第3話 魔女、修行を課す
すると、先に奥に行っていたアレサが、茂みをかき分けカロム達の所へ戻って来た。ちょうどミュクスの話が終わるのを見計らっていたかのようなタイミングだ。
「ふー、いい見本が見付かったよ。
カロム、この草を集めるんだ。出来る限り多くね」
「あ……は、はい!」
アレサはカロムに、細長い形の葉が沢山組み合わさった黄色い草を見せた。一つ一つをよく見ると虫の触覚を大きくしたような変わった形だが、足元に生い茂る様々な雑草とよくなじみ、ぱっと見では見付けられない。
「自信が無けりゃ匂いを覚えるんだよ。この形でその匂いがするやつはこれしかない」
カロムは草をそのまま嗅いでみたが、よく分からなかったので、今度はそれを指でぐしぐしとこすり、その指を嗅いでみた。
よく干した布団のような匂いの中に、仄かに甘さを感じさせる匂いが鼻をぬける。青臭さは不思議と感じられない。
カロムは片手に手本としてその草を持ちつつ、時には顔を地面に着ける勢いで匂いを嗅ぎ、懸命に草を集める。
「カロムいい感じじゃん」
「10コくらい前に弟子入りした所では、一日中薬草摘んでたので!」
それを聞いたアレサとミュクスには、元気いっぱいに初々しく答えるカロムがなんとも健気でいじらしく見えたのだった。
「カロム……頑張れよ……。生きてたらきっと良い事あるから」
「え?あ、はい、頑張りますよ!」
それから少しして、ミュクスが太陽の位置を確認する。
「アレサぁ、ぼちぼち帰って作り始めないとヤバそうだよ」
「うーん困ったねぇ、もう少し他も欲しかったんだけど」
持ってきた麻袋にはカロムが取ってきた薬草の他にも、様々な草花でいっぱいになっている。
バケツの方には新鮮な湧き水が入れられており、木漏れ日の光をキラキラと反射させている。
「それでまだ足りないんですか?」
「いや、ストック分だね」
「んじゃ、もういいじゃん。帰ろ帰ろ」
ミュクスがうーんと手らしき部分を突き上げて体を伸ばしている。恐らく背伸びをしているのだろう。
「あ、お師匠様、あそこにも薬草が。最後にあれだけ入れて帰りましょう」
カロムが茂みへ駆け寄り、薬草を引っ張る。
その瞬間、地面が激しくうねり出したかと思うと、薬草が生えていたはずの場所から黒色の巨大で長い物体が、辺りの草花を蹴散らしながら姿を現した。
全長20メートルはあろうかという巨大ムカデ、メガロワームである。カロムはこいつの触角を刺激してしまった。
「ひいぃ!!」
カロムはすぐに手を離し、アレサの元へと急ぐ。
「お、お師匠様ぁ!!痛!」
その際、バケツに足を取られ、盛大に転んでしまう。湧き水で濡れた土が全身に付いてしまい、カロムはすっかり汚れてしまった。
「あ!何やってんだいカロム!せっかく汲んだのにさ!」
「お師匠様、あれ!あれ!」
カロムが必死で訴える。
だがアレサはカロムが指差す方を見ることもせず、慣れた手つきではち切れそうになっている麻袋を縛ると、
「じゃ、カロム、水を汲んでから戻って来るんだよ」
と言ってさっさと行こうとするではないか。
「は……?」
アレサの言葉が理解できなかったカロムは、魚の様に口をパクパクさせる。
「あの……お師匠様?」
「アタシは調合しなきゃいけないからもう戻るよ。
カロム、責任持って今の状況を何とかしな。修行にもなるだろう」
「え……?修行と言っても僕は……」
「アレサぁ、今日入ったばかりの新人を早速放置とかブラックもいいとこじゃね?」
「そう思うならミュクス、後は頼んだよ。あ、アンタは直接戦っちゃダメだからね」
「へいへい、また無茶を言う……」
今までも何度か似たような事があったのだろうか、狼狽えるカロムと違いミュクスは転生ものの主人公のような気だるげな態度で状況を受け入れている。
メガロワームは上体を持ち上げ、ハサミ状の口をいっぱいに開いて威嚇している。今にも襲いかかってきそうだ。
「ヤバいぞカロムー、避ける用意しとけよー」
危機感の無い口調でミュクスが声を掛けるや否や、メガロワームの口からドロついた黒い毒液が吐き出された。
当たるとヤバいと一目で分かるその液体を、カロムは大袈裟なダイブでかわす。
毒液はそのまま地面にビシャリとぶちまけられた。毒液がかかった植物はあっという間に腐食し、土も変色してしまった。状況を見たカロムは、立ち上がる事もせずただうろたえていた。
「あわわわ……!」
メガロワームはそんな状態のカロムに容赦なく次の攻撃を仕掛けようと、再び口をもごもごとさせている。
「何やってんだよカロム。そういうのいいから早く立てって」
「こ、腰が抜けちゃって……」
「もー世話が焼ける……」
再びメガロワームの口から先程以上の量の毒液がカロムに向かって放たれる。それをミュクスは2本の手を触手の様に伸ばし、カロムをひょいと持ち上げてかわした。
「どうする?一旦逃げるでいい?」
ミュクスの問いかけに、カロムは首が千切れんばかりに頷いた。
するとミュクスの姿が触手の生えた猿の様な姿となり、カロムを触手でかかえたまま木から木へと飛び回りながらメガロワームから距離を取る。
メガロワームもそれに負けない速さで追いかけながら次々と毒液を吐き出してくるが、縦横無尽に動き回って全てかわす。そこにカロムの安全は一切考慮されていない。
ミュクスが動く度に、カロムは乱暴にガクンガクンと振り回される。
「うわわわ……。
ミ、ミュクスさん……もう少し、もう少し……優しく……」
青白い顔をしたカロムが懇願する。
「えー?優しくってどうしろっての」
「できれば……ゆっくり……」
「そんな事したら――」
二人の目の前にポタリと一滴の黒い液体が滴ったかと思うと、その地面がシューっと煙を立てて腐食してしまった。
カロムとミュクスが壊れたカラクリ人形のように顔を上げると、磨き上げられた黒曜石のような無機質な複眼が、目と鼻の先で一人と一体を凝視していた。
ギチギチと音を立てて蠢く巨大な大顎からは、鼻を突くような腐食臭が漂っていた。
「ほら追い付かれた!」
「うわああああ!!」
「カロム!そうだ、魔法だ、魔法を使え!」
「僕まだ魔法は使えないですよ!!」
「煙は出せるだろ!!あれにビックリしてる間にまた逃げる!!」
「わ、分かりました……!」
そう言うとカロムは両手を胸の前にかざし、詠唱を始めた。
「ギリギリまで引きつけて最大火力でいくぞ!合図は出すから!」
メガロワームの動きを見逃すまいとミュクスはジッと様子を伺う。
するとメガロワームが鎌首を大きくのけぞらせたかと思うと、バネが弾けたような速度で巨大な大顎がこちらに迫ってきた。
「カロム今だ!!」
「ファイアああああああああ!!」
カロムがメガロワームに向かって手を開いた瞬間だった。
ドンッッッ!!!!
空気を引き裂くような轟音と共に、目の前に巨大な火柱が吹き上がった。
「「え?」」
二人同時に気の抜けた声が漏れる。それをお構いなしに、炎は視界に映るもの全てを、メガロワーム諸共焼き尽くしていった。カロムとミュクスはその様子を、口をぽかんと開けたまま、ただぼんやりと眺めていた。
しばらくして炎の勢いが弱まってくると、目の前には草木一本生えない不毛の焦土が広がっていた。メガロワームの姿は、跡形も無い。
「……カロム」
「……はい」
いつの間にか元のスライム状に戻っていたミュクスは、目の前に広がる景色をぼーっと眺めたままカロムの肩に手を置く。
「ここまでしろって言ってない……」
「……はい」
相槌を返すだけの機械となったカロムは、放心状態でただただ目の前の光景を眺めていた。
「は!!そ、そういえば……!!」
カロムが突然慌てた様子で辺りをキョロキョロと見回す。念願だった魔法が使えた事に気付いていないのか、そんな事は考えてもいない様子だった。
「カロムどうした?」
「バ、バケツ!湧き水!!」
必死で地面を探すカロム。すると遠くの方に西日を反射して眩く輝くものが。
大急ぎで近付き、地面から掘り出すようにしてそれを持ち上げると、すっかり熱で変形してしまったアレサのバケツが土まみれで出てきた。
辛うじて水は汲めそうだが。
「ああ……お師匠様のバケツが……」
そう言って中を覗き込んだカロムは更に絶望する。
青ざめているカロムが気になってミュクスもバケツを覗く。
「あらら、これはこれは……」
どうやらいつの間にかバケツにも毒液が付着していたらしく、そのまま炎に焼かれた事でバケツにがっつりと焦げとしてこびりついてしまっていた。
このまま水を汲んでも不純物が混じってしまいそうだ。
「ど、どうしよう……」
「もうさ、知らないフリして普通に汲んじゃえば?湧き水のポイントは無事みたいだしさ」
ミュクスはそう言ってカロムからバケツを奪い取ると、さっさと湧き水の場所へ向かってしまう。
泣きそうなカロムは、ミュクスのプルンとした背中を重い足取りで追いかけるのだった。
「にしてもこのバケツがここまで変形するなんてなー……。
アレサが作った熱にも衝撃にも強い超頑丈な魔道具なんだけどなぁ」
ミュクスはすっかり歪んでしまった焦げだらけのバケツを眺めながらボソリと呟いた。




