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Episode 12 : 一人じゃない

 狭く小さな室内。

 そんな部屋の壁際に立つ俺。

 そしてそんな俺の前で仁王立ちをする若い女、アンジェリカ・スタックバード。

 彼女はかつて俺と恋人だったキャロ・スタックバードの実の姉だ……。


「……アラン」


 アンジェリカの声は震えていた。

 きっと怒っている。

 後ろめたさに俺は、思わず顔をそむける。


「アラン」


 俺は彼女の妹を死に追いやってしまった。

 それは決して許されることじゃない。

 ましてやこの期に及んで言い訳をするつもりもなかった。

 だけれど、どうやって謝ればいいのか分からない。


「アラン、こっちを向きなさい」


 彼女が子供を叱りつける様に言った。

 思わず俯いて耳を塞ぐ。


 俺は彼女に謝る前に逃げてしまった。

 彼女はそれをずっと恨んでいるはずだ。

 怖い。

 何て言われるのだろうか……


 その時顔の両端を何かが挟み込み、無理やり顔が引きづりあげられた。


「アラン、私の目を見て」


 その言葉に従わず反射的に俺は目を閉じてしまった。


「お願い、目を閉じないで開けて頂戴」


 彼女の声は今度は逆に弱弱しかった。

 開けようとしても開かない。

 目が開けるのを拒んでいる。

 いや、正確には俺心の奥底が目を開けることを拒んでいた。


 するとスッと手が離れ静かになる。

 あれ……どうして。

 思わず目が開いた。


 そしてアンジェリカと目があった。


 彼女の鋭く吊り上った瞳が俺の目を睨みつけている。

 そして。

 綺麗な青い瞳の中は潤んでいた。


「アン、ジュ……」


 俺は思わず彼女の名を小さく呟いた。


「やっと、目を合わせてくれたわね……」


 彼女の優しげな笑みが俺を包み込んだ。




 そしてその笑顔を見て、不意に彼女との思い出を思い出した。

 キャロと俺と彼女が、笑顔で食事をしている時の様子だ。


「もしあなたがキャロと結婚してくれたら、私の家族が一人増えるわね」


 その時アンジェリカはそう言って笑ってくれた時の笑顔は今も覚えている。

 胸が苦しくなった――


 その一ヶ月後、キャロは死んでしまったのだ。

 そして俺は彼女の前から逃げ出した。


 彼女は、どう思ったのだろう……。

 きっと、辛くて苦しくて……そして、どうしようもない孤独感に襲われていたはずだ。


「俺は……」

「なんで逃げたの?」

「それは」


 アンジェリカの問いかけに俺は唇をきゅっと閉じた。

 なんで……あの時、俺は逃げてしまったのだろう。

 俺は、彼女に言わなければいけない言葉が沢山あったはずなのに……。


「アランはなんで、私と会うことを拒むの?」


 アンジェリカが今にも泣きそうな目で俺を見つめてた。

 罪悪感に飲まれ、口が更に小さく閉じていく。


「……」

「お願い、何か話してアラン」

「……」

「もしかして……私と喋ろうとしないのはあの時の約束のせい?」

「っ!」


 その言葉を聞いた瞬間――

 俺の心拍数が最高潮にまで跳ね上がった。


 俺の動揺に反応してアンジェリカが「やっぱり」といった顔をしている。


 その顔に更に俺は動揺する。

 そして俺は顔を横に向けようとした。

 でも、俺の顔はガッチリと顔の両端を手で捕まれていていて動かせなかった。


 もう、逃げることはできない。


 確りと告白をしよう。


 そう思った俺はアンジェリカと目を合わせようとする。

 もちろんアンジェリカはずっと俺の目を見つめていた。。

 それなのに、俺の目は上に下に左に右にと動いて焦点が定まらない。

 怖い、目を合わせるのがとてつもなく怖いのだ。


 でもあの時言えなかった言葉を言わなければいけない。

 俺はもう、逃げないって決めた。


 そして俺は、険しい顔アンジェリカとしっかりと目を合わせた。

 言わなきゃ、いけない!


「アラン、その事なんだけど――」

「すまなかったっ‼ おれが、俺がっ、キャロを……キャロを、殺したんだッ!」

「アラン?」

「すまなかった……本当に悪いと思っているんだ」

「……」

「すまなかった……」


 俺は精一杯アンジェリカに謝罪をする。

 今までは逃げてきた。でも、もう逃げない!

 今度こそしっかりと謝るんだ。


 すまなかった――

 ごめんなさい――


 ありとあらゆる謝罪の言葉を、有らん限りの声で叫ぶ。


 俺はキャロを無事に帰ってこさせることができなかった。

 その事実だけはどれだけ目を背け様とも、変わることは無い。

 アンジェリカを一人にさせてしまったのは俺の責任だ。

 罪悪感が俺に謝罪を叫ばせ続けた――

 謝るんだ。謝らなければいけないんだ。

 例え彼女が許してくれなくても……俺はこの気持ちをしっかり告白しなければ。

 しかし謝罪は途中からは嗚咽にまみれ、発す言葉は意味不明になっていった。


「ごめんなっ――」


 もう数十回目の謝罪の言葉を口に出そうとした時――不意に抱きしめられた。


「もういいわ」

「……アン、ジュ?」


 アンジェリカに抱きしめられた。

 突然の出来事だった。

 俺は固まる。

 それでも俺の体は、まだ興奮が病みあがっていないせいか肩が大きく揺れていた。

 それに気づいたのか今度はもう少し強い力で抱きしめられた。


「貴方の気持ちは十分伝わったから」

「でも……」

「いい? アラン。私はあなたの事、これぽっちも恨んでなんかいないわ」

「――っえ……」


 頭の中が真っ白になった。


「あの戦いの後、確かに私はキャロの死を悲しんだわ。でも、あなたの事を恨んだことなんてない」

「嘘だっ、だって俺は……」


 俺は止められなかった。

 俺は彼女を止められなかったんだ。

 だから、だから恨まれるのは当然だろ……


「あなたは優しいわ、凄くね。でも自分を否定するのは止めて」

「否定なんか……」

「私は、あなたが生きていたことを知って、十分嬉しかったのよ?」


 彼女の言葉を聞いたとき、「俺が生きてて何になるんだ」と叫びそうになった。

 でも彼女の顔は真剣で、それは俺を本当に心配してくれている様に見えた。


「なんで、俺なんか生きてても……」

「何を言ってるの。妹の大事な人なんだから、心配するなんて当たり前じゃないっ」


 アンジェリカの抱きしめる力が籠る。

 それはとても優しくて暖かかった。


「貴方たちはもう十分愛し合っていたし、私も賛成だって前にも言ったでしょう?」

「それは……」

「私とあの子はもうあなたを受け入れてたのよ“家族”としてね」

「家族……」

「そうよ。だから……だから私からもう逃げないで。貴方がキャロを死なせたなんて私は思ってない。でもそのことを如何しても謝罪したいというなら、もう私の前から居なくなろうなんて考えないで。私を一人にしたと思っているのなら、もう私を一人にしないでっ……あなたは私にとっても“大事な家族”なんだから」


 そう言ったアンジェリカは、涙を流していた。

 許すも何も、彼女は最初から俺を恨んですらいなかった。

 それどころか俺の心配までしてくれていた。

 家族として、俺の事を心配してくれていたのだ。

 それなのに、俺は……。

 こんなになるまで心配を掛けさせていたなんて……。


「ごめんアンジュ……心配をかけさせて」


 ごめんアンジュ、もう一人にはさせない。

 もう俺はあなたの前から逃げたりなんかしない。

 家族なのだから……。

 そっと、アンジェリカを抱き返した。

 すると確かめるようにアンジェリカが少し背中のあたりをギュッとしてくれた。







 ×     ×      ×




 軍艦の中とは到底思えないであろう温かみのあるベージュの壁紙にフローリングの床。

 窓の外に見えるのは何もかもを飲み込んでしまう様な宇宙ではなく、新緑の葉を揺らす木々達。

 そしてそんな景色の見える部屋の真ん中には、シンプルな長方形のガラステーブルが一つ。

 ガラステーブルには席が二つある。

 其処に座っているのはアンジェリカ、そして俺。


 机の上にはコーヒーの入ったカップが置かれ、独特の香りが漂ってくる。


「さて、お互い色々積もる話があるでしょう。これでも飲みながら話しましょ」


 あの後しばらくした後、俺はアンジェリカに案内されて彼女の部屋に招かれていたのだ。

 彼女がコーヒーを口にしたのを見て、俺も一口飲もうと思い口に運ぼうと――が飲む前に腕を止める。


「なあ、ミルクか砂糖はないか?」

「えっ。まあ、あるけど」


 アンジェリカが不思議な顔をしてキッチンの方へと向かい、そしてミルクと角砂糖を持ってきてくれた。

 俺はミルクをスプーン2杯分と角砂糖を3個カップの中に入れていく。


「ね、ねぇ?多くない」

「そうか? 最近これくらいじゃないと、苦くて飲めないんだ」

「そ、そう……」


 アンジェリカがやっぱり不思議な顔をする。

 なにか、可笑しいとこでもあるのだろうか……。

 俺はコーヒを一口飲んだ。


「アンジュは俺の事、どこまで知ってるんだ?」


 単純な疑問。

 俺に何が合ってどうしてこうなったのか。

 そしてどうしてここまで連れてこられたのか。

 彼女がどこまで知ってるかで俺は話す内容を変えなければならない。


 勿論、俺は彼女にできる限り全部を話したいと思っている。

 でも、彼女に話してしまったことで彼女に危険が及んでしまう可能性がある話があった。

 アカシックレコードだ。

 これだけは知らないなら知らない方がいい……。

 だから俺はそこを見極め話さなければいけない。


「そうね、あなたが遺跡の調査に行ってから事故に遭った。それでそれが原因で女の子の体になったてとこ位までかしら」

「じゃあ俺が此処にいる理由は?」

「えっと、ノルデンシェルドさんが身寄りのないあなたを引き取ったんでしょ」

「そうだ。俺が遺跡でどんな事故に遭ったかは聞いてるか?」

「いえ、聞いてないわ。それがどうかした?」


 彼女はアカシックレコードの事を知らない様だった。

 ならばこの事は黙っていよう……俺は彼女を巻き込みたくない。


「いや、なんでもないよアンジュ」

「そう。ならいいんだけど」

「というかアンジュ、あんまりジロジロ見ないで欲しい」


 そういうと彼女の口がへの字に曲がる。


「何言ってるのっ。あなたが本当に女の子になったってことをしっかりと確認してるのよ。ちょっとくらい我慢しなさい」

「でもあんまり見られるのは得意じゃない」

「今はそういう状況じゃないのっ」


 そういうとアンジェリカは俺の体を嘗め回すかのようにさらに視線を動かしていく。

 恥ずかしい……。

 俺はコーヒーを思いっきり口の中に流し込んだ。


「――ふぅん。やっぱりアランはアランなのね」

「へっ」


 急にアンジェリカは顎に手を当て「うんうん」と頷いている。


「どういうことだよ」

「だってアラン、恥ずかしくなるとそうやって飲み物を一気飲みするでしょ。あぁ、やっぱり変わってないところは変わってないのね。安心したわ」

「なんでそこまで変わらなきゃいけないんだ」

「えっ――だってアラン。あなた気づいてるか知らないけど、仕草とか動き方が“女の子みたい”になってるのよ」

「なっ」


 俺はそんなこと意識したつもりはなかった。


「俺はそんなつもりは無いっ」

「でしょうね。ちぐはぐな所はあるし」

「じゃあなんで」

「まあ、簡単に言えば体が女の子になちゃったから。でしょうね」

「それだけで変わるのかっ」

「さあ?私も貴方みたいな人を見るのは初めてだし」


 そりゃそうだ、こんなこと沢山あってたまるか。


「それで提案なんだけどアラン。あなたもう少し女の子らしくしなさい」


 アンジェリカがパッと顔を明るくする。

 はっ?

 どういうことだ。


「なっ、それはどういうことだ」

「今のままじゃ、あなたいつか男に襲われるわ」

「はっ、なんでそう言えるんだよ?」

「あなた動きが女の子っぽい癖に、元が男だったせいか無防備な姿が多いからよ」

「なっ、俺はちゃんと周辺の警戒は怠ってないし無防備なんて晒したことは無い」

「違うわ、そうじゃないのよ」


 アンジェリカが額に手を付き深くため息を吐いた。

 俺はなにか変な事を言っただろうか?


「いい“クレア”。あなたは可愛い女の子なの。だからあなたの胸を見れば男の人は喜ぶし、あなたの脇を見て喜ぶ変人だっている。それなのに……今のあなたは多分それを見られても平気な顔するわ、きっとね。でも、そんなの男から見れば「襲ってください」そう言ってるようにしか見えないの」


 そんな俺のことを見て喜ぶ変態はいな……いたな、俺が知ってる奴に一人。

 それでも急に「明日から女の子っぽく振る舞いなさい」とか言われても、無理に決まってる。


「で、でもそんなこと急に言われたって」

「直しなさい」

「えっ」

「私が直してあげるわ。あなたが女の子としてちゃんと意識できるまで私が直してあげるわ」

「直すってどうやって」

「そりゃあ……」


 アンジェリカの口元が「にやぁ」と擬音でも聞こえてきそうなほど歪んだ。


「可愛い服着せたりとか、言葉使いを直したりとか色々よっ」

「そんなの無理だっ!」

「いえ、やりなさい。“私の為”にもねっ」


 アンジェリカがイタズラっぽく微笑んだ。

 そんな笑顔を見て俺は恐怖した。

 この笑顔はまずい……


「まあ、話すことはまた今度でもできそうだし。早速やりましょう」


 パンッ、とアンジェリカが手を叩き立ち上がる。

 その瞬間俺は席を立ち後ずさった。


 アンジェリカに謝れてよかった。

 そして本心を知って安心した。

 それどころか俺の方が逆に慰められてしまった。

 彼女はとても暖かくて優しい。

 今日ここで会って、そして確りと話し合えて良かったと思ってる。


 でも、それとこれとは、別だろう……

 ひぃ!近づかないでくれ。

 止めろ……俺はこのままで良い、いやこのままがいいんだ。

 あっ、服を掴まれたっ。


 やめっ……。


 俺はアンジェリカに引きづられ奥の部屋へと連れていかれた。


ご一読ありがとうございました!

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