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第4話 魔女、仕組まれる

「遅い!!」


 湧き水を汲み終え、屋敷のドアを開けたカロムとミュクスを待っていたのは、眉間にシワを寄せ、腕組みをして仁王立ちする魔女の姿だった。


「あんな小物相手にいつまでかかってんだい!」


「ひい!ごめんなさい!」


「まあまあアレサ。カロムは新人なんだからさー」


 怯えるカロムを尻目に、ミュクスは自分には関係ないといった態度で言う。


「それに自分ができるからって、他人も同じ事ができると思わない方がいいんじゃないの?」


「……それで、任せた物はどこだい?」


 ミュクスのもっともな言葉に何も言い返せないのか、アレサは不服そうに話題を目的に戻す。

 カロムは震える手で、グニャグニャの歪なバケツを差し出した。


「これは……驚いたね」


 アレサは目を丸くする。


「はい……すみません、ミュクスさんが……」


「ちょ、おま……。

 私のせいにすんなよ、せっかくフォローしたのに」


「でもミュクスさん以外考えられないじゃないですか、あんなスゴい炎」


「カロム、ミュクスは魔法を使えないよ」


「???」


 中の水をこぼさないように慎重にバケツを見回しながら、アレサは淡々と話す。カロムはアレサの言っている事が理解できず、アレサとミュクスを交互に見るが、アレサはお構いなしに話を続ける。


「だからこのバケツを変形させたのはカロム、アンタなのさ」


「そ、そんなはずありません!!だって僕は……」


「そうさね、『魔法が使えない呪い』だね。

 カロム、アンタの普段の状態は例えるなら、魔力の通り道に『呪い』という詰め物がされている状態なんだよ」


「それなら……!」


「でもね、理屈はわかんないんだが、ミュクスが触れた時だけそれが無くなるのさ。ミュクスに掴まれた瞬間、魔力の具合が変わったからもしやと思ってたけど、威力は予想以上だったようだね」


 感心した様子でアレサはバケツを眺めている。


 「え……えええええええええっ!?」


  ワンテンポ遅れてカロムの絶叫が響き渡った。その声は屋敷を飛び越え森中に谺《こだま》した。


「ぼ、僕が!? あの火柱を!?僕が出したんですか!?

 あんな……!え、じゃあバケツを壊したのも、僕!?」


「うるさいね!お黙りよ!」


 大混乱のカロムに向かってアレサの容赦無い一喝が飛んでくる。


「だ、だってお師匠様……」


「……と、こんな事してる場合じゃなかったね」


 アレサはオロオロするカロムを気にもとめず、いそいそとバケツを持ったままカウンターの奥に進む。

 カロムはついて行っていいのか迷っていると、アレサに続いていたミュクスがカウンター奥のドアからひょっこり顔を覗かせて手招きする。


 促されるまま進むと、中は廊下になっており、左側には2階へ続くお洒落な木造階段があった。


 2階に行くのかと思われたが、アレサは階段下のスペースに立ち、ヒール部分で軽く床を叩いた。

 すると、足元の床がパカっと開き下へと続く隠された石造りの階段が現れた。


 アレサとミュクスが当たり前のように下りていくので、カロムも遠慮がちに続いた。

 壁も階段と同じ材質でできており、まるで洞窟のように空気はひんやりしている。


 階段を降りきった先には大部屋が一つあり、中に入った瞬間、濃厚な薬草の匂いと古い紙の埃っぽさが鼻を突いた。


 天井までいっぱいの本棚や魔道具の棚、中心には大きな机とメモが貼り付けられた黒板があり、さらに本棚に入り切らなかった本の山があちこちに散乱して、せっかくの広い部屋が極狭の部屋になっていた。

  

 アレサは中央の机にバケツを静かに置くと、中身を空き瓶に移し、つい先程まで作業をしていた様子の乳鉢で中の緑色の草をすり潰し始めた。


「あ……お師匠様、その……バケツを壊してごめんなさい。あと湧き水も……その、毒が……」


「別にそれくらいの物、また作ればいいだけさね。

 この水だってそうさ。あの大ムカデの毒は薄めて使うと高級な気付け薬になる。カロム、お手柄だよ」


 カロムの方を見向きもせず黙々と作業を続けながら答えるアレサ。お手製の魔道具を壊されたというのに、本当に興味が無いといった様子だ。


「オテガラ……?」


 予想外の言葉に、カロムの肩からストンと力が抜けた。


 失敗して怒られる。壊して追い出される。そんな不安で凍りついていた心が、アレサの何気ない一言でみるみる解けていくのを感じた。

 カロムは鼻の奥がツンとするのを堪えながら、これ以上ないほどだらしなく、けれど幸せそうな笑みを浮かべた。


「にしてもアレサ、全部分かってて私にカロムを押し付けたんだ」


 ミュクスが不満気に言う。


「アンタもずいぶん鈍感だねミュクス。魔法生物なのに魔力の変化に気付かないなんてさ」


「普段意識してないからしゃーない」


「まったく……」


 アレサが完成した丸薬を瓶に詰めながら呆れていると、カロムが遠慮がちに口を開く。


「あの……お師匠様、どうしてミュクスさんも魔法が?もしかして僕と同じなんですか?」


「ミュクスは普通の生物と同じように魔力はあるけど循環していないのさ。その代わり……と言っていいのか分からないけど、体組織が特殊でね。お陰で色んな形になれるのさ」


「そんなデタラメな……。それに魔力の事が本当なら、魔法を使うどころか生きてる事自体が不思議というか……」


「普通はありえないでしょ?だからこれがホントの『魔法生物』、何つって!」


 上手い言い回しをしたもんだと得意気なミュクスの言葉に、カロムはどう返事をしようかと考えるが、結局愛想笑いしかできなかった。







 その時だった。


 トン トン トン――


 店先の扉がノックされたような気がした。


「来たよ、ミュクス」


「はいはい……」


 完成したばかりの薬を持ってつかつかと部屋を出るアレサ。ミュクスも、カロムと最初に出会った時の青髪の少女の姿に変わりながらその後を追う。

 カロムは一人、薄暗い魔女の部屋に取り残されてしまった。


「えっと……」


 しんとした部屋の中で、カロムがどうしたらいいか分からず立ち尽くしていると、視界の端で何か動くものが見えた。ついそこに目線を向けると、手の平サイズの巨大な蜘蛛が壁に張り付いているではないか。

 心臓が止まるりそうなほど驚いたカロムは、慌ててアレサ達を追いかけて階段を上っていった。


 すると薬局店の方から話し声が聞こえる。


(言ってたお友達の人かな?)


 そう思ったカロムは、邪魔をしないようにそっとドアを開けて中の様子を伺うと、窓際にあるソファとテーブルが置かれたエリアで、アレサと腰の曲がった老齢の女性が和やかな雰囲気で話し込んでいた。


 これまで見たことがないリラックスした表情のアレサが珍しくてつい眺めてしまっていると、


「カロム、どいて」


 と紅茶セットを運ぶ少女ミュクスに後ろから注意され、そのまま追い立てられるようにしてカロムも店に出た。


「あら?あらあらあら……!」


 カロムを視認した老女は、珍しい生き物でも見たかのように目を輝かせ、興味津々にカロムに近付く。服装や所作の上品さから何となく育ちの良さが感じられる。


「アレサちゃん!この子はどうしたの?」


「アタシの弟子さね、今朝そうなったんだ」


「まあ……!今まで全然そんな事しなかったのにどうしたの?」


「試しにとってみるのも悪くないと思ってね」


 アレサはそう言って運ばれてきた紅茶に口を付ける。


「そう……!」


 老女はカロムの手を取ると、改めてカロムをまじまじと見る。何だかとても嬉しそうだ。


「カ、カロムです。こんにちは……」


「こんにちは、私はエリナ。アレサちゃんとは幼馴染みなの」


「は、はあ……」


 照れくささと戸惑いから歯切れの悪い挨拶をするカロムに対して、エリナはまるで小さな子に話しかけるように、カロムの顔を見ながらにっこり笑って大袈裟な抑揚で話す。


「アレサちゃん、教え方は乱暴で傷付く事もあるだろうけど、本当に凄い魔法使いだからとっても勉強になると思うわ。頑張ってね!」


「貶してんだが褒めてんだかどっちなんだい……」


「やあねぇ、褒めてるに決まってるじゃない」


 その後は、カロムも一緒に座って婦人二人の会話に混ざった。と言っても、会話はせずほぼ首を上下に振るだけの置物となっていたが。


 どのくらいの時間が経ったのだろうか、気付けば辺りは薄暗くなってきていた。


「あら、もうこんな時間。そろそろ帰るわね」


 エリナはそう言うと、アレサから渡された薬を持ち、迎えの従者と共に屋敷を後にした。


「ふー、やっと帰ったよ」


「お師匠様、あの人苦手なんですか?いい人なのに……」


「いや、そう言うのじゃないんだけどねぇ……」


 寂しそうなカロムの態度にアレサは少したじろぐ。


「アレサはただ他人と喋るだけでHPが削られちゃう体質なんだよね」


「ミュクスお黙りよ」


 アレサ達が話していると、敷地の外の茂みからガサリと音がした。

 一斉にその方向を見ると、黒のモーニングを着たペストマスク姿の男が柱のように背筋をピンとさせて立っていた。


「あ、あなたはメモをくれた人!!」


「少年、その様子だと無事に弟子入りできたようですね」


 ペストマスクの男はそう言いながら、頭のシルクハットを軽く取って二人と一体に挨拶した。


「なるほどね。ルーン、この子はあんたの差し金だったんだね?」


 含みのある笑顔でアレサが尋ねる。


「私はただ、行き場の無い一人の少年に少し道を示しただけですよ。安心してください、裏があるワケではなく完全なる親切心からです」


「あたしにメリットが無いじゃないかい……」


「アレサ、貴女の実力は本当に素晴らしい。このまま貴女の代で終わらせるのは惜しいのです。

 彼ならやる気もありそうですし、何より貴女が興味を持ちそうだったのでこちらを紹介しました」


「流石だね、何もかもお見通しってことかい」


 してやられた、というようにアレサが肩を落とす。


「それにしてもカロム、よくこんな怪しいヤツの情報を信じたよな。本人の前で言うのも何だけど」


 ミュクスが苦々しい様子でルーンを親指で指す。


「え?ああ、僕には他に選択肢が無かったですし……」


「ダメだぞ、よく知らない人の事を簡単に信じちゃあ!」


「ええと……?じゃあミュクスさんの言う事も信じたらダメですよね……?」


「私は『人』じゃないからいいんだよ!」


「そんな理不尽な……」


 こうして、魔法使いを目指して故郷を飛び出した少年の新しい日々が始まった。

 ――魔女アレサと、魔法生物ミュクスと共に。

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