407話 女の嗜虐性
畢竟するに湧き出した彼女の嗜虐性がこの惨状を朱に描いた。野盗供の成れの果てはいずれも欠損し、内数体が人相も判然としなかった。流血は窪みを流れ池となり、屍の頭上を死肉を貪ろうと有翼の魔物が旋回する。何とも地獄絵図ではないか。
死臭の渦巻く中心で、メイドを乗せた騎馬は影を濃く、それでいて返り血の一滴も浴びずに白い毛並みを輝かせていた。雲間の差し込みが、そこだけ照らすように。あぁ、光あれ、と。
「さて――あんな風に死にたいか?」
辛うじて混戦から引っ張り出した野盗を、無造作に地面へ放る。悲鳴は上がらなかった。虚な目が宙を泳ぎ、だらし無く開いた口からは震えた呻きだけが隙間風のように漏れていた。
「手間を掛けさせてくれる」
男の背後から両肩を掴み喝を入れてやると、呆然とした目が瞬いた。すぐに体を曲げてぶちまけやがる。コイツは野盗には向かないな。そういう意味では冒険者でも同レベルだ。
「お前が五体無事なのは『たまたま』だ。そこにお前の信じる神の作為も慈悲も無い。偶然俺の手近に居た。お仲間との違いはたったそれだけだ。言葉はこれで合ってるよな?」
ここまでが全て異国語、というより異教語だ。
アザレアを含む列国の常用語は、最初の囮の女と数名しか聞こえなかった。殆どは、遥か中南東で使われるやつだ。列国の標準言語が存在する以上、他国語という表現は適さない。なので、他教語だ。
この言い回しも、状況によっちゃ正しくは無い。例えばちょくちょく出てくる所謂共和国。一つの国家を南方共和や西南共和国と呼び方を変えるが、彼らは宗教そのものを捨てていた。政権の支配政策に信仰心が不都合だからだ。
「アジトがあるはずだ。仲間はこれで全てか?」
カタコトの言葉で聞く。
犯罪集団化したなら潜伏先があるはずだ。中央都市とアクセスする街道周辺で村落や周辺設備が襲撃された情報は無かった。なら、廃棄された坑道でダンジョン化を間逃れた物件かな。
「……何ダ……アレは……?」
茫然自失がやっと漏らした言葉は、答えを求めぬ疑問だった。ただ定まらぬ感情を吐露しただけだ。
「ただのメイドだよ」
「……コレハ……神ヘノ冒涜ダ……。」
「お前らの神のことなんか知らないよ。こっちは死ぬたびに女神様と面談してんだ。マイヒ以外は色々な所が圧迫面談だよ本当にもう」
サザンカの前で言ったら即アイアンクローの刑だけど。
「神は……一神しかいない。お前らは……間違っている。間違いは、正さねかればならない」
お、こっちの話になったら流暢になりやがって。
「そんなのはいいからお前らのアジトと仲間だよ。吐け」
「ワタシコトバワカリマセーン」
「燃やすぞコラ」
野盗から情報を聞き出し、サクッとトドメを刺してやる。判別用に首と遺留品は、他の連中と共にストレージ行きだが、それ以外は離れた場所に埋めよう。死肉を狙った魔物が集まると皆んなに迷惑だから。
しかし、ラァビッシュの暗躍に南西共和、北方共和に治らず異教国も入り込まれてたな。この80年、表立った国家間紛争が無いからって、アザレア国も平和ボケが過ぎるぞ? 気づいたら内部から侵略なんて洒落にならん。ヒマワリ公国の方が政権と民衆が国家存続に踏ん張っていただけマシだ。そうじゃなきゃ、俺が横槍を入れた程度で盤面を返すなんて、到底。
「コマクサ。おいで」
呼ぶと、ゆらゆら揺れるゴギョウさんを乗せたまま、ゆっくりと近づいて来た。凄いな。グレートホースが気遣ってる。
俺の側に来ると、足を折り体を伏せた。頭のいい子。いやそんな伏せポーズとかできるの?
「大丈夫かね?」
馬上のメイド姿に声を掛ける。赤く腫らした涙目がわずかに揺れた。口元に奇妙な笑みを貼り付けたまま、黒柿の髪が宙に跳ねる。
「ヤバっ!!」
落馬する所を咄嗟に受け止めた。
頭を右腕で支え、俺の足をクッションに体への衝撃を和らげた。
触れてみて彼女の体が痙攣を繰り返すのが分かった。
持ち上げようと、スカートの上から膝裏に手を回す。サラッとした液体で湿っている。アンモニア臭はしない。
「サツキさまぁ……私……。」
焦点の定まらない濡れた瞳で呼ばれた。夏みたいな敬称で。
「グレートホースの攻撃性を伴ったとは言え、初戦での戦果なら十分すぎる。欲しい情報も取れた。君のおかげだよ。よくやった」
痙攣は治らない。
彼女の足を支える左腕は液体に濡れ、肩に回す手は熱くなっていく。
「私……私……自分の体が怖い……直接触って無いのに……あそこが何度も果てて……止まらないのです」
懇願するように、求めるように、発情し切った女の顔が訴えて来くる。
「分かってる。よくある事だ。馬車に戻ろうか」
「はい」と短く答え体を預けて来る。一瞬、高鳴りのように強い痙攣が女体を襲ったが、本人は蕩けた顔でそれを味わってるようにすら見えた。
お姫様抱っこのまま馬車へ向かうと、扉が内側から勢いよく開いた。
コイツの表情を押し殺した顔は初めてだ。
「後は引き受けるから」
短く言い、ゴギョウさんの肩に手を貸し車内へ招き入れる。
「ああ、任せる」
「含みがある言い方」
「詮ずる所、俺にケアは無理だ。文字通り腫れ物に触れるような」
「笑えないわよ? 私の時も、経験者のお姉さんがパーティに居たから。持ちつ持たれつよ」
こうした『心身のケア』があるから、女性冒険者同士が連れ立って行動する事が多い。まともじゃない精神状態と意識はあるから異性と距離を置きたがるが、意思に反して体は火照る。男の場合は、自分で処理するか商売女に頼るか。遠征中なら仲間の女性冒険者からオカズを借用する事はあっても、カップルでも無ければ決して手は出さない。不思議と、しかし毅然と守られる矜持だ。
グリーンガーデンの場合――特にそういった事は無かったな。クランとよくサザンカの蒸れた足を奪い合ったが、それは別の話だ。
「女の子は大変だな」
「大変なのよ――アジトはあったのよね? 観察役が見て無い保証がないなら、全滅が伝わる前に動くべきだわ?」
さっさと行けという事か。
連中の伝令が居た場合、俺の行動は後手になる。だが、彼女の言葉は、そういう意味では無いのだろう。
「承知している。2時間は戻らない。コマクサは護衛に置いていくが、中に居れば安全だ。クランの見立てじゃ、彼女の一点集中型の最大火力でも、貫通は困難って話だ」
「……何て装甲をしてるのよ」
考えてみりゃ移動する要塞だ。こんなのが量産されアーミーになったら戦術どころじゃ無い。今の所のネックは、コイツを牽引する馬が居ないって事だ。グレートホースなんざ、そう懐くはずが無いんだよ。
……そういや馬の候補に、エボニーミノタウルスを連れて来た馬鹿が居たな。
「どの道片付けてから行く。外は気にせず初めてくれ――ゴギョウさんがヤバい」
馬車の奥で、電気が走ったようにメイド姿が身を震わせていた。
渓谷には、隙間のような分岐路が点々と存在する。とはいえ、迷宮というほどではなく、その殆どが一本道だ。その中でも入り組んだ葉脈を進む。10分ほど歩き頭上を見上げた。日差しが中天に差し掛かろうとしていたが、切り立った崖がそれを遮った。お陰で、肌を撫でる冷気が心地いい。
右手を上げた。
ストレージから久々にシャマダハルを出し、先端の刃を射出する。ワイヤーは突出した岩に巻き付いた。亜空間越しでなくとも10メートルは伸びる。仕組みは分からないが、距離は熟練度に比例するらしい。
コイツにしろ蛇腹剣にしろ、スキルのラインナップには無い。使えるかは本人の練度次第だから、公爵令嬢が扱う事だってたまにはある。
ワイヤーに体重を預け地面を蹴った。続け様に壁面を蹴りつつ上昇する。
出っ張りまで登りる詰め、シャマダハルをストレージに収納する。これで巻き取りの手間が省けるのだから、万能すぎだ。魔物解体だってストレージの分別収納機能で有用部位とに分けられた。保存状態のみならず下手に傷まないから常に高品質で卸せるぜ。
変わって単眼望遠鏡を出す。
人影が見えた。3人。武装している。獲物は湾曲した剣だ。一様に浅黒い肌に、顎下にモジャモジャの髭を蓄えていた。
その奥には、調査坑道の入り口がぽっかり口を開けている。こうした岩盤より下の地層を剥き出しにした場所には、地質調査や鉱脈調査の浅い横穴が幾つもあった。深さが無いためダンジョン化はしないが、大抵は野生動物か魔物の巣に再利用される。都市部近郊の場合だと、騎士団や冒険者による駆除が行き届いている為、無人のまま放置が多い。
……むしろ、よく今まで潜伏できたな。
不自然だ。
コマクサ並びに魔王の馬車の、走行距離と速度は王家貴族それを出し抜く。性能差を加味しても、あまりにも中央都市に近すぎるんだ。権力者で手引きしたか? 貴族か官僚か。アザレア王政の転覆を狙うような。ああ、それでギルドに工作員が潜り込まれたのか。
のほほんと危機意識が退縮したうちに、相当入り込まれてるなぁ。
軽く足場を蹴り、ほぼ直角に近い勾配へ飛ぶ。
足を擦らせ滑り落ちた。
見張の立つ調査坑道に向けて。




