408話 四人の子供
その男が足元に転がる小石に何事かと顔を上げた時、急勾配を音もなく滑る俺と目が合った。奴の瞳が忙しなく巡る。理解が遅い。
スピード重視だ。距離を詰めた時、一鳴きもさせずショートソードで掻き切ってやった。
ステップを踏む。
俺が授かりし本来の職業――踊り子。
振り切った姿勢から、アーチを描く鮮血の向こう側へ獲物を投擲する。スコンとこ気味のいい音色を上げ、ショートソードは反対側の男の額から生えていた。ナイスコントロール。そいつが倒れるのを見届ける間も無く、振り向きざまに両手剣で背後の男を切り伏せた。
他に視線が無い事を確認し、悠々と地に崩れた男からショートソードを抜き取り、バスターソードを蔵入れする。
そのまま難渋を知らぬ足取りで坑道へ入った。
女や子供の悲鳴が反響する。皆、彫が深く浅黒い肌だ。
構わず奥へ進んだ。
すえた匂いに首元のスカーフで口元を覆う。
すれ違うように、中の住人が出口へ走り出し、外の惨状に再度悲鳴を上げた。
突き当たりに申し訳程度の柵が行手を塞いでいた。素材は乾燥した竹細工だ。植物の蔦で組まれているが、見た目からして粗雑で貧弱だ。開閉式な所を見るに、扉のつもりか?
さて、礼儀的にノックは必要かな?
「そこに居るのは誰?」
簡素な質問が向こう側から響いた。肌が乾きを感じたが、子供の声だ。
本来の瑞々しさも朗らかさも無い、ただ確認するだけの声量だが、期待に胸が熱くなる。
何だ、生きてるじゃねーか。
「ひょっとして、助けが来たの?」
別の声が、戸惑うように確認する。
どちらも女の子の声だった。
「おうちに、帰れる?」
「おうちに、帰れるの?」
更に、子供の声が二人。聞き出した情報と、ひとまず一致する。
気配は――余程の手だれでもなければこうはならない。
答えるべきか迷ったが、軽く目元を揉みほぐし姿勢を正した。
「ああ、帰れるよ。お兄ちゃんと一緒に帰ろう。パパとママが待ってる」
躊躇いは無かった。
俺の答えにも抑揚は無い。
ただ、
――今の顔は、クランに見られたくないな。
向こう側からの反応は無い。
柵を蹴破る。
乾いた蔦が解れ、カラカラと竹細工が連鎖的に崩れた。
中はちょっとした空洞になっていた。
「確かに、4名だ」
小さな体は、いかほどの大旱に雲霓を望んだだろうか。ああ、遅くなっちまった。
死後、三週間は経過しただろう。期待に溢れた声は無く、折り重なった子供の遺体だけが俺を迎えていた。
近隣の村落から攫ったとあの男は言った。家族の奴隷にしたと、何故か自慢げだった。
丁寧にストレージに迎える。
「花……足りないな」
以前に収納した切花を添えるが、もう少し、手向けてやりたい。
分かってる。生花を積んだトレーダーなんて、そうそう都合よく通りかからないって事ぐらい。
ストレージの機能で所持品を確認したが、遺留品は無い。あっても連中に奪われていただろう。どこから攫ったかは……まぁ、連中が大まかな方向だけでも知ってりゃ上等だ。聞いた方面はグリーンガーデン活動範囲に無いが、おそらく数年前の飢饉で山岳地域から移設した村だ。中央都市近郊なら公益の対象になってるはずだが……。
分かってる。事情通な行商人が通り掛かるなんて、そうそうあるものじゃ無い。
ここでのやる事は終わった。
坑道を出る。
周囲の岩陰に、女性や子供が身を潜め俺を伺っていた。中には敵意と殺意を剥き出しにした視線もあった。見張の誰かの家族だろうが、興味は無い。
つい最近も同じ事があった。
なら、それが日常だ。ああ、あそこも村ごと移設したんだっけ。
やるせない気持ちを抱えたまま、もと来た岩肌の裂け目を戻る。
約束しちまったなら、守らなきゃな。
街道へ出ると、無数の気配と声を感じた。暗がりを逃れた日差しが蜃気楼でも見せたかと錯覚するぐらい、うちの馬車の周りは賑わっていた。
中央都市とのアクセス線なら、誰かかしらは通ると思ったが……むしろ囲まれてやしないか?
行く手を遮るというより、ぐるっと5台の幌車で円陣を組んでいた。いずれも馬は繋いだままだ。馬師がそれぞれの馬を世話をしていた。緊急発進の体制なのは分かるが、心尽くしを受ける理由が分からない。
うちの馬車を中心に、防衛の布陣であった。要は、俺が留守中に守ってくれていたんだ。
あ、コマクサが困った顔でこちらを見た。
釣られて、周囲の面子もこちらを向く。
旅人の標準装備だけでなく、ライトブレストメイルや法衣姿も居る。武装も槍、剣、杖、要は護衛の冒険者だ。それも見知った顔が多い。第一学園攻防でアオイさんと共闘していたツラもあった。
「旦那ァ!! ワイルドのとこんの姫さんが来たぜぇ!!」
そいつが呼ぶと、うちの馬車の影から飄々とした浅黒い顔が現れた。
スラリとした高身長の美しい若者だ。これで歳は俺よりずっと上だという。ダークエルフ辺りが化てんじゃないのか? ガーベラさんやカシス姉やアネモネ村長とか、俺の周りは他人に化ける奴が多すぎなんだよ。
「ご無沙汰で御座いますがこうして縁遠くならず、安堵の極みと申しましょうか、サツキさん。ますますのご清栄のことで弁天さんにも磨きがかかり、何と申しましょうや? 実質人妻の色気すら――。」
「うるさいよ」
再開して早々に、ヘラヘラと笑う美貌だが、目の光が信用できない。商業系商人ギルドの最大手パイナスの常任役員でもあるクレマチス商会の、センリョウさんだ。
ていうか何だよ実質人妻って。
「青空市場以来だな。ドクダミじゃ番頭さんにお世話になったよ」
「手前の方こそ、ジギタリスで妹を助けて頂いた御恩。あの程度で返せたとは思っちゃあいません。そうだ。あとどれだけ徳を積めばお返しできるかと悩んでいたのですが、これは僥倖とでも申しましょうか。ええ、そうだ。いっその事、マンリョウを妻に差し上げるというのは如何でしょう。おっと、祝言に掛かる費用でしたらご懸念無きよう。あたしらの方で万時抜かりなく手配させて頂きますので」
「しれっと婚姻させんなよ……。」
油断も隙も無いな。うっかり祝言しそうになったじゃねーか。
「中央都市からの出荷? 足止めしてま気を利かせてくれたか」
人員と、馬車の荷重の目算で見立てるに、遠征に繰り出すところか。
「見覚えのある馬車ですからね。護衛隊長には警戒して回避を進言されましたが、白毛のグレートホースと言えば、第一学園でとある女生徒に懐いていた事を思い出しまして」
「ただでさえ目立つ子だからなぁ」
「本当に」
表情に出さず、何気なく頷くと、向こうも目を細めて頷いた。
ハナモモ時代の話しまで知られてるのか。
……所で、会話噛み合ってるよね?
「知る人ぞ知る、白馬と語らう聖女像で御座いますな」
筋肉隆々の鬼神が乗り回していた記憶しかないが……。
「こんな不気味なもの、本来なら黙らせてでも距離を取りたいところだがよ」
甲冑姿のガードリーダーが、つまらなそうに頭を掻いた。短く髪を切り揃えた顔には、無数の引っ掻き傷がある。いずれも古傷だが、彼の歩んだ歴史であったろう。
「ゴマキにも世話になったね」
「うるせー。姫に礼を言われるなんざ座りが悪りぃや」
お互いSSランクでフランクだが、彼は師匠と同じ世代の冒険者だ。にわかなグリーンガーデンとは年季が違う。
「んで、コイツは何なんだ? ぐるっと見たが表面の加工に隙間が無ぇ。うちのカンボクの見た目じゃ――。」
「一寸の隙も無いよのう。目に見えない粒状のもんがとんでもない密度でビッシリじゃて。これを抜くのは容易じゃなかろうて」
馬車の表面を凝視していたローブ姿の初老の男が、顔も上げずに混ざってきた。
学者先生、と俺たちは呼んでいる。
「ベリーの婆さんの遺品と言ったら?」
冗談めかして肩をすくめて見せる。
学者先生がうげぇと皺深い顔を顰めた。
「実物を前に馬鹿にするな。一目見れば師匠の作品でない事ぐらい理解できるぞ」
「知人から譲られたんだよ。製造元は不明だ」
「……ふぅむ。北村の技術でもないようだが」
ツワブキくんの一族か。あそこは魔大陸というよりウメカオル国からの継承と言ってたけど。源流はサクラさんの所と同じかもな。あっちの世界って意味で。
「それより、トレーダー最大手をこんな渓谷に足止めさせてすまなかったな」
気づかれないようぐるっと周囲に視線を巡らせる。
町々で公益、仕入れ、卸し、店舗の検修をしつつ、遠征する規模だ。
「いえいえ。手前の護衛が、血の匂いがすると警戒したところでサツキさんの馬車で御座いましょう。なのにご本人は不在で、呼びかけても中には届かないご様子。こちらのゴマキの見立てではここで20人は惨殺されているとの事で。遺体がないのは、まぁ、あたしは理解できますがね。それで、行かれてましたか?」
「まぁな」
曖昧な答えに「左様で御座いますか」と穏やかに頷く。
「一人で全部仕留めたのか?」
ゴマキが待ちきれないとばかりに割り込む。主従がフランクなのはセンリョウさんの人格か、ゴマキのコミュニケーションスキルか。まぁ、同じSSの俺の評価を存分に改めやがれ――と言いたいところだが、コマクサとゴギョウさんの功績だし、最終的には間に合っていない。
「武装した連中はな。遥か南方の異教語が殆どだった。クレマチスに専属するなら治安悪化の事情は承知してるだろう? それでうちの馬車を守ってくれてたんだ。根城には女と子供も居た。そちらは放置した。目につく武器は没収済みだ。今どこにあるかは、センリョウさんの知っての通りという事でひとつ」
「量はあるのに鮮度がいい、でしたね」
つまんない事を覚えてるなぁ。
「襲ってきた奴らの首と装飾品もそこにある。『確証品』以外は、街道から離れた所に埋めるから、まぁご案じ召されるな」
ざっと端折った。
事前情報は俺よりあちらが豊富だろう。護衛の規模が大きいのと、リスクを負ってまでうちの馬車を守った。危険地帯での滞留なんて、いい獲物でしかない。本来なら避ける行為なんだ。
何より、この褐色の美貌は俺の行き先を当てやがった。
「グレートホースか。蹄に血がビッシリだ」
ゴマキは目ざといな。
「不法流民の集落でもあったのでしょうか?」
お? センリョウさんがその程度の事情しか把握してない? まさかな。
「遊牧や渡りの商いを手にする流民じゃないな。惚けないでくれ」
個人的に幾つかの部族と交流がある。いずれも入国手続き並びに滞在期間は、行政の定めるルールに則っていた。互いに国際的信用を重視しているからだ。
「それで? なんぞお宝でもあったのかい?」
「ゴマキは敬虔な教徒じゃなかったよな?」
「まぁ、ある程度はな。女神様は信じるさ。だが頼りにはしねぇ。俺たちみたいなのは、すべからく己の力が全てだ。祈る時はいつだって感謝を捧げるって程度だな」
いや、信徒の鏡みたいな奴だな。
「どうした? 盗品に文化遺産でもあったか?」
「ああ、盗品なんだろうけどな。腰ぐらいまでの女神像が二体だ」
「そいつぁ、元の場所に帰してやんなきゃなぁ」
返して、じゃ無いのが彼らしい。
「破壊されて穢されていた」
全員の空気が変わった。
商人も、冒険者も。俺の唇が、皆の視線を一点に集めていた。
「乾燥していたが異臭が酷かった。体液と尿だろう。それと、同じ場所に子供の遺体が四人。攫って奴隷にしたと言っていた。四人とも女の子だ。何をされていたかは――積荷に生花があったら売って欲しい。手持ちじゃ手向には寂しいんだ」
コマクサが嘶いた。威嚇では無い。怯えだ。グレートホースが、だ。
周囲から噴出した感情の本流は、城壁でさえ蹴り破ると謳われた魔物をも萎縮させたのだ。




