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406話 試練に負けるかもしれん

 中央都市郊外の街道は、まだ整備が行き届いている方だ。その路面を早朝はうっすらと霜が化粧を施していた。冷たい空気は、本来は清涼感をもたらしただろう。その朝だけは違った。

 都心に近い事もあり、トレーダーの馬車や商隊をちらほら見かける。冷気に当てられ、馬も人も、白い息を吐き吐き幅広の街道を行き来する。非日常の中に居る旅人も、変わる季節の常からは逃れられないと、外套の首元を引き締めた。

 中央都市方面からの異変は、すぐ侵食する波のように伝播した。ざわつきと共に、彼らが道の脇へと車両と身を寄せたのだ。間も無くして、グレートホースが靄を割る。続いて牽引する黒々とした馬車が、重厚な影となって迫った。御者台は空である。

 俺たちの馬車だ。


 ……いや、なんだよこれ。心霊現象かよ。


 同じルートを往復した為、コマクサが御者要らずで勝手に走ってくれるんだ。魔物が朝靄を割り得体の知れない車両を引っ提げ現れたら、そりゃ何の死者の迎えだよってビビるわ。

 そんな黒い馬車の中で、試練は始まっていた。

 この世のものとは思えぬ上質なクッションに体を沈める俺の前で、背もたれに預けるゴギョウさんとアナベルが、スカートの裾を太ももぎりぎりまで引き上げていた。

 メイド姿のゴギョウさんは、白を基準にしたガータータイプだった。太ももとの境界線の肉感は、もはや暴力だ。

 アナベルに至っては、粗暴な冒険者では無く深窓の令嬢を思わす上品なブラウスにプリーツスカートで、白い足首ソックスにはレースが施してあった。そこからスラリとした細い足を、太ももの上部まで露わにしている。


「12ガン58チラ――もはや勝ち確と言っても過言ではないでしょう」

「情報通り、貴方ってば女の子の脚に目がないのね。言い逃れできないわよ、サツキ」


 どこ情報だよ?


「何だその単位は? 俺の知らない換算方式だな?」

「ガン見の回数とチラ見の回数です、サツキ様」


 知らんわ!!


「戦績は今のところイーブンでございます」

「見境ないわね。貴方、女の子の脚なら何だっていいの?」


 二人ともジト目になる。


「それはとても残念です」

「勝手に失望せんといて。確かに、クランへ義理を立てると言っておいて舌の根も乾かぬ内だが、馬車に乗る時や普通に過ごす中で、あからさまにチラ見させてくるんだもん。視線だって誘導されるよ」

「サツキ様は女心が分かっていません」


 むしろお前らが分からない。


「一言でいいのです――お前の脚がいいと。お前の脚だからこそ白濁したんので穢したいと、何故一言仰ってくださらないのです?」


 いや本当に分からないよ!!


「かくなる上は」


 アナベルがシートから腰を上げる。

 振動を車輪と車体の中間にあるクッション機構が吸収するから、走行中でも移動は難しくない。俺の右側に座った。

 同じくゴギョウさんが左側に収まる。


「おい」と言いかけたが、「ひゃい」と変な声に返還された。

 アナベルが脚を絡めるように密着してきた。冒険者職とは思えない清楚なそれは、柔らかかった。

 ゴギョウさんさんが俺の手を取り太ももへ導いた。すべすべなガーターの生地と吸い付くような太ももが、柔らかかった。


「ねぇ、サツキ」


 耳のそばで、喘ぐようなアナベルの声が俺を呼ぶ。


「後生です、サツキ様」


 熱の籠ったゴギョウさんの声は、荒い息遣いが増していった。


「おのれ!! もはやこれまでか!! ASMR(脚スリスリ股絡み)で攻めてきおったわ!!」


 ……しかも両サイドで囁きボイスだと!! おのれ!!


 婀娜婀娜しい囁きに反して、俺の内心は轟きだった。おのれ!!


「サツキ……サツキ……。」


 涙目で切なそうに連呼する。


「サツキ様……ああ、さつき様……サツキさま」


 熱にうなされるように、ゴギョウさんが芭蕉の一句を詠み出した。


 どちらも、密着した場所が熱い。

 思わず内股になりモジモジしちゃう。もはや、屈するしかないのか。負けちゃうのか。


「止まったな」


 異変を感じ、そのまま口にした。


「もう止まりません……ああ……サツキ様に触れられて……溢れてきちゃいます」

「君はいいからちょっと止まれ」


 アナベルは既に身を離し、元のソファの後部に重ねた装備へ手を伸ばしていた。トレーダーの護衛クエストを受注していただけあって、冒険者としては優秀なんだよな。

 名残惜しそうなゴギョウさんの温もりを引き剥がし、御者台との連絡窓をスライドさせた。高さ20センチの小さな窓だが、今はそれで十分だ。

 馬車は、左右が広い渓谷に差し掛かっていた。先程までアンスリウム近郊の平地と思ったが、アルストロメリア開拓の仮拠点から三日で到着するわけだ。


「正面。外套か? 人が倒れている」

「性別は分かるかしら?」


 手際よく胸あてとソードベルトをブラウスの上から装備するアナベルが逞しく思える。だが、あのスカートの中には、先ほどまで露にしていた白い輝きが息を潜めているのだ。


「顔はすっぽり覆ってるが――マントは女性のものだ」

「轢きましょう」

「おい」


 即答かよ。

 ツッコミながらも感心した。同意見だったから。


「山賊が稀に使う手よ。敵集団が潜んでいるわ?」


 流石はトレーダーガードの専門家だ。経験則か同業者の口伝か、或いは依頼人から聞いたのであろう。

 囮で進行を止めて囲む。

 同じ話はグリーンガーデン時代にアンスリウムのギルドで世間話し程度に聞いていた。受付嬢のクロユリさんからだ。それも3代目召喚勇者が残した言葉だという。

 彼の国は、赤ん坊の出産がこちらと比較にならないほど安全で、武力紛争も戦争も魔物・魔獣といった脅威の無い、穏やかな社会だったという。そんな美味い話しがあるかと懐疑的だったが、子供の生存率が高く、男性が老成するまでの安全も保障されていた。

 だが、ある時期から複数国からの滞在者が爆発的に増加し、児童への誘拐、暴行事件並びに性的暴行が急増した。こちらの世界と違い危機管理が欠落した民衆の、それも女性と子供が狙われたのだ。そりゃ羊の群れに狼だろうよ。

 そのうちの一つに、馬代わりの移動手段――搭乗者の脚力を動力にした近中距離移動器具を狙ったものがあった。加害側の一人が進路を妨害し、動きを止めた所で犠牲者を集団で囲み拉致する手口だったという。


 ……居るじゃん山賊。勇者の故郷にも山賊・野盗居るじゃん。


「とは言え、加害の意思の有無は知っとかなきゃな」

「私にも見せて」


 再び俺の隣に潜り込んでくる。外気に押されるように、少女の汗の匂いが香ってくる。不快では無いな。


「――本当に女だわ。顔もすっぽり被ってるのは大抵が中身が男なのよ。体のラインとマント越しの目測の筋肉は女よ」

「どのみち、あからさまな不審者でしょ。君たちは中に残れ」

「この面子なら誰が行っても同じじゃない?」

「サツキ様はご自身の容姿を受け入れるべきです」


 何で俺を言いくるめようとしているの。


「警戒解くにも油断を誘うにも私が適切と進言します」

「ゴギョウさんこそあり得ないだろ」

「いざという時は、コマクサさんが守ってくれす。中央都市までの三日間、伊達に二人旅の旅程ではありませんわ?」


 何があったの?

 聞こえたのか、外のコマクサが小さく(いなな)いた。君、基本的に魔物だよね?


「それに、私にもちょっとしたスキルが御座います。男爵家の三女が山賊如きに引けを取ることは御座いません」


 貴族令嬢としてどうなの?

 そういやスミレさんやアサガオさんやアザミやイチハツさんも、何かと喧嘩っ早かったな。代官の屋敷を襲撃したり。


「分かった。こちらは混戦を想定して待機する。もしもの時は振り返らず、コマクサの前に行け」

「承知しましたわ」


 その時は、背にしたコマクサがゴギョウさんを庇いつつ、迫る悪漢に鉄槌というか蹄鉄を喰らわすだろう。

 我ながら皮算用だな。




「あはははっ、メイドが一人で出て来やがったよ!!

 命が惜しけりゃ大人しくするんだね!!」


 ほら言わんこっちゃない。

 外套姿が跳ねるように起き上がり、懐からショートソードを抜く。同時に、ゴギョウさんがスカートを摘んで走り出した。そんなに摘み上げるな馬鹿。かなり上まで見えるだろ馬鹿。

 ゴギョウさんを庇うように、コマクサが前足を高々と上げ威嚇する。その勢いのまま、俺たちの車両を置いて走り出したやがった。

 馬車から出た際、ゴギョウさんが輓具(ばんぐ)のロックを外していたのだ。

 両脇に潜んでいた野盗どもがわらわらと女野盗に合流し、ゴギョウさんを追う。ざっと20名。

 問題はゴギョウさんだ。走り抜けるコマクサと重なった瞬間、彼女は馬上に居た。飛び乗ったのである。

 グローブをした両手が手綱を掴むと、コマクサが加速した。戦闘モードだ。


「あはははっ!!」


 ゴギョウさんが笑った。


「あはははっ!!」


 迫る破壊の権化に気が触れたのか、野盗達も笑った。


 ……いやテンション高いなおい!!


「マズイわね。全滅させちゃうわよ、ゴギョウ様」

「分かってる。あの程度の数、冒険者でもなければグレートホースなら文字通り一蹴だな。アナベルはここで警戒」

「ラジャー」


……。

……。


「何よ?」

「聞き分けがいいな」

「こうなると私の役目は、慰め役でしょ? それともあんたがしてくれるの?」

「時間の配慮はする。頼むよ」


 俺も馬車から飛び出した。砂塵の向こう側で、ゴギョウさんが騎乗したコマクサが、野盗集団に飛び込んでいた。既に前列が蹴散らされ肉塊に姿を変えていた。囮役だった女も一緒に蹴散らされてる。

 笑い声と悲鳴と嘶きが喝采を送る中、混戦に潜り込み手頃の野郎を一人確保するのがやっとだった。

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