほどありがとうございます」
「そんなの聞いてどうするんだ?」
「どこに入ろうかなって」
そう呟いた瞬間周りがざわついた。
「それだったら警備部がいいぞ! 楽だし!」
「いや、ここは医療区のがおススメだ」
「そんなのより調査部のが」
「いやここは――
周りにぐわっと人が集まってきて学校のサークル勧誘みたいな状態になってしまった。
「あ、え……えっとまた今度考えておきます」
そう言って俺は奥の方へと逃げ出した。
ご一読ありがとうございました!




