第7話 弟子、町へ行く
「お師匠様!いつお城へ行かれるんですか!?」
カロムは廊下の掃き掃除をしながら、店のカウンターでボーッとしているアレサに話しかける。
「はあ……、鬱陶しいねえ毎日毎日」
「あれから数日間ずっとあんな調子だもんなー。自分が何やろうとしてるか分かってんのかな?」
「魔法への探究心と呪いが解けるかもしれないっていう希望で、城を襲撃する事がどれだけヤバいかが抜け落ちてるね……」
「まあ、お陰で雑用の仕事は捗ってるようだしいいんじゃないの?」
アレサとミュクスは呆れたように、テキパキと商品棚を整理するカロムの作業を眺めている。するとカロムが一つの空ビンに気付き、手を止めた。
「あ、お師匠様これ……」
「あー……在庫を切らしてたか。確か材料も一部切らしてたし……」
アレサがめんどくさそうに頭をかく。
「その薬は明後日に渡す約束してるじゃん。どうすんの?」
「今から作っていくしかないね。カロム、ミュクス、申し訳ないけどタイナの店へブラッドルートの乾燥根を買いに行ってくれるかい?一つだけでいい。アタシは下の部屋でいけるところまで作ってるから」
「へいへーい。じゃあカロム、行こうぜ」
「あ……はい……」
軽いノリで返事をするミュクスに対して、カロムは浮かない顔をしている。
「どした?あ、カロムは行くの初めてだったっけ?大丈夫、私もついていくし」
「あ……ありがとうございます。いや、あの、この格好のままで大丈夫ですかね……?」
指名手配されている事を今更ながら実感したのか、いざ城下町へ行く目的ができた途端、カロムの心に不安が襲ってきた。
確かにカロムが着ている黄緑色のローブは珍しく、人相書きにはそのローブはバッチリデザインされている。
「ああ……そうだね。用心するに越したことはないかね。あんなんで特定されるとも思えないが」
アレサは勢いをつけて立ち上がると、つかつかと店の奥へ消えた。かと思うと、トントンと足音と振動が上に登っていく。どうやら上の階にあるアレサの部屋に向かったようだ。
少し待つと、高級感のある落ち着いた深い赤色のローブを手にしてアレサが戻ってきた。
「それ、めっちゃ久しぶりに見たなー。まだあったんだ」
「昔アタシが着てたやつだ。町を歩く時はこれ着ときな」
「あ、ありがとうございます、お師匠様……!」
カロムは渡されたローブに早速腕を通す。ローブの雰囲気のせいだろうか、とても優秀な魔法使いのような雰囲気になった。
「へえ、それなりに見れた格好になるじゃないかい」
「これなら手配書の人物だって分からないな。じゃあ行こうか」
そう言ってミュクスは黒猫の姿に変わると、カロムの肩に巻き付くようにおさまった。柔らかく細やかな体毛が、カロムの両頬をくすぐる。
「ミュクスさん、自分で歩いてくださいよ……」
「町に着いたら案内してやるから、それまで頼むよ」
「もー仕方ないなあ……」
こうして一人と一体は、フィグゼーヌの城下町へ向かった。
アレサに弟子入りして以来、久しぶりの町だ。
町に着くと、ミュクスはストンとカロムの肩から降り、ついてこいと言いたげな視線を送りながらカロムの前を歩き出した。
「ミュクスさん、『タイナの店』ってどんなお店なんですか?」
城下町の石畳を踏みしめながら、カロムが尋ねる。
「そのまんま、魔女のタイナがやってる魔法薬の材料や魔道具を売ってる店だよ。山で取れない素材はいつもそこで買ってるんだわ」
「へえ、タイナさん。どんな人なんですか?」
「んー?お金払って物もらって終わりだから、そんなこと今まで考えたこともなかった。とりあえずアレサの味方だよ」
「そ、そうですか……」
そんなことを言いながら、ミュクスの案内に従って城下町の奥へ進んでいく。道は次第に細くなっていき、小さな家々は隙間なく建ち並び、建物の間を通る道も人が二人並んで歩けるほどしかない。
曲がり角も多く、少し目を離せば自分たちがどこから来たのか分からなくなりそうだった。
黒猫のミュクスを見失わないように、カロムは必死で後を追う。やがてミュクスは、とある家の前で足を止めて座り込んだ。
「……ここですか?ミュクスさん」
カロムは目の前の家を見て首を傾げた。その家は周囲の民家と、特に何も変わらない。看板もなければ、店らしいものも見当たらない。
とても店があるようには見えなかった。
「そうだよ。さ、早く入ろう」
そう言ってミュクスは、再びカロムの肩に舞い戻った。軽く言われてしまったが、中の様子が分からない家の中に、いきなり入って行くのは勇気がいる。
カロムは勇気を振り絞ってドアを軽くノックした。
しかし、何の反応もない。
聞こえなかったのだろうか?と思い、もう一度ノックをしようとしたが、ミュクスに急かされてしまったのでカロムは遠慮がちにドアを開けた。
中はロウソクの控えめな明かりで照らされており、全体的に薄暗く、何処にどういった商品が置かれているのかよく分からない。
見える限りでは、店先には誰もいないようだ。
「すいませーん、誰かいませんかぁ?」
やはり何の反応も返ってこない。
やがて段々と目が慣れてきて、店内の様子が分かるようになると、カロムは置いてある商品に興味を惹かれ、品物を物色し始めた。
店内は狭く敷き詰められるように商品が置かれている。
木で作られた大きな棚には、アレサの部屋でも見たことがない怪しげな雰囲気の魔道具が所狭しと置いてある。
美しい装飾が施された天秤、蛇の刻印が刻まれた宝玉、不思議な光を放つビー玉等――。
見ているだけでも飽きることがなかった。
「わあ……すごいなぁ……」
魅入られたように棚を見渡していると、店の奥の暗闇からドタドタと慌ただしい音が聞こえてきた。
「ごめんなさい!お待たせしました!」
店の奥から、一人の人物が長いウェーブのかかった髪を揺らしながら、慌ただしく駆けてくる。
暗がりではあるが、かなり整った顔立ちをしており、カロムとそう歳は変わらないように見える。
長いまつ毛に囲まれた大きな瞳は、ロウソクの明かりを反射して、まるで美しい夜景を奥に閉じ込めているようだった。
「あ、いえ……!だ、大丈夫ですよ!」
カロムはその瞳を見た瞬間、胸に衝撃を感じていた。
「あの……?お客様……ですよね?」
「あ!は、はい!えと……あの……」
「ブラッドルートの乾燥根だよ」
首に巻き付いてるミュクスが、急に喋り方を忘れたカロムにそっと耳打ちする。
「あ……その、ぶらっどるーとの、かんそーこん?を一つください!」
カロムの声は裏返って変になったり音量を間違えたりしており、どうやら声の出し方まで分からなくなってしまったようである。
目の前の神秘的な人物は、そんな様子を気にする事なく、品物を取り丁寧に紙に包んでカロムへ渡す。
「どうぞ、2900ルピアになります」
「は、はい……。あの、タイナ……さん……その」
お金を渡すタイミングで、カロムは消え入りそうな声で話しかける。
「あ、おばあちゃんに用事ですか。すみません、今日は買い付けで留守にしてて、自分が代わりで店番をしてるんです。
ま、さっきみたいに店の奥でボーッとて、お客様を待たせちゃってるから、代わりになってるか微妙なんですけど……」
そう言って照れくさそうに笑い、ぺろりと舌を出す。
その仕草を見たカロムの胸は、再び小さく跳ねた。
「《《おばあちゃん》》……てことは、君は……」
「はい、孫のジュリアです。あなたは?」
「カ、カロムです、よろしく……お願いします」
「カロム……あ、あなたが!あのアレサさんのお弟子さんなんですね!今指名手配されているでしょう?大変ですね……」
カロムは驚いた。何故ジュリアは自分の事情をそこまで知っているのだろう。カロムは慎重に尋ねた。
「ルーンさんから聞きましたよ。おばあちゃん、アレサさんとは組合時代に仲良くしてたらしくて、アレサさんに何かあったら協力できるようにすぐ教えてもらえるんです」
「それで僕のことが……」
心強い反面、迂闊なことはできないな、とカロムは身を引き締める。
それにしても、アレサの昔なじみには孫までいるらしい。普段は全く意識していなかったが、アレサが過ごしてきた年月を改めて感じさせられた。
「あ、あの――」
「にゃー!」
カロムが話を続けようとしたその時、黒猫姿のミュクスが突然大きな鳴き声をあげる。
ミュクスからの圧を感じ取ったカロムは、急いでアレサの所に戻ることにした。
「あ、すみません。そろそろ帰らないと……」
「ありがとうございました。ふふふ、猫ちゃんごめんね」
薄暗い店内で、ミュクスに向けるジュリアの笑顔だけが眩しく輝いて見えた。カロムはその笑顔に見送られ、店を後にした。




