Episode 11 : 限界と再会
前回のリュドミールことミッシェルの発言で“戦闘が後”と言ってたのですが、書いている途中で書き直した結果、先に変更しました。
それに伴い前回のその部分のセリフを修正しました。
『では、クレア・ハーミット。あなたの能力テストを行います』
耳元から若い女性の合成音声が能力テストの実施を告げた。
今俺がいるのは、仮想訓練空間――バーチャルリアリティスペース。
室内は特殊素材によって覆われ、この中で起こるあらゆる衝撃は吸収される事から、銀河系の中でも有数の訓練装置として重宝されている。
この仮想訓練空間を採用しているのは、軍や保安局、そしてマグズ達や政治家や金持ち達まで様々な人種に及ぶ。
開発元は【グリードリヒ・グラフェル社】。
そしてこの空間で再現されるすべての事象は、ほぼ忠実に基づいていてどんなシュミレーション装置よりも正確でかつ高クオリティを誇っている。
今は唯の白い空間だが数秒後には、どんな世界でも再現可能になっているはずだ。
『クレア、君にはケース334での能力テストを実施する。場面が切り替わった後は合成音声の指示に従って行動してくれ』
耳元から今回、俺のテストに付き合ってくれる監督官の声が聞こえた。
『君の今着ているのは“リバイブスーツ”だ。それが君の状況によって変化する。それによって君の体に当たったときの感覚が変わるものだ』
「わかりました」
俺は今首元までを覆う全身スーツのピチピチスーツを着ている。
これこそがこの空間で最大限の精密さを再現できる要因である。
そのピチピチ具合は正直不快感がある程だ。
ちなみにどこまでピチピチかといえば股のた……。
『では転送を開始する』
考えている途中で現実に戻され転送が始まった。
一瞬で俺の視界がすべて白になる。
そして気が付けば俺は何処かの宇宙船内に立っていた。
もちろん本当に瞬間移動をしたわけではない。
これらすべてがバーチャルリアリティによって再現された空間だ。
そして俺の体に先ほどの不快感はない……。
ん?
下を覗けばピッチリとしたスーツという点では変わりはなかったが、服装が変わっていた。
首元までの、全身黒タイツの様に見えなくもない特殊繊維で作られたスーツ。
そして急所部位に着けられた装甲板は関節の可動域を邪魔しないように作られている。
連邦軍標準の戦闘用スーツだ。
どういう原理してるんだこれ……。
『ケース334、このプログラムは敵戦闘艦への突入、及び艦内の制圧訓練です』
耳元の合成音声が訓練内容を伝えている。
現在はまだ味方艦の中らしい。
つまりこれは突入前からのシュミレーションというわけだ。
そんな事を思っていると――
「ハーミット、こっちだ」
突然背中を叩かれ振り返ると見知らぬ男が立っている。
「だ、誰……」
思わず聞き返した。
「ハーミット、こっちだ」
男は同じセリフを繰り返す。
『それはNPCだ、そしてこの訓練で君が所属する部隊の指揮官という設定だ』
耳元から監督官の声が聞こえた。
これが……ホログラム?
本物そっくりだ。
俺はNPCに付いていく、すると武器庫前に行きついた。
「お前はこれだ」
NPCの指揮官は俺にMブラスターを投げてきた。
Mブラスターは宇宙戦で主流とも呼ばれる武器で、この武器は実弾ではなくマイクロ波を放つ。
放たれたマイクロ波は青い光線となって見え、当たった箇所の水分子を激しく振動させ蒸発させる武器だ。
無機物には殆ど害が無い為に、宇宙で生活する人々には幅広く愛用されている。
この銃は連邦軍が使う中でも軽い部類なのだが……
「はうっ!」
飛んできたものを受け取ると重く、思わず落としそうになった。
「おい、しっかりしろよ」
ぐぬぬ……NPCに心配された。
――まさかこれすら持てない体になっていたとは。
『仮想訓練開始まで1分です』
突入用の扉前に移動する。
「各自武器をチェック、報告しろ」
「SD-112、チェック」
「SD-113、チェック」……
俺は腕に着いた計器を確認する。
緑の武器チェック項目がしっかりと緑色に輝き、武器に異常がないことを俺に知らせてくれている。
俺の装備はMブラスターとMグレネード2個。
今回の訓練はこの中でやりくりをしなければならない。
「SD-120チェック」
次は俺の番だ。
「ハーミット、チェック」
第23突入部隊の武器点検が終了した。
後は突撃指示を待つだけだ。
『敵戦闘艦がトラクターされました。数秒後に扉が開きます』
合成音声が告げる。
訓練開始の合図はあくまでこの音声なのである。
『戦闘開始――』
「行けっ!行けっ!行けえぇ‼」
× × ×
激しい青色の光線が激しく交差する。
「SD-113がやられた!」
NPC兵の一人がやられた仲間を後方に引っ張ってきた。
「隊の損耗率が2割を超えた。注意して進め」
「「「了解」」」
既に戦闘が始まって1時間がたった。
まだ艦内の50%しか制圧できていない。
このシュミレーションはシュミレーションを行っている人間の行動によって戦況が変わる。
実際なら殆ど無い事だが、シュミレーションでは己の行動によりNPCの能力に影響が出るのだ。
つまり今のこの状況、傾向的にはあまりよくない。
通路壁際から顔を出す、そして素早く照準を敵NPCに合わせ発砲する。
Mブラスターの発砲時の反動は、実体弾を使う際の10分の1と言われているが、それでもその衝撃を抑えるのはギリギリだった。
「エネミーダウン!」
なんとか命中。
一人倒し通路に突入する余地ができた。
「進めぇ!」
指揮官の声とともに全身を開始する。
「敵部隊正面!」
制御室前に敵の姿が5人確認できる。
素早くブラスターを正面に――
スンッと耳元を敵の放った光線がかすめる。
「くっ」
髪の焼ける嫌な臭いがする。
勿論本当に焼けたわけじゃない、驚きの再現度だ。
しゃがみこんだ俺は素早くサイトを覗き込んだ。
トリガーに指を掛ける。
「ファイヤッ!」
銃口を通路を横一線になぞる様に動かしてゆく。
そしてサイトの中心に敵が入る度に引き金を引いていく。
「クリアッ!」
敵を全員無力化した。
「了解だ、ハーミット。前進する!」
制御室の制圧を完了した。
「制圧率90%を超えたあと一息だ」
指揮官のNPCの威勢の良い声がする。
はぁ……はぁ……。
まずい、息切れが止まらなくなってきた。
たった1時間30分の戦闘で体力の限界が近づいている。
進む足が重くて上がらない。
銃を持つ手もだらしなくなってきている。
くそッ、昔の俺ならこの程度のこと何ともなかったというのに。
これでは咄嗟の行動が……
「――っハーミット敵だ」
「えっ⁈」
気づいた時には遅かった。
ふらふらと重い足取りで曲がり角を直進していた時だった。
運悪く俺は敵の射線上に踏み出していたのだ。
まずいっ!
とっさに後方に飛び退避。
敵の光線が左腕を直撃する。
シュミレーションの為に痛みはなかった。
が当たった感覚はある。
そして何より腕がなくなっていた……
「ハーミット負傷」
味方NPC が叫ぶ。
「ハーミット後退しろ」
指揮官が俺にそう命令した。
『訓練終了。クレア・ハーミット、左腕損失による撤退』
周りの景色が停止する。
そして正面には“failed”の文字が浮かんでいた。
『訓練終了』
監督官の声が耳元から聞こえてきた。
『クレア、戦闘訓練は十分見させてもらった。休憩の後、次はお前の今の体力を測定する』
ミッシェルの声が聞こえる。
『次の転送を開始する』
小休憩をはさんだ後、監督官の声とともにまた視界が白く光った。
気づけば俺は陸上競技でよく使われるアリーナのトラックの上にいた。
そして体を締め付けていた不快感が無い。
下を見れば白トップに黒のハーフパンツ姿になっている。
そして露出した肌は頭上にある太陽の光で当たっていてほんのりと暖かかった。
『スタートラインに移動してください』
合成音声の指示に従い、俺は白く惹かれたラインまで移動した。
『スタートまで、5、4、3、――』
俺はクラウチングスタートの姿勢を取り構える。
『――2、1、初め』
始まりの合図と供に俺は走り出した――
スタートダッシュは完璧だ。
ゴールはもう目の前にある。
『終了――タイム、16秒』
「――えっ?」
ゴールラインを超えるとタイムが告げられた。
そしてタイムを聞いた途端、俺から惚けた声が出た
俺はもっと速く走れるはずだ。
「もう一度お願いします」
『分かったもう一度行う』
そしてもう一度スタートラインに戻る。
そして――
『――タイム、17秒』
「なっ」
タイムが前よりも落ちた?
どういう事なんだ……。
『クレア、計測は一回だ。以後厳守しろ』
耳元からミッシェルの声が聞こえてきた。
「……わかり、ました」
俺は肩を落とし頷いた。
俺の体力が落ちているというのか……。
その後の握力テスト、腹筋、背筋、その他持久力テストなどの計測テストを終えた。
そしてそのどれもが俺の予想を2倍を下回る結果となった。
『休憩しますか?』
「ああ」
合成音声の問いかけに俺は頷く。
周りは白い光に包まれ、休憩スペースへと変化する。
俺は用意されたベンチに腰を下ろし水分を補給する。
『どうやら、肉体の状況も見た目通りというわけだな』
ミッシェルの何時も通りの、平坦で抑揚のない声が今の俺には、失望の念を帯びているように感じられた。
「なんで……」
『肉体が変わったんだ。今の体ではそれが限界という事だ』
「限界か……」
『安心しろ、お前に叩きこまれた動くための技術は間違いなく残り続けている。確かに以前のお前と比べれば体力は格段に低いかもしれないが、同年代の同性と比べれば十分平均的だ。むしろあの全身大火傷を負って何週間も眠り続けた人間の結果としては、上出来だ』
「……」
『戻ってこい』
通信が終わると同時に周りの景色がしろ一面の空間へと変わった。
振り向くと、一か所だけ黒い点が見える。
出口だ。
俺は出口の方へと歩いていった。
グアッジョと名乗る男たちの一団に絡まれたときの事を思い出す。
あの時の俺は、身の程を知らな過ぎた……。
ここまで体力がない状態で、よく戦おうなどと考えたものだ。
思わずため息が出る。
スペースを出ると其処は更衣室になっている。
俺はリバイブスーツの腕に着いた脱着ボタンを押し、脱いだ。
そして脱いだスーツを備え付けの籠の中に放り込む。
こうすることで後で勝手に回収してくれるらしい。
それから隣に置いてあるタオルを拝借する。
リバイブスーツは裸で着なければいけない。
だからスーツを脱いだ俺は裸だったのだが。
激しく運動した後だったために、全身がびっしょり汗で濡れていた。
軽くタオルで汗を拭きとる。
このまま着替えるか。
いや、汗をかいたまま元の服に着替えるのは流石に気持ち悪いな……。
下着をとりかけた俺は、その手を止める。
そして反転し進路をシャワー室へ向けた。
シャワー室は床、壁、天井その全てが銀色のアクリル板で構成されていた。
そして俺は一番手前の個室に入ると蛇口をひねる。
頭上から温かいお湯が降り注いだ。
はぁ……温かい。
俺の体を包み込む湯が今は最高に気持ちがいい。
そういえば、そろそろこの体でシャワーを浴びることに抵抗感がなくなってきたな。
それはいいことなのだろうか。
まあたぶん、いい事なのだろう。
これから付き合っていく体だ、慣れなければ。
ついでにそう思う方が精神的に幾分楽なのだ。
固形石鹸に手を伸ばす。
固形石鹸、この間までは高級ボディソープだった。
何て言うか、この安っぽさが軍らしくて懐かしい。
石鹸を手のひらで転がせ、泡立る。
この体は依然の様に、強く擦るとすぐに赤くなり痛んでしまう。
だから俺は優しく滑るように洗うようにしている。
前に強くこすって酷い目にあった。
もう二度と肌がヒリヒリ痛むなんて御免だ。
ゆっくり丁寧に洗うのだ。
一通り洗ったらミッシェルのところに行こう。
俺は体を洗ないながらそう思った。
× × ×
「結果を見てどう思った?」
ミッシェルが俺が部屋に入るとそう言い放った。
「今のままじゃ足手まといがいいところだな」
「そうか、それで?」
それで――
とりあえずトレーニングを一通りしなくてはならない。
あとは、なんだろうか。
「当分は体力作りに励むことにするよ」
これぐらいしか言うことが無かった。
「そうか、だが無理だけはするな」
次の部屋に移動することとなった。
この姿で、元の体力まで戻せるだろうか……。
白くて細い腕を眺める。
まるで筋肉が付きそうもない。
はぁ。
というよりは元々体格差のせいでもとの体力まではまず無理だろう。
じゃあ、どこを鍛えるべきだろうか?
筋肉意外で鍛えることができるもの……。
技術とかか。
それとも何をやっても中途半端に終わるのだろうか。
そしたら俺はどうなるんだ……
――っネガティブな思考は止めなければ。
そう思い頭をぶんぶんと振り回す。
しかし揺れる髪が俺が今少女であるという事実を容赦なく突きつけてくる。
でも、俺は受け入れるんだ。
受け入れて、そして一緒に強くなる。
改めてあの時の誓いを思い出し、拳を握り前を向いた。
頑張れ俺っ。
「私はここまでだクレア」
ミッシェルが突然足を止めた。
「ぬわっ」
ミッシェルの硬い背中にぶつかる。
そんな俺の行動にまったく動揺しないミッシェル。
流石にここまで来ると安定している。
老人だからだろうか?
そしてそんなミッシェルは扉を開け俺を部屋の中に誘導した。
「その代りに彼女が今日から当分君の世話をしてくれる。仲良くやってくれ」
ここまでって?
つまりミッシェルはもう案内してくれないってことか。
ミッシェルと別れるのは分かっていた。
でも、その後の事を聞いていなかったのだが世話係がいたのか。
考え事をして下げていた頭を持ち上げた。
「私があなたの身の回りの世話を担当するアンジェリカ・スタックバードよ」
俺の前にいたのは透き通るようなブロンドの髪を持った女性。
そしてキリッとした青い目が俺を強く見つめていた。
俺は固まった。
嘘だ……。
なんで、彼女が此処にいるんだよ……。
「あなたの事情は聞いているわ“アラン”」
どうして!
どうして、俺の事を知っていて此処にいるっ‼
「なん、でっ……なんで、あんたが居るんだよっ‼」
アンジェリカ、彼女は俺が愛していた女性、キャロの実の姉。
そして彼女はウィーズボストの中央病院で働く医者である。
そう、医者なのだ。
【コマンダーズ】にいるはずがない――
「私が彼女を呼んだ」
後ろから声がした。
ミッシェル?
振り返ればミッシェルが俺の肩に手を当てている。
どうして……そんな事をするんだ。
余計な事をしないでくれっ。
ミッシェルに、初めて怒りがわいた――
そして俺はその手を振り払う。
「変なことはしないでくれっ!」
絶叫――
そして体を反転させ出口へと走る。
「アラン‼」
後ろから聞こえた女性のはなった静止の声を無視し、俺は全力で走り出した。
会いたくなかった。
顔を見せたくなかった。
彼女には謝っても謝りきれない。
キャロは彼女の最後の家族だった。
そしてキャロは俺のせいで死んだ。
彼女は俺のせいで家族を全員失ったにも等しいのだ。
あの決戦前夜、俺は彼女に無事に帰ると約束したというのに……。
俺は、約束を守れなかった。
だから、俺はあの戦いの後、彼女に会うのが怖くなり逃げだした。
それなのに――
なんで!
何でここにいるんだよっ!
俺は全速力で走る。
息が切れてきた、構わない。
今は此処から逃げなきゃいけないんだ。
「うわっ! な、なんだっ?」
誰かとぶつかった――
俺は男の声を無視し走る。
彼女になんて言えばいいのかわからない。
だから怖い。
「待って‼ 」
後ろから追いかける声が聞こえる。
その声はどんどんと距離を縮めていた。
思ったよりも足が速い。
その反面、貧弱な俺の体は次第に速度を落としていく。
走らなきゃ――
逃げなければ――
更に加速させようと足に力を込めた。
足の筋肉が悲鳴を上げる。
だが、まだ走れる。
乱れる呼吸の音だけがはっきりと聞こえた。
視界がすこし歪んでいる。
何かが頬を伝い、口に入ったそれはしょっぱかった。
徐々に薄れる走るための意志。
そして――
後ろから鈍い衝撃。
足がもつれてバランスを崩した。
そして迫る床。
しかし床に直撃する前に突然視界に現れた柔らかい物が、クッションとなって激突を防いだ。
その後、暫くの沈黙が訪れた。
それから数分後――
「はぁ……はぁ……一体、何処に行くつもりなの。アラン」
俺はアンジェリカに捕まった。
ご一読ありがとうございました!




