第8話 弟子、恋をする
ガチャ……
ドアがゆっくり開くと同時に、上に取り付けられた鐘が優しく鳴る。
「遅〜い!物1個買うのにどれだけかかってんだい!!」
カロムが視界に入るやいなや、ドアの前で待ち構えていたアレサの怒鳴り声が飛んで来た。
「はあ……」
だがカロムはアレサを無視して目の前を素通りすると、荷物を持ったまま自分の部屋へと入っていった。
予想外の行動に、アレサもキョトンとして見送ることしかできなかった。
「ふ〜やれやれ、やっと帰ってきた」
後から入ってきたミュクスが、いつものスライムの姿に戻りながら言う。
「ミュクス?あの子どうしちまったんだい?」
「タイナの店から出たらああなっちゃった」
「は???」
アレサの頭にハテナが飛び交う。しかし、薬の調合もあるので、このままカロムを待ってはいられない。アレサは、カロムの部屋のドアをノックする。
「カロム、買ってきたものを渡しな」
だが、何の反応もない。何度かノックを繰り返すが、結果は変わらなかった。
「もうさ、中に入っちゃおうよ」
「そうだね……、さすがにちょっと心配になってきたよ……」
ミュクスに促されて、アレサはドアノブを握り締める。
「カロム、開けるよ」
意を決してドアを開けると、そこにはベッドに腰掛けて虚ろな目で一点を見つめているカロムの姿があった。
「カロム!一体どうしたってんだい!?何か悪い物でも食べたのかい!?」
「そんな、アレサじゃあるまいし」
べチィッ!!
アレサがミュクスの頭を平手で思い切り叩いた。
「バカなこと言ってんじゃないよ!それよりもカロム、返事をしなよ!」
アレサがカロムを揺すったり、時には叩いたりしてみるが、それでもカロムは無反応を貫いている。
「カロム!!」
「ちょ、アレサやり過ぎじゃね!?」
「う……た、確かに……」
アレサのせいでカロムは、まるで何かの争いにでも巻き込まれたかのような姿になっていた。
「ついムキになっちまったよ……」
「カロムー、いい加減アレサにタイナの店で買ってきたものを渡しなよ」
ミュクスの言葉に、カロムのまぶたがピクリと反応する。
「タ……イナの……。ジュリ……ア。はっ!?
お師匠様!はいこれ、頼まれた物です!」
カロムは何事も無かったように、にこやかな顔でアレサにおつかいの品を渡す。
「店の名前から連想して正気を取り戻した……」
「なんてヤツだい……」
「え?カロムですけど」
「んな事は分かってるわい!」
そう言いながらアレサは、カロムの手から荷物をぶんどる。
「んで、カロム。一体全体どうしたってんだい?」
「え……?あ……」
カロムは迷いながらも、ボソボソと話しだした。
「あの、タイナさんのお店に行ったら凄く綺麗な人がいて……。その人を見てから急に上手く喋れなくなってしまったんです」
それを聞いて、アレサは「はて?」と首を傾げた。ミュクスがタイナの孫だと教えると、アレサの口角がニヤリと上がる。
「お師匠様、僕……何かの病気なんでしょうか!?」
カロムの言葉を聞いたと同時に、アレサとミュクスの肩が同時にガクッと下がる。
「ったく……自分の気持ちになんて鈍感なんだい……」
アレサは呆れて頭に手を当てた。
カロムは状況が分からず、不安げにアレサとミュクスを見る。
「カロム、簡単なことだ。アンタはそのジュリアって子に惚れちまったんだよ」
「まあ『恋の病』っていうくらいだし、病気と言ったらそうなのかもな」
アレサとミュクスが冷静に淡々と言い放つ。
「こ、恋!?そうですか……。これが恋、なんですね……」
カロムは切なそうにしながら、両手で胸を押さえた。
「カロムってなんか、ちょいちょい乙女チックだよな」
「女々しい態度してんじゃないよ、全く」
「ええっ!?別にそんなつもりじゃ……」
「とにかくさ、ジュリアに恋してんのは事実なんだ?」
「あう……」
ミュクスにズケズケと土足で心に入られて、カロムは上手く喋ることができない。
「へえー、カロムがねぇ。普段アレサにべったりだからてっきり熟女好きなのかと」
「そんな!お師匠様が恋愛対象になるワケないじゃないですか!」
「失礼だよ!!二人とも!」
「まあまあ、アレサ。そんなに怒ると血圧が上がるから」
「年寄り扱いすんな!気分が悪い!アタシは下に行くからね!!」
アレサはそう言って、床を踏み抜きそうな勢いで足を踏み鳴らしながら部屋を出ていき、そのまま地下へと下りていった。
「お、お師匠様……大丈夫でしょうか?」
取り残されたカロムが、あわあわとしながらミュクスへ話しかける。
「大丈夫だよー気にしなくて。それよりカロムはさ、ジュリアと付き合いたいの?」
「えっ!?」
ミュクスに突然核心をつく質問をされ、カロムは考え込んでしまった。今まで恋愛など、自分には関係のない事だと思ってきた為、どうしたいのか分からない。
だが、ジュリアと二人きり、一緒に過ごせたら楽しいだろうな、とは思った。
「そうですね……。そういう関係になれたら嬉しい……かな」
「そっかぁ、分かった。じゃあ――」
「は、はい……」
「とっとと告白してこいよ」
「……はぇ?」
カロムは言われた内容の意味が分からず固まる。
「……?いや、だから今すぐジュリアに告――」
「聞こえてますってば!!そんなことしたら、絶対失敗するじゃないですか!!なんでいきなり!?」
驚きのあまり、カロムは思わず立ち上がる。
「カロム、これは恋愛がテーマの物語じゃないだろ?だから早く当たって砕けるかなんかなって、とっとと先に進めよう」
「何をメタなこと言ってんですか!それに今は一応恋愛がテーマの場面でしょが!!」
「あーはいはいもー、分かったから。落ち着いて」
カロムは肩で息をしつつ、ミュクスの態度に不満げな様子でベッドに腰かけた。
「つーかカロムはさ、『失敗する』って言ってるけど、逆にどうやったら成功すると思ってるのさ?」
「そ、それは……もっと仲良くなってから告白する……とか?」
「じゃあ仲良くなりに行ったらいいじゃん」
「そんな簡単に……。話すのも緊張するのに」
カロムは視線を落として手をもじもじといじる。そんな様子を目の前の魔法生物は、理解できないと言いたげに目を細めた。
「んー仕方ないなあ。じゃあさ私が一緒に行ったらまだ話せるか?」
「え?うーん、それなら多分いけると思いますけど……」
「『けど』ってなんだよ?」
「あー……。なんか、誰かに協力してもらわないといけないのが情けなくって……」
申し訳なさそうに小さくなってカロムが答える。
「今はそんなこと言ってられないじゃんか。それじゃあ明日、早速また行ってみようよ。私は猫の姿でいいよね?」
「あ……はい、ありがとうミュクスさん。よろしくお願いします……!」
そして次の日――。
カロムはいつもの雑用をあっという間に終わらせると、アレサに許可を取り、ミュクスと再びタイナの店へ向かった。
相変わらず分かりにくい場所だが、今回ばかりはすぐにどこかが分かった。目的の人物が、店の外でドアの掃除をしていたからだ。
流れるような美しい髪が目に入った瞬間、カロムの心臓は飛び出してしまいそうな程に跳ね上がった。
「……!!」
「ほらカロム、頑張れ」
首に巻き付いた黒猫が小声でせっついてくるので、カロムは何度か大げさな深呼吸をした後に、やっとの思いで声を絞り出した。
「ジ……ジュリアさん!」
「?」
「あ……」
明らかに「誰だ?」と言いたげなその表情に、カロムの心は悲しみでいっぱいになるが、まあいろんな人がかわるがわる来るなら仕方ないのだろう、と無理矢理自分を納得させた。
「あの……僕です。カロムで……す」
「!!」
その言葉を聞いた瞬間、想い人の表情が一変した。先ほどまでの穏やかな顔が、みるみると険しくなるので、カロムは思わずたじろぐ。
「話しかけないでくれる?あんたと話すことなんてないから!」
そう言って逃げるように店に入ると、バタンッ!!と大きな音を立ててドアを閉めた。
何が起きたか分からず、カロムとミュクスは口を半開きにして放心状態で店のドアを見ていた。
「カロム……。何かやったの?」
「え……???」




