第1話 魔女、弟子をとる
「ああ……。一体どうしてこんな事に……」
──父さん、母さん、お元気ですか。魔法を学びたい、そして立派な魔法使いになりたいと、無理矢理に故郷を飛び出して早一年。
僕は今……
「侵入者だ!!」
国家反逆の片棒を担がされています……!!
──一ヶ月程前。
ここは、剣と魔法が支配する世界。
その中でもここフィグゼーヌ王国は、特に魔法の技術が発達している国である。
多くの人々が集い、賑わい栄えている城下町の中心に、巨大なフィグゼーヌ城が誇らしげに聳え立つ。
そして城下町の外に、城と向かい合うように座する、自然豊かな大きな山が一山。
そこの草木生い茂る獣道を、息を乱しながら懸命に登る一人の少年が居た。年は十代半ばぐらい。
「はあ……はあ……。
僕にはもう、ここしか無い……」
革製の巨大なリュックの片側に、簡素な木の杖を引っ掛け、フード付きの黄緑色のローブを着込み、くしゃくしゃのメモを何度も確認しながら坂道を懸命に登る。
多少道に迷いつつも、メモに記された地点まで近付いてくると、レンガ造りの二階建ての屋敷が見えてきた。少年はそれを見てホッと胸をなでおろす。
「着いた……。ここで僕は……」
趣のある木造の両開きのドア。少年はふーふーと大きな深呼吸の後にノックを2回する。
「どうぞ」
確かにそう聞こえた事を確認すると、少年は強張った表情で片側の取っ手に手を掛け、そっと扉を押し開いた。
「ごめんくださ──」
「いらっしゃいませぇー♪」
青髪ロングヘアーの、メイド服の様な制服を着た少女に、屋敷の雰囲気からは想定外の言葉をかけられ、少年は面食らう。
見ると、真正面にはカウンターがあり、そこを取り囲むように商品棚。その棚には沢山の薬の瓶が。どうやら魔法薬を取り扱う薬局のようだ。
「見掛けない顔ですけどぉ、どなたのお使いですかぁ?」
驚きで固まる少年に、少女は甲高い猫撫で声で話し掛けてくる。それに対して少年は、勇気を振り絞りビシッとお辞儀をする。
「あ、あの。アレサさん、僕を弟子にしてください!」
前屈するのと変わらない勢いで頭を下げる。膝におでこが今にも付いてしまいそうだ。
「……なーんだ、客じゃないのか。営業モードして損した」
少女の口調が変化した。と同時に、みるみる少女の身体が溶け崩れていくではないか。あっという間に少女は、真夏の道端に落ちた氷菓子のようになってしまう。
「きゃあああああぁぁぁぁぁッ!!!」
少年は驚きのあまり少女のような悲鳴を上げる。
慌てる少年を無視して、少女だった水たまりはズルズルと床を這いずると、カウンター内にある店の奥へと続くドアを器用に開ける。
「何だい騒がしいね、静かにしておくれ」
遠くから不機嫌そうな女性の声が聞こえる。声は若々しいが、喋り方がやたら古臭い。
「おーい、アレサー。あんたに用事だってよー」
微かに溜息が聞こえた気がした。
少し間をおいて、ギシッギシッと木の床が軋む音が。
その音が段々と近付いてきたかと思うと、ドアがギギギと音を立てて重々しく開いた。
中から、長い栗色の髪を一つの三つ編みに結び、大きな赤い宝玉を頭の両端に付けた、気の強そうな女性が現れた。
この人物がアレサらしい。アレサは足元に広がる元少女の水たまりを見るなり血相を変える。
「ミュクス!!あんた店先で──」
「ほら、この子……」
青い半透明の水溜まりの中心から、子どものような手がにゅいんと出て来て、少年をちょいちょいと指差す。
アレサは水溜まりに促されるまま、少年の方に目をやる。少し警戒の混じった鋭い眼差しだ。
「見掛けない子だね、アタシに何の用だい?」
肌の具合を見るに、少年より少しだけ年上だろうか?だが、流行遅れの派手目なメイクと喋り方や仕草のせいでもう少し老けて見える。少年は、アレサがいくつなのか気になったが、女性に年齢を聞くのは失礼だし、何よりそれどころではない。
「あ、あなたが魔女のアレサ……さんですか?」
「ああ、そうだよ。それにしてもアンタ、一体ここをどうやって見付けて来たんだ?ここは限られた人間しか知らない場所だよ」
厳しい口調でアレサが問い詰める。
「町を歩いていたらメモをくれた人がいて……」
「へぇ、それで?」
「あ、あの……ぼ、僕を弟子にしてください!お願いします!」
緊張した面持ちで、少年が再び深々と頭を下げる。
「弟子ぃ?」
予想外のことを言われ、アレサから気の抜けた声が漏れる。そして顎に手を当てると、品定めするように目線を上下させ、少年を眺めた。
「ふーん、なかなか可愛らしい顔してるじゃないか」
女性慣れしてないせいか、アレサの熱い眼差しに少年はつい頬が赤くなり、目が泳いでしまう。
すると、アレサがにっこりと微笑んだので、少年も期待に満ちた顔で笑う。
「ダメだね、帰んな。それと、ここにはもう二度と来るんじゃないよ」
「そ、そんな!!僕にはもうここしか無いんです!お願いします!!」
少年は必死で食い下がり理由を話す。話の経緯はこうだ。
どうしても魔法を学びたくなった少年は、魔法使いに弟子入りする為、両親の反対を押切って故郷を飛び出してきた。
しかし、必死で修行しても魔法が使える様子が見えない為、どこの場所でも数日で見切りをつけられ暇を出されてしまう。最終的にはその話が広まり、門前払いされるようになってしまった。
それをあらゆる場所で繰り返し、一年も経たないうちに故郷の国とフィグゼーヌ王国中の魔法使いの元を訪ね尽くしてしまった。
町中で途方に暮れていた所、何気なくすれ違った男からこの場所を示すメモを渡されたという。
「そんな事言ってもねぇ。残念だけど、お前さんはどんなに頑張ったって魔法は使えないよ」
「なんで、そんな事言い切れるんですか?」
少年は不愉快そうに、ムッと口を山の形にする。
「魔力の流れが遮られてるから」
「えっ……?」
少年は、アレサの言うことが分からず、目を白黒させる。
「そ、そんなこと有り得ないです!だって、魔法とは、魔力の流れをコントロールする方法ですよね!?魔力はあらゆる生物に存在し、血液と同じように全身を駆け巡っている。そしてそれは、筋肉と同じように鍛錬によって鍛える事ができる……」
「基本の書の丸暗記だね、そうだよ。だから、本来ならどんな人間でも魔法を使う事ができる。得意と不得意の差はあるけどね」
自身の知識を確かめるように言う少年の後に、アレサが続けた。
「だから普通に考えるなら、魔法が使えなくなる魔法にかけられてるって事になるんだろうが……」
「でも、それは有り得ないですよね……?だって、それはあくまでも一時的なものだし。しかも対象者との距離が離れると効果が無くなってしまうはず……」
「大正解だ。知識だけはしっかり詰め込んでるみたいだね。
しっかし、先祖から代々受け継がれる呪いみたいなモンだね、こりゃ。お前さんのご先祖様は、一体何をやらかしたんだろうねぇ」
他人の不幸は蜜の味、とばかりにアレサが悪どく口角を上げる。
「今までのお師匠さんらは誰一人この事を教えてくれなかったのかい?変に気を持たせて。ホント魔法使いってのは、昔から相変わらず陰険な連中だよ」
アレサはうんざりしたように言うが、少年は誰もそのことが分からなかったのだろうと思った。同時にアレサの魔法使いとしての格の違いも感じていた。
今は魔法が使えなくとも、この人なら何か方法を知っていそうだ。何がなんでもこの人の弟子になりたい。そう少年が思ったのも束の間。
「ミュクス、この子を外に出しとくれ」
「え゛えぇー?」
アレサが小動物を追っ払うように手を払うと、ミュクスと呼ばれている不思議な水溜まりが、物凄く面倒くさそうに返事をする。
「ま、待ってください!僕、ここがダメだったらもう行く所が無いんです!」
少年はすがり付いてアレサに懇願する。
「お願いします!僕を弟子にしてください!!」
「そんな事言われてもねぇ、あんた魔法が使えない呪いにかかってるじゃないか。そんな状態で教えたってねぇ」
「じゃあどうしたらいいですか!?何でもします!!」
少年が鼻息荒く、やる気に満ち溢れた様子で言う。
「それなら……」
アレサはそれに対してうーんと考えるので、少年は気合い十分といった様子で大きく頷く。
「故郷に帰んな。
そんで勇者にひたすら村の名前を教えたり、勇者が特定の行動をするまで壊れた橋を修理し続ける村人にでもなるこったね」
それは地味ながら重要な仕事だな、と少年は思ったが、家出同然で出てきた少年に帰る所など無い。
ここが最後の頼みであるため、少年は奥の部屋に戻ろうとするアレサを必死で引き止める。
「ま、待って!待ってください!!お願い!!」
「ミュクス!早く」
しびれを切らしたアレサが、ミュクスに圧をかける。
「もー、力仕事は毎回私なんだよなー……」
ぶつぶつ言いながら、ミュクスはうねうねと形を変え、再び先程の少女の姿になった。
「さ、お客様ぁ、お帰りくださいませー♪」
営業モードになった少女姿のミュクスに、少年は肩をむんずと掴まれ、その細い腕からは考えられない程の力で押し出される。
「痛たたた!ちょ、ちょっと待って……!」
その時、アレサの表情が変わった。
「ミュクス、待つんだよ」
「どうしたアレサ?さっきと言ってる事が違うけど、ついにボケたか?」
「うるさいね!一言余計だよ!」
アレサはまた顎に手を当てて、ミュクスに捕らえられている少年をじっと見ている。
「へえ……なるほどねぇ……」
アレサがボソリと呟いた。
「?」
「アレサぁ、まだぁ?」
年若い娘のような口調でミュクスがアレサを急かす。
「アンタはいちいちうるさいね……。
……いいよ、気が変わった。あんたを弟子にしてやるよ」
その言葉を聞いた少年の表情が、花が開くようにパアッと驚きと喜びに満ちる。
「えっ!?あ、ありがとうございます!頑張ります!」
「……ねえ君、こんなのが師匠で本当にいいの?本気?」
少年を掴んだままのミュクスが、苦虫を噛み潰した様な顔をしてアレサを指差す。
「ミュクスお黙り!!……そういえば、あんた。名前を聞いてなかったね」
「はい!カロムです!これからよろしくお願いします、お師匠様!」




