1話:覚悟の扉 島孝一 視点
冷たい鉄の扉が静かに閉じ、無機質な音が部屋に響いた。
目の前の少年──将人は、無言で椅子に座っている。島孝一は、その姿を一瞥しながら向かいの席に腰を下ろした。
(気力をすっかり失っているな……当然か)
「……俺は、島孝一。第〇一試験隊の指揮官だ」
自己紹介の声は抑えめだった。将人の頷きには、感情の影すらなかった。
島は深く息を吸い、吐いた。彼の中には言葉にならない感情が渦巻いていた。悔しさ、無力感、そして──彼に託すべきかどうかという迷い。
「さっきの現場……君の家族が襲われた場所に、俺たちは急行していた。だが……間に合わなかった」
その言葉が、どれだけの重みを持つかを知っている。だからこそ、島は努めて冷静に話した。だが、その静けさこそが、無念の深さを物語っていた。
将人は何も言わない。ただ、うつむいている。島の脳裏に、あの惨状が蘇る。
(まだ少年だというのに……)
「機械兵の出現は……十年ぶりだ。日本とロシアは形式上停戦していたが、あの兵器は依然として日本各地に潜伏している。ゲリラ的に動く彼らを完全に捕らえることは困難なんだ」
島は歯を食いしばりそうになるのをこらえた。停戦など、ただの表面上の飾りにすぎなかった。
「我々も油断していた。停戦協定が守られるとは思っていなかったが……まさか民間人を狙うとは」
言い訳ではない。ただ、悔しさが溢れそうだった。
「今までも、我々は機械兵への対応を模索していた。だが、常規の兵士では太刀打ちできない。だから俺たちは“選ばれた人間”で部隊を組織した。第〇一試験隊だ」
島は一瞬言葉を止め、将人の表情を探った。
「──君は、その候補者の中でも、特異な存在だった」
将人の眉がかすかに動く。
「誰でもよかったわけじゃない。俺たちは、身体的・精神的特性を見て、戦闘に耐えうる人材を慎重に選んでいる。だが君の場合は、それだけじゃない」
島は記憶をたどる。現場で初めて将人と目を合わせた瞬間──あの、濁りのない怒りと、消えることのない喪失の影を湛えた瞳を。
「あの目を見たとき、これはただの被害者じゃないと思った。あの目は……何かを背負っている人間の目だった」
それに、と島は心の中で続けた。家族を目の前で失ったという共通の痛みが、自分と重なったのだと。
「君は、これからどうするつもりだ?」
少年は顔を上げた。その瞳に宿る光──それを見て、島は胸の奥でわずかに期待を抱いた。
「……俺は、あいつらを倒したい。両親の仇を取りたい」
その言葉を聞いて、島は静かに頷いた。
「ならば、選択肢は一つだ。うちの部隊に入らないか?」
驚きと戸惑いが将人の顔に浮かぶ。それを見ながら島は続けた。
「だが……その力を手にするには、対価が必要だ」
説明は必要だった。彼には、現実を知る覚悟があるのか、試される瞬間でもある。
「機械兵は、人間の頭部以外をすべて機械に置き換えられた改造兵だ。だが、我々は別の方法でそれに対抗する。君の肉体そのものは維持される。ただし、外骨格スーツを常時装着することになる。“金剛兵”と呼ばれる兵士だ」
「スーツ……?」
その反応も当然だ。子供には受け入れ難いかもしれない。
「そうだ。極限の戦闘を可能にする兵装を装着し、神経と直結させて操作する。並の訓練では扱えない。だがそれは、君の心と体が一体となってこそ意味を持つ。単なる装備ではなく、第二の皮膚と思え」
将人はしばらく沈黙した。島は彼の目を見ていた。
(今、心の中で葛藤している。だが……)
「……やります」
その声に迷いはなかった。島は、確かにそれを聞いた。
「両親を殺した敵に、力を持って立ち向かいたい。それが俺の……唯一の目的です」
島は深く頷いた。
「よし。君の覚悟、しかと受け取った。だが、その前にひとつだけ訊く」
島は机から端末を取り出し、武器の映像をいくつか表示させる。銃、ナイフ、槍、そして──刀。
「君の武器は何だ?」
将人が銃の映像に一瞬引きつったのを、島は見逃さなかった。
「銃は……使えません」
その言葉に、島は目を細めた。
「俺は、刀で戦いたい」
意外だった。だが、それ以上に──理解できる気がした。
「刀か。いいだろう。だが、その選択は重い。扱えるようになるには、銃の何倍もの訓練が必要だ。生半可な覚悟では届かない」
「覚悟はあります」
言い切る将人の声には、芯があった。
(やはり、この少年には何かある)
島は立ち上がり、ドアへと向かった。
「それなら、訓練場に案内しよう。同じ志を持った仲間が、君を待っている」
歩き出す背後で、将人の椅子が引かれる音がした。
訓練施設への廊下を歩きながら、島は口を開いた。
「君はなぜ、刀を選んだ? 感情的な理由か?」
将人は少し間を置いてから答える。
「……両親が撃たれたとき、俺は無力でした。だけど、銃を持って戦う自分を……許せる気がしなかった」
そして、続けた。「……それに、正直に言えば、刀って……なんとなく、かっこよかったんです」
島は、ふっと小さく笑いそうになった。それを抑えて、前を向いた。
「それでも戦うのは変わらんぞ。敵を倒すことに変わりはない」
「はい。でも……俺は、自分の信じられる方法でやりたい。斬るという行為に、命を懸けたいんです」
(──真っ直ぐな奴だ)
島は短く「なるほど」とだけ言った。
扉の先には、広大な訓練フィールドが広がっていた。
「金剛兵は孤独な存在だ。だが、仲間がいれば、その重さも分け合える」
島の視線の先、訓練場の中央に立つ女性が刀を構えていた。
「彼女は佐倉澪。金剛兵の中でもトップクラスの実力を持つ。君の先輩だ。まずは、彼女の訓練に同行することになる」
将人がその姿に見入っているのを見て、島は思った。
(いい出会いになるといいがな)
春の日差しが訓練場を照らしていた。
失われたものの重みと、それに抗おうとする若者の背中。
島は、心のどこかで声を聞いたような気がした。
──ようこそ、と。
将人が静かに歩き出すのを、島はしっかりと見届けていた。




