3話:第一の扉
訓練生活にも慣れ始めた頃だった。俺たち金剛兵候補生に、新たな試練が与えられた。
「本日、各人のスーツ適合試験を行う。人工神経との接続テストおよび出力適性の計測が目的だ。失神する者もいるかもしれんが……全員、覚悟しておけ」
島教官の言葉に、訓練場の空気が一気に緊張する。
適合試験。それは金剛兵スーツに搭乗し、自分の神経とスーツの人工神経を同期させる極限のテストだった。
試験は一人ずつ順番に行われた。
最初に呼ばれた同期の一人は、接続が始まった途端に顔をしかめ、やがて悲鳴をあげた。スーツの中から聞こえるうめき声が、訓練場全体に響く。
「同期率、38%。接続中止!」
技術者の声とともに、その候補生はスーツから引きずり出された。
次の者も、そしてまた次の者も、70%を超える者はほとんどいない。なかには接続中に気を失う者すらいた。
(こんなに……苦しいものなのか)
見ているだけでも、体が硬直しそうになる。
俺の順番が回ってきたとき、呼吸が浅くなるのを感じた。
スーツが自動で開き、俺を迎え入れるようにその胸部が展開されている。
(いける。俺なら──いや、行くしかない)
躊躇なく中へと乗り込むと、スーツの内部から幾本もの金属アームが伸び、背骨と四肢に沿って接触してきた。人工神経の接続が開始される。
「接続開始……10%、20%……」
技術班の声が響く中、俺の全身に走る痛みは徐々に激しくなっていく。筋肉が勝手に痙攣し、視界が揺れる。歯を食いしばっても止まらない、身体の奥底から沸き上がる神経痛。
(痛い──でも……この痛みの先に、力がある)
やがて同期が深まり、体とスーツの境界が曖昧になっていく感覚が訪れる。
「同期率、89%……90%超えました!」
技術者たちのざわめきが聞こえた。
「こいつ……初搭乗でここまでの反応率……」
騒然とする中、俺はふと島教官と目が合った。彼の目には驚きと、僅かな期待が宿っていた。
(俺は……選ばれた?)
だが、スーツが完全に沈黙し、俺の動きに反応するようになった瞬間、身体の奥にあるもう一つの痛みが浮かび上がってきた。
──前日、両親が殺されたあの光景。
目の前で引き裂かれ、潰されていったあの瞬間。
その痛みと恐怖、無力感を、このスーツにぶつけるようにして俺は手を動かした。
そして、試験終了の声が響いた。
スーツから降りた俺に、訓練班の仲間たちが一斉に駆け寄ってくる。
「おい石田、マジかよ……お前、初めてで90%越えだって?」
「すげえな。俺なんて70%がやっとだったのに」
次々に声をかけられる。
その中にいたのが、北条という男だった。筋肉質で大柄な体格、少し癖のある短髪が印象的で、豪放磊落な笑顔を浮かべていた。
「へえ、お前が石田将人か。すげーもん見せてもらったぜ。俺は北条隼人、よろしくな」
「……ああ、よろしく」
「俺は格闘系担当だから、あんたの剣捌きとか興味あるわ。今度、ちょっと教えてくれよ」
その場にいた数人が笑った。
そしてもう一人、柚月という少女が北条の隣に現れた。小柄で快活な印象だが、その瞳には冷静な光が宿っている。
「すごかったね、将人。私は柚月まどか。情報解析と後方支援が専門。北条とはバディなの」
「……よろしく」
「同期率90%って、技術班の連中がざわついてたよ。普通、あんな数値出ないって」
「そうなのか……」
「うん。ちょっと妬けるくらい」
そして澪が、少し離れた場所からこちらを見ていた。近づいてくると、俺に声をかける。
「将人、すごかったよ。ちゃんとスーツと向き合えてた」
「向き合えてたかはわかんない。ただ……あれに負けたくなかっただけだ」
「ふふ、そういうの、たぶんスーツはちゃんと感じ取るんだよ」
その夜、訓練棟の一角に設けられた休憩所で、初めて仲間と食事を囲むことになった。
「お前、どこで剣なんか習ったんだよ」
「いや……なんとなく、かっこよさそうで。銃は、あんまり好きじゃなくて……」
「へぇ、珍しいな」
「……銃が、親を殺したから」
言ってから、少し空気が張りつめた。
「……そっか」
柚月が静かに頷いた。
「私も、家族……失ってる。理由は違うけど、だから戦ってる。あんたの気持ち、少しはわかるかも」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。
「島教官に、教えてもらってるんだ。剣の使い方。毎晩、訓練のあとに」
「へえ……島教官が?」
「うん。あの人、昔はスーツ適合者だったらしい。使ってたのも、俺と同じく剣だったって」
仲間たちと笑い合い、少しずつ距離が縮まっていくのを感じる。
──俺は、ひとりじゃないのかもしれない。
それでも、まだ戦いは始まったばかりだ。
明日からもまた、訓練の日々が続く。
心と肉体とスーツ、そのすべてを“同期”させながら──。




