第2話 魔女、自己紹介する(させる)
早速アレサは、カロムをミュクスと一緒に屋敷の庭に連れ出した。
ミュクスは変身を解いて、今はスライムのような形になっている。
庭の片隅には、調合材料の草や花を育てようとしたのだろう、荒れ放題の小さな畑の痕跡がある。そこの真ん中にたたずむボロボロの案山子を引き抜くと、カロムと向かい合わせに突き立てた。
「カロム、あれに向かって何か魔法をぶつけてごらんよ」
アレサがそう言って案山子を指差す。
「えぇ、でも僕魔法が……」
「いいから、まずどんな感じか見せな」
少々怒気の入った言い方をするので、カロムは慌てて魔法を唱える。唯一覚えている炎の魔法だ。
「ファイア!」
ポンッと手の平から小さく煙がのぼる。
これまでは、この後きつく叱られたりしたのだろう、カロムは肩をぎゅっとすぼめてアレサの言葉を待つ。
だがアレサは、怒るでも呆れるでもなく、興味深そうに眼を見開いてその様子を眺めていた。
「へぇ……なるほど……そうなるのかい。ふーん……じゃあ今度は――」
下唇に人差し指を添え、カロムを見つめて考え込むアレサ――
――だったが、不自然な沈黙が流れる。
カロムは不安げにアレサを横目で見る。
するとアレサはカロムの前へずんずんと真顔で近付くと、カロムへ向かって乱暴に手を伸ばしてきた。
「ひっ!?」
思わず身をすくませるカロムだが、アレサはそっと、カロムの左肩に乗っかっている一枚の葉っぱをつまみ上げた。
カロムは何が起きたのか分からずポカンとアレサの様子を見ていると、しばらく葉っぱを眺めていたアレサの顔が見る見る間に青ざめていく。
「―――――――――――――――!!!!!!!」
アレサは鶏をくびり殺した時のような声にならぬ悲鳴を上げ、大慌てで屋敷の中へと消えていった。
ドタバタガッシャンと、屋敷全体が大きく揺れつつ爆音を鳴り響かせる。まるでそこだけ地震が起きているかのようだ。
その様子を、カロムとミュクスは口を半開きにしながら眺める。
「……お師匠様、一体どうしちゃったんですか?」
カロムが茫然としながらミュクスに尋ねる。
「さあ……?おーいアレサぁ、どしたートイレかー?」
「すっかり忘れてたあああぁぁぁ!!!」
程なくして、アレサがドアを蹴破らん勢いで飛び出してきた。
その手には長年使っていると思われる麻袋と金属製のバケツが握られている。
「さ、お前達!早く行くよ!!」
「「どこへ?」」(二人同時)
「薬草を摘みにだよ!!」
カロムとミュクスは戸惑っている隙にアレサに麻袋とバケツを押し付けられると、首の後ろをむんずと掴まれ、ズルズル引き摺られながら屋敷を後にした。
「お、おじじょーざば……」
カロムが、アレサの手を叩き必死に訴える。襟元が首を絞めているせいで、どんどんと血の気が引いていく。
「ああ、すまないね」
アレサはぱっと手を離すと、咳き込むカロムに構わずまたズンズンと歩き出す。
「ふへぇ……。お師匠様、どうしたんですか?突然」
「え?あ〜……」
気まずそうに頬を掻くアレサ。
実は今日の夕方に、古くからの友人が屋敷に来るのだが、その時に渡す薬を用意しておくのをすっかり忘れていた、というのを歯切れ悪く説明した。
「じゃあ朝からゆっくりしてる場合じゃ無かったじゃん」
「し、仕方ないだろミュクス!この子が突然来るんだから!!」
アレサが慌ててカロムを指差す。
「えぇ!?ご、ごめんなさい……」
「カロムは謝んなくていいよ。本当だったらカロムが来た時点で、奥で座ってるのがそもそも間違いなんだから。最近さ、物忘れ激しくない?やっぱり寄る年波には勝てないって」
「年寄り扱いすんな!!」
「そ、そうですよミュクスさん!!いくらなんでもそんな言い方しなくても!」
ミュクスのアレサに対する物言いに、勇気を出して意見するカロム。だがアレサとミュクスは顔を見合わせてキョトンとしており、カロムが予想した反応とは全く違っていた。
「あ〜そっか……。アレサ、どうする?」
ミュクスが目配せをする。
「隠してても仕方ないだろ。ミュクス、話してやんな」
「えー?もー、アレサが言いなよー。自分の事じゃんよー」
「アタシは今それどころじゃないんだよ!!」
そう言って茂みを掻き分けてさっさと行ってしまう。
「仕方ないなーもー」
気だるそうにミュクスがズルズルとカロムに近付いてくるが、その時カロムは聞いてしまった。「ある事無い事言ってやろ」と呟くミュクスの言葉を。
「アレサは今年で77歳になるんだよ」
「……へぇー」
カロムは一瞬息を飲むが、先程のミュクスの言葉が頭にあるので、表情を殺して相槌をうつ。
「何だよ反応薄いなー」
「ボクヲバカニシナイデクダサイ」
カロムは騙されまいとミュクスの目をなるべく見ないようにするので、ミュクスはまるで不貞腐れた子どもに取り繕うように謝罪する。
「あーごめんごめん、さっきのは冗談だって。私は嘘は言ってないし、これから話す事も本当の事だから」
「……は?」
ミュクスの謝罪が、予想していたのとは違う内容だったので、カロムは動揺する。
「えっと……ちょっと待ってください……。
ミュクスさんが謝ってくれたのは、『ある事ない事言う』事に対してで、お師匠様が77歳なのは――」
「うん、本当。マジのマジ。」
「ええぇぇぇ!?!?」
カロムは、顔の形が変わってしまいそうになる程目と口を開く。だがアレサの言葉遣いや、ちょっとした仕草に違和感を覚えているのも事実だった。
「そ、そうだったのか、どうりで……。じゃあ魔法を極めれば僕もずっと若く……?」
「無理だぞ。あれは魔法薬の効果だから」
「むう……」
一瞬ふくらんだ夢を、あっさりと叩き壊されてちょっと不服そうにしながら、カロムはミュクスの話に耳を傾ける。
「アレサは17歳の時から毎日欠かさず、不老の薬を60年間飲み続けているんだよ。勘違いしないでほしいのは、不老不死じゃなくて、あくまでも不老なだけって事。だから普通に病気にもなるし、大怪我したり寿命がくれば当然死ぬ。
しかもあの薬も完璧じゃなくてさ、ああ見えて若いのは見た目だけで内臓とか体力は年相応だよ」
「ええ?そうは見えませんけど……。だって、背筋はピンと伸びてるし、今も僕達を差し置いて山道をさっさと突き進んでいるじゃないですか……」
「それは魔導具で魔力をバッチバチに強化して、自身に強化魔法を常にガッチガチに積んでるからだね。健康の秘訣ってやつさ〜」
「秘訣とはちょっと違うのでは……」
ミュクスによると、アレサが頭に着けている2つの大きな宝玉が肝らしい。アレサの魔力の流れを何倍にも強化し、常に強化魔法をかけっぱなしにしているそうだ。
これも自分で作ったというのだから凄い。
「へえー!やっぱり、人間誰しもずっと若々しく健康でいたいもんですよね」
「うん、10代の少年が言うと違和感がスゴい」
「それにしても、お師匠様って健康とか美容への情熱が凄いですね!僕も同じくらい魔法を勉強したいです!」
キラキラした顔でカロムが決意を新たにする。
「アレサは別に若くいる為にやってるわけじゃないぞ」
「えっ?」
「あ」
ミュクスがしまったという顔をする。
「んー……。ま、そこも教えちゃっていいか……」
ミュクスが一瞬だけ口ごもったので、カロムは何かを察して申し訳なさそうにする。
「ああ、いいよいいよ。そんな顔しなさんなって。あのさカロム、先代のフィグゼーヌ王が不老不死を求めた話は知ってる?」
断片的ではあるが、カロムはそれを知っていた。故郷の村の年寄り連中が、事あるごとに愚痴をこぼすように話しているのを、物心がつく頃から聞いていたからだ。
「アレサが薬を飲み始める数年前かな。ある日突然、不老不死の方法を探せと王命が出たんだと。成功したらものすんごいご褒美をやるって言ってさ」
先代フィグゼーヌ王は国中のあらゆる組織にその方法を調べさせ始めたそうだ。
当時のアレサも、魔法使い組合の若き一員として不老不死を研究したうちの一人だったらしい。
「元から優秀だったアレサはさ、ご褒美とか名声とかよりも、誰も成し得ていない不老不死について、ただ純粋に調べたかったみたい。ま、その時の色んな試行錯誤の結果、偶然私が出来たんだわ」
「え、あ!?そうなんですか!?」
カロムはミュクスの衝撃的な出生の秘密に戸惑うが、かまわず話はそのまま続いてしまう。
「数年かけて、アレサはどうにか不老にはなれる薬を完成させたんだよ」
「それが今もお師匠様が飲んでるっていう薬なんですね」
「そうそう。一日一回、欠かさず飲み続ければ今の見た目のままでいられるんだと」
ミュクスが軽いノリで頷く。
アレサはそこからまだ研究を続け、完全な不老不死の薬を完成させるつもりだったが、成果を焦った組合が勝手に王へ不老不死の薬として献上してしまったという。
「ええ!?大丈夫だったんですか!?」
「まあそん時の組合の盛り上がりは凄かったよね。アレサは17歳にして伝説の魔女とか呼ばれた上に、ものすごい大金まで貰ったんだから」
だが、その名声はほんの一瞬で終わってしまった。フィグゼーヌ王が、その翌年に崩御したのだ。
「へ!?どうしてですか!?」
「アレサが言うには普通に寿命らしいよ。そういう運命だったみたい。まだ40代だったんだけどね。」
だが不老不死の薬を飲んでいた筈の王がすぐに崩御したことで、組合はあらぬ疑いをかけられ厳しく追及された。すると組合の人間たちは、その責任をアレサ一人に押し付けてきたという。
「元はと言えば、まだ未完成だった薬を勝手に持ち出した組合のせいなのにさ。アレサはほとんどの財産を没収された上、王国を追放されたってわけ」
「そうだったんですね……。でも、お師匠様はどうして未だに薬を飲み続けているんですか?」
「最初は効果を確かめるのと、毒じゃ無い事を証明する為に自分の身体で実験し始めたのがきっかけだけど、だいぶ経つし今はもうただの日課になってんじゃないかな」
ずいぶん重い出来事をあっけらかんと話すミュクス。
カロムが言葉を失って沈痛な面持ちになると、ミュクスは不思議そうにその顔を眺めた。
「カロム大丈夫?ちょっと重かった?まあ、アレサ本人が決めてやってることなんだから、外野がどうこう思うことじゃないでしょ」
「あ、いや……まあそうなんですけど。でも、辛いだろうなと思って……」
「自分から聞いといて落ち込まれてもなあ。じゃあこの話はこれでおしまいにしようか。話すのって結構疲れるんだよねー」
「ごめんなさい、お話してくださってありがとうございます……」
申し訳なさそうにカロムは肩を小さくすぼめた。




