第9話 弟子、初恋に散る
「おや?カロムはどうしたのさ?」
屋敷の2階から下りてきたアレサが、辺りを見渡しながら言う。
あれから一夜が明けた。
いつもならとっくに起きて朝食の用意をしているはずのカロムが、どこにも見当たらない。
「んー、まだ部屋から出てきてないんだよねー」
「寝坊かい?珍しいこともあるもんだね。どれ仕方ない、このアタシが起こしてやるかね」
そう言うと、アレサは悠々とした態度でカロムの部屋の前まで移動する。
「同じようなシーン前回もやってるんだから、さっさとやってよ……」
「ミュクスうるさいよ!……ったく」
気を取り直して、アレサはドアをノックする。待っても何の反応もないので、躊躇せずドアを開けた。
中を見回すもカロムの姿はない。目につくのは、ベッドの上で丸々と膨れ上がった布団だけだった。
「カロム、起きてんのかい?」
アレサが布団に呼びかけるも、これといった動きはない。アレサは小さくため息を吐くと、布団をむんずと掴み、勢いよく引っ剥がした。
「カロム!?」
そこには、ゾンビのような顔をしたカロムが、死にかけの虫のように丸まって横たわっていた。
「あちゃ~……。おーいカロムぅ……」
ミュクスが気の毒そうな顔でカロムの頬を突っつく。そんなミュクスの様子を見て、アレサは何かを察したように口を開いた。
「ミュクス、アンタ原因知ってるだろ?」
「ああ……。まあ、ね……」
アレサに見抜かれてしまい、ミュクスは口ごもりながらも昨日タイナの店であった事を話した。
「なるほどねぇ。いつの間にかいなくなったと思ったら、そんなことになってたのかい」
「いや、ちゃんと町に行くこと伝えたっての。まあいいや、アレサはジュリアの態度の理由ってわかる?」
「本人じゃないんだから分かるわけないだろう?
にしてもだ。その娘、気に入らないね」
アレサは険しい表情で腕を組む。その様子を見たミュクスは、目を丸くする。
「あ?何を驚いてんだい、ミュクス」
「いや、アレサってなんやかんやカロムのこと大事に思ってんだなーって」
「はあ?何を言ってんだい?アタシはね、調子に乗ってる女が大嫌いなんだよ!」
アレサが声を荒げる。するとその声に反応したのか、カロムがふらつきつつも身体を起こす。
「カロム、大丈夫?今日は寝ててもいいんじゃない?」
「ありがとうございます……ミュクスさん……。でも……お師匠様がこんなに僕のことで怒ってくれるなんて……嬉しくて……」
そう言ってカロムは、目元を軽く拭った。
「あー、カロム。残念だけど多分違うわ」
「え?」
「ミュクスの話を聞いてたらなんだい?『話しかけないで』だ?自分がどれだけいい女か知らないけど、ずいぶんいい気なもんじゃないかい」
「いや、いい気かどうかは分かんないでしょ……」
ミュクスが思わず口を挟む。
「いーや!『あたしモテるのよ、モブが話しかけるんじゃないわ』って雰囲気が凄く感じるよ!ああ腹が立つね!」
「ただ僻んでるだけだったかぁー……」
「ミュクスお黙りよ!カロムも、言われっぱなしで良いワケがないだろう!?さっさとその女の所に行くよ!」
感情がすっかりヒートアップしてしまったアレサが、勢いに任せて言う。
「ええ……?お師匠様ぁ、やめときましょうよ。ご友人のお孫さんなんですし……」
「嫌だね!!そのアホ女に何か言ってやらないと気が済まないんだよ!タイナの孫だろうが関係ないね!」
「な、なんでそんなにキレてるんだろう……」
当事者であるにも関わらず、カロムは引き気味にボソリと呟く。
「今まで色恋沙汰には無縁だったから、ちやほやされてるジュリアが羨ましいんだろな。ホントしょーもない……」
アレサに軽蔑したような眼差しを向けながらミュクスが言う。
「そこ!ぶつくさ言ってないでとっとと用意しな!!」
ミュクスとカロムの身体が同時にビクンと跳ねる。
従わないと後が面倒そうだと判断し、二人はしぶしぶと出かける準備をした。
そしてアレサは、おたずね者となっているにも関わらず、特に変装もせぬまま、空飛ぶソファに乗り込んであっという間に飛んでいってしまった。
「ああ!お師匠様、待ってぇ!!」
「これ、衛兵とかに見つかる前に決着つけないと面倒だぞ……」
ミュクスはそう言いながら巨鳥に姿を変えると、カロムを掴んでアレサの後を追った。
あっという間にタイナの店の上空に着くと、アレサは空飛ぶソファをゆっくりと降下させた。
そして目の前の古びた扉を乱暴に開ける。
「あわわ……お、お師匠様……!もう少しこう、優しく……」
「タイナ、まだ生きてたかい」
オロオロするカロムに一切構わず、アレサは奥にいる人物に語りかける。久しぶりの再会だというのに、声色はずいぶんと淡々としたものだ。
カロムもつられて店の奥へ目を向けると、ジュリアと同じ色のローブを着た、深いシワを刻んだ腰の曲がった老婆がカウンターにいた。
「その言葉、そのまま返すよ。お前さんは相変わらず恐ろしいくらい当時のままだね、アレサ」
タイナも、しゃがれた声でアレサと同じく事務的に答える。
「お前さんがわざわざ直接ここに来たってことは、何かあったんだろ?」
「お宅んとこの孫が、ウチの弟子にずいぶんな態度をしてくれたみたいでね」
「へえ?そんな話は一切聞いてないけどねぇ」
孫を悪く言われてカチンと来たのか、タイナが不快感を露わにする。すると、その時だった。
「おばあちゃん、お客さん来たの?手伝うわ」
奥から長い髪を揺らしながら現れたその人物は、カウンターの前に立つアレサを見た瞬間、ぴたりと足を止めた。
「…………え?」
その目が、みるみるうちに見開かれていく。
視線の先にあるのは、アレサの頭に乗っている二つの大きな宝玉。息を呑み、両手で口元を覆うと、指先が小刻みに震え、顔から血の気が引いていく。
「頭に二つの大きな宝玉……?ま、まさか……!!」
「アンタが例のタイナの孫だね?ウチの弟子がずいぶん世話になったそうじゃないかい」
相手が怯えていると判断したアレサは胸を張り、優越感と威圧感たっぷりにそう言い放ったが、肝心の相手の反応は、予想していたものとまるで違っていた。
「ア、アレサ様が……!私に話しかけ……!」
少女の頬が、みるみるうちに朱に染まっていく。やがて、感極まったように両手を握りしめた。
「ちょっとアンタ、聞いてんのかい!?よくも――」
「アレサ様!!」
「うわっ!?」
アレサが話すのに被せて言葉を発したと同時に、猛然とカウンターに身を乗り上げてきた。
「ちょちょ……!な、何なんだい、急に!?」
「私を……私を弟子にしてください!何でもしますから!素材集めはもちろん、掃除や洗濯、身の回りのお世話だって、何だって喜んでさせていただきますわ!!」
一息にまくし立てられ、その凄まじい勢いに、さすがのアレサも思わず上体を反らした。だがアレサも負けてはいられない。
「はあ?お断りだね!!」
「そんな!あんな魔法が使えない魔法使いなんかより絶対お役に立ってみせます!!」
「ぼ、僕のことですか……?」
突然話題に挙げられたカロムは、困惑した表情で自分を指さした。
「他に誰がいるっての!?まともに魔法が使えないのに、天才的な大魔女のアレサ様の弟子になるなんて図々しいのよ!!」
「そ、そんな……!僕だって僕なりに……!」
「魔法が使えてないのは事実じゃない!」
甲高い怒号が店内に響き渡る。
「お姉ちゃんどうしたの?店でそんな大声だして……」
騒ぎを聞きつけたのか、店の奥からもう一人、別の人物が顔を出した。
その瞬間、アレサ達の視線が、二人の間を行き来する。
長い髪。整った顔立ち。背格好まで、目の前でカロムを罵倒している人間とそっくりだ。
ただ現れた人物の目は、先ほどのメディナとは違い、柔らかな印象を与えていた。
「ジュリア!あんたは黙ってなさいよ!」
「……は?」
アレサの動きが止まった。
今出てきた人間は、確かにジュリアと呼ばれていた。
それならば――。
「ちょ、ちょっと待ちな……。その子がジュリアだって!? じゃあ、アンタは一体……?」
「あら、わたくしったら!申し遅れましたわ!」
少女はくるりとアレサに向き直ると、先ほどまでの剣幕が嘘のように、ローブの裾をつまみ上げ、優雅に一礼する。
あまりにも鮮やかな態度の切り替えに、ミュクスとカロムはそろって呆れ顔になる。
「わたくしはメディナと申します! アレサ様にお目にかかれて、光栄の至りですわ!それから……」
メディナは、自分そっくりな人物の元へトタトタと駆け寄る。
「こっちは双子の弟のジュリアです!」
「双子……っていうか、《《おとうと》》ぉぉぉぉ!?」
アレサの絶叫が店内を揺るがした。
その隣では、カロムもミュクスも、口をあんぐりと開けたまま、目玉がこぼれ落ちそうなほど目を見開く。
「……え?という事は……」
カロムが、ぽつりと声を漏らし、ゆっくりとジュリアへ視線を向ける。
長い髪。整った顔立ち。大きな瞳。そしてあの時の優しい声が、頭の中を駆け巡った。
「あ、カロムさん……。どうしました?」
「ジュリアさん……お、男の子なの……?」
「あ、はい。そうですけど……」
ジュリアは不思議そうに首を傾げた。
「そ、そんなぁぁぁぁぁっ!!」
今度はカロムの悲鳴が店内に響き渡った。
「大丈夫だよカロム、恋に性別は関係ないよ!」
ミュクスが別方向の慰めをする。
「何が大丈夫なんですか!?僕には関係あるんですって!!」
こうして、カロムの初恋は、本人も予想していなかった形で幕を閉じたのだった。




