第5話 魔女、襲撃する
「うう……死ぬかと思った……」
裏庭の地面に降り立ったカロムは、そう言いながらそのまま倒れるように崩れ落ちた。
「全く、ガキンチョみたいに騒いで、情けないね」
カロムの近くで、アレサがソファをメンテナンスしながらそんな風に言うので、カロムはむっとして口を結ぶ。
「……で、お師匠様。さっきのあれは何だったんですか?」
「ん?何って、城を襲撃したんだよ」
カロムは険しい顔でアレサに詰め寄るが、アレサはさも当たり前かのようにあっけらかんと答える。
まるでヒヨコに威嚇されているような態度で、全く意に介していない。
「そうじゃないです!なんで突然そんな大それたことを!?そもそも、どうして僕まで連れて行く必要があるんですか!?」
「あーもう!ピーピーとやかましいね!アンタの力が使えると思ったから連れ行ったんだ。最初から全部説明してたら絶対ついて来なかっただろ!?」
「当たり前じゃないですか!!なんで僕の力なんか!!」
「カロムは私に触ってたら魔法が使えるだろ?」
大きな声で言い争うアレサとカロムの間に、ミュクスがお構いなしに割って入る。
「……それが何なんですか?どちらにしても、僕の力が役に立つとは思いませんけどね」
かなりぶっきらぼうな態度でカロムが言う。
だがミュクスの淡々とした口調のお陰で、カロムの熱くなっていた頭は少し落ち着きを取り戻した。
「それがそうでもないのよ。前のメガロワームの時に放ったファイア。あれの威力は、正直アレサを越えていたしさ」
「……え、そうなんですか!?でも――」
一瞬だが師匠を越えていた、と言うミュクスの言葉にカロムの心は一瞬弾むが、その表情はすぐに曇ってしまった。
実はカロムは、あれから何度かミュクスに付き合ってもらい、魔法の訓練をしていた。
しかし、何度やってもその時の威力は再現できなかった。
「あれはよく分からない奇跡だったんですよ……」
「だろうね。だから何も言わずに連れて行ったんだよ。切羽詰まった状態なら、またあの力が出せると思ってね」
整備を終えたのか、アレサがカロムに近付いてきた。
「お師匠様!?まさかあの威力の魔法を人に向けるつもりだったんですか!?」
「うるさいねぇ、魔法王国の兵士どもがあれくらいの魔法で死にやしないよ。意表を突くつもりだったんだ」
「それでもです!!僕はもう絶対行かないですから!!反逆者になんてなるつもりないです!」
「それなら多分もう手遅れだぞ」
「へ?」
ミュクスがそう言うと同時に、店側のドアがカランコロンと鐘を鳴らした。
来客だとカロムが慌ててカウンターに向かうと、そこにはタキシード姿のペストマスクが。
「あ、ルーン……さん?」
「やあ少年、アレサの所でずいぶん活躍してるようじゃないか。紹介した甲斐があったね」
「ええ?そ、そうなんですかね……でも、どうして?」
ルーンの言葉に、カロムは照れくささからつい顔がニヤける。
「これですよ」
「?」
ルーンがカロムに1枚の紙を渡すので、後からやってきたアレサとミュクスも、ひょこっと覗き込んで中身を確かめる。
「これは……!」
そこには、頭に大きな赤い球を着けた目つきの悪い女性と、スライムのような物体と、顔が点と線だけで描かれた単純な画風の人物が描かれていた。
「……なんですか?誰かのラクガキ?」
「この赤い球の女はアレサっぽいと言えばぽいかな?全然似てないけど……。じゃあこの青い物体は私か?」
「ちょっと待ってください。それじゃあこの適当な顔の人間は僕って事になるじゃないですか!」
見れば、その人物が着ている服は、カロムの特徴と完全に一致しており、顔以外に関して言えば疑問に思う余地が無い。
「まあ、アンタの顔は特徴が無いと言えば無いからねえ」
「冴えない主人公顔なんだよなー」
「なんですかそれ!というかこの紙はそもそも何なんですか!?」
「ここをご覧ください」
ルーンはそう言って人物画のすぐ下を指さす。
そこにはこう書かれていた。
――城へ魔物の侵入を手引きした不審人物らなり。生け捕りした者には一人につき100万ゴールド――
読み終えた瞬間、カロムの顔が青ざめる。
「なんだい、王国もずいぶんケチ臭くなったもんじゃないか。アタシを反逆者に仕立て上げた時とは桁が2つくらい小さいね」
「まあ、まだ不法侵入だけだからじゃね?あと、私がただのスライムだと思われているのもありそう」
普通の世間話をしているかのように会話が進むが、カロムがそれに対して黙っていない。
「お師匠様もミュクスさんも、普通に進めないでくださいよ!これ、おたずね者になっちゃってるじゃないですか!!」
「アレサが衛兵達に変な誤魔化し方するから……」
「なんだいミュクス!元はと言えばカロムが大声で騒いだからだろ!」
「いきなり連れて行かれて城を襲撃するとか言われたら誰だってそうなりますよ!!お師匠様!ひどいじゃないですか、僕を無理矢理巻き込んで!」
カロムは頭を抱えて狼狽える。アレサも思う所があったのか、少しバツが悪そうな顔をしながら頬を掻いた。
ルーンはカロムに近付くと、震える肩にそっと手を添えた。
「そんなに落ち込まないで。アレサがミュクス以外も同行させたという事は、君は相当に見込みがあるという事ですよ」
「そうそう、それにこんな絵じゃカロムだって誰も分からないって」
「ルーンさんもミュクスさんも、あんまりフォローになってないんですが……」
「アレサ、彼にきちんと事情を話せばよかったんですよ。今からでもきっと遅くない」
ルーンが諭すようにアレサに言った。
「ミュクス」
「いや、それはアレサが言わないとダメでしょうよ。流石にそれくらいの事は私にも分かるよ」
「……」
アレサは少し黙った後、言いにくそうにしながらも静かに口を開いた。
「……60年前に何があったかは知ってるだろ、カロム」
「あ……はい。そうか、魔法使い組合に裏切られたんですよね……」
アレサの言葉を聞いた途端、カロムの心の中には怒りだけでなく、同情の気持ちも入ってきた。
「……ああ。今はもう組合は解体されちまったけど、組合の取りまとめが、当時王太子だった今の国王様だったのさ」
「ええ!?じゃあ城に勝手にお師匠様の薬を提出しちゃったのも……」
「そう、あいつなんだよ……。お飾りで組合の長に据えられて、組合員からは腫れ物みたいに扱われてたからね。何か成したかったんだろうが……」
アレサはそう言って悔しそうに拳を震わせる。
「アレサ、やはり許せませんか?」
「当たり前だろ!あいつさえあんな事しなければ、アタシは今頃……!」
あまりに淡々としたルーンの物言いが癇に障ったのか、アレサはムキになったように言う。
そんな師匠の様子に、カロムまで悲しくて悔しい気持ちになる。
「アタシは今頃――」
「お師匠様……」
「王妃になれてたかもしれないのに……!!」
「……は?え?」
聞き間違いかとカロムは自身の耳を疑う。
「おや、アレサ。あなた、今の国王にそんな素振りありましたか?」
「馬鹿言うんじゃないよ。でもこんなに美しくて優秀な魔女だよ。王族連中がほっとくわけないじゃないか」
アレサは手でさらりと自慢げに髪をかき上げた。
「でもお師匠様、王妃様になってどうするつもりだったんですか?」
「そんなもん決まってるだろ。王妃なりゃ皆がアタシに頭を垂れ、ひれ伏す。なんて気分がいいんだろうね!」
「ええ……。少しでも協力した方がいいかなって思った自分がイヤになる……」
「カロム、アレサは夢見るオトメのままなんだよ……」
呆れるカロムの肩に、ミュクスがそっと手を置いた。
「何言ってんだいカロム、アンタにはこのまま襲撃に協力してもらうよ」
「ええっ!?絶対イヤですよ!理由を聞いたら尚更です!」
カロムはアレサにぷいとそっぽを向く。
「へえ、城の地下に魔法の秘密があったとしてもかい?」
「えっ……!?ど、どういう意味ですか!?」
アレサの言葉に、カロムの目の色が一瞬で変わる。
「フィグゼーヌ王国が魔法の王国と呼ばれている、その理由となる《《ナニカ》》が城の地下にあると言われてるんだよ」
「もしかしたら、カロムの呪いを解く手がかりが見つかるかもな」
ミュクスの言葉に、カロムの瞳は更にキラキラと輝いた。
「お、お師匠様!行きましょう!!今すぐ!城へ!!何だってやりますよ!!」
カロムは有り余るやる気から腕をブンブンと振り回す。
「やれやれ、現金なヤツだねまったく……」
「ある意味アレサに似てるのかもね」
ミュクスがそう言った瞬間、アレサの拳がむにょんとミュクスの頭に振り下ろされた。




