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2話:まだ、涙は流せない

朝焼けが差し込む兵舎の一角。鉄と油の匂いが混じる空気の中、俺は静かにベッドから起き上がった。昨日までの生活とはまるで違う現実。それでも、前日に起きたあの出来事が夢でなかったことを思い出すには十分すぎる重さが、全身に残っていた。


 両親が──あの機械兵によって、目の前で殺された。

 焼けただれた肉の匂い、断末魔の叫び、あの冷たい金属の質感。

 何度まばたきをしても、目を閉じても、まぶたの裏にはその光景が張り付いて離れない。


 俺はまだ、あの時から前に進めていない。

 だけど──進まなきゃいけない。進まなきゃ、あのまま全部が無駄になる。


 金剛兵──人類の限界を超えるために作られた、特殊強化兵の通称。その一員として、今日から訓練を始めることになる。


 「起きたか、新入り」


 声の主は佐倉澪。昨日、訓練場で出会った少女だ。

 彼女はすでに訓練着に着替え、手には長弓を携えていた。寝癖を直す暇もなく、軽く会釈を返す。


 「おはようございます……」


 「まだ顔が死んでるな。前日に家族を亡くしたんだもの、無理もない」


 皮肉とも気遣いともつかないその言葉に、苦笑しつつも小さく頷いた。

 表情は……きっと、まだまともに作れていない。

 笑うことも、怒ることも、泣くことすら、今はどれも中途半端だった。


 訓練場へ向かう途中、廊下の掲示板には金剛兵候補生たちの名簿や日課、過去の戦闘記録などがびっしりと貼られていた。その中には、機械兵と戦ってきた先輩たちの名前がいくつも並んでいた。


 ──この場所で、生き抜いてきた者たちがいる。


 唾を飲み込む。自分がその一員になれるのかどうか、その確信はまだなかった。


 訓練場に入ると、すでに十数名の候補生たちが整列していた。


 「整列!」


 指導教官の怒号が響く。


 「教官の速水だ!」


 「貴様ら、ここに来たということは、死と隣り合わせで生きる覚悟があるということだ! 金剛兵とは、スーツを着た兵士ではない! ただの強化人間でもない! 人と機械の限界を繋ぎ、超える存在だ!」


 その言葉に、スーツという存在の重みを改めて感じていた。


 訓練は基礎体力から始まった。腕立て、走り込み、重量物の持ち上げ、そして模擬戦──どれもが限界を試す内容だった。肉体の限界に挑む日々が、これから待っている。


 ──だけど、肉体の限界より、心の限界のほうが怖かった。

 訓練を受ける間も、ふとした瞬間に蘇る。焼け焦げた家、飛び散る血、崩れ落ちる母の体、力尽きた父の背中。

 思い出すたび、喉が詰まりそうになる。拳が震える。目の奥が熱くなる。


 けれど、涙は出なかった。出せなかった。泣く暇すら、もったいなかった。


 ──俺は、忘れない。


 あの痛みを、この訓練の一撃一撃に込める。


 仲間たちの声が耳に入ってこないことがあった。教官の指示が一瞬遅れて理解されることもあった。

 頭の中では、まだ昨日の記憶がこびりついたまま離れてくれない。

 そんな自分に苛立ち、拳を握り締めるしかなかった。


 それでも、俺は足を止めなかった。苦しくても、動きを止めなかった。止めたら、全部が壊れてしまいそうだったから。


 休憩時間、澪が隣に座ってきた。


 「結構、やれるじゃん。刀、似合ってたよ」


 「……ありがとうございます」


 少し照れくさいやり取りの中でも、意識はある一点に集中していた。訓練場の隅にある格納庫。その奥には、まだ着たことのない“金剛兵スーツ”が保管されている。


 澪がそれに気づいたように言う。


 「あれ、気になる? あれが私たちの武器──金剛兵スーツ。人の動きを正確にトレースし、増幅する外骨格。でも、着るだけじゃ意味ないからね。心と身体を繋げて、やっと動くのよ」


 「……そうなんですね」


 「そう。しかも私たち、それぞれ得意な武器が違うから、戦い方も全然違うの。私は弓が主武器」


 驚いたように目を向ける。「弓って、またずいぶん古風というか……」


 澪は少し笑ってうなずいた。「でしょ? でもね、銃って壊れたら何もできなくなる。弾も詰まるし、本体が使い物にならなくなったらおしまい。でも弓なら、本体が壊れても矢だけでも使えるし、投げ矢や即席の矢じりでも戦える。そういう意味で、私は弓を選んだ。使い続けるための工夫ができる武器って、好きなのよ」


 その言葉に、少し目を見張った。


 (……俺が刀を選んだ理由、ちゃんと考えてなかったな)


 ふと思い返す。武器を選ばされたときの、自分の直感。


 (銃は嫌だった。あれは──両親の命を奪った武器だ。あの冷たい金属の音、引き金ひとつで人を殺せる道具……そんなものに頼りたくなかった。刀を選んだのは……正直に言えば、なんとなくだ。格好よかった。それだけだった。そんな理由で選んでいいのか、今でも自問するけど、それでも──俺は、この手に握ったこの刀で戦いたいと思った)


 午後、島が講義室に現れた。


 「お前たちには、今日から正式に金剛兵スーツについての技術訓練が課せられる」


 島の説明は簡潔で明瞭だった。


 「日本軍はかつて、“金剛神兵”という計画のもと、人体改造を用いた超兵士の開発を進めていた。しかし、それは時代の変化とともに倫理的な問題に直面し、封印された。だが、その研究成果を応用することで、人と完全にリンクする人工神経を備えた外骨格──現在の金剛兵スーツが生まれた」


 映像資料がスクリーンに投影される。過去の神兵たちの戦闘映像。その凄まじい力と代償の記録。


 「このスーツは、ただの道具ではない。着る者の精神と肉体、意志をすべて試す存在だ。機械兵と対等に戦うには、このスーツを“自分の身体”として扱う覚悟が必要だ」


 島の目が、こちらへ向く。視線を逸らさず、受け止めた。


 「……覚悟は、できてます」


 澪が隣で、そっと笑った。


 夜、訓練の疲労が全身を襲う中、一人、兵舎の外に出て空を見上げた。夜空に瞬く星々は、かつて家族と見た空と同じ色だった。


 (俺は……ここで強くなる。必ず)


 風が吹き抜ける。


 その背中に、ゆっくりと未来が重なっていく──。

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